日商岩井

金属部門を強みとする日商と岩井産業とが合併

昭和43(1968)年に日商岩井が誕生した頃は高度経済成長のさなかで、その後オイルショックが発生したことなどからエネルギーの確保・安定供給が重大な課題となっていた。昭和47(1973)年には、日本最大のLNG導入プロジェクトと呼ばれたインドネシアのLNG開発契約に調印、またフランス原子力庁と日本の電力会社向けにウラン精鉱の売り込みを開始し、昭和55(1980)年にはフランス・コジェマ(現・AREVA)社の原子燃料の総代理店権を取得している。

鉄鋼・金属分野では、ブラジル、インド、南アフリカ産の鉄鉱石を輸入、またカナダ・インドネシア、豪州において炭鉱開発等を行い、非鉄分野では、マレーシアのマムート銅鉱山、ザイール(現:コンゴ共和国)のムソシ銅鉱山開発等を行い、また昭和55(1980)年には、豪州の世界最大のアルミ精錬会社であるワースレー・アルミナ・プロジェクトに参画している。

船舶分野では日商時代から常に業界をリードし、1980年代以降は海洋エンジニアリング分野にも進出。特にブラジルのペトロブラス社に対しては、ハイパーインフレの時代においても巨額の融資を実行し、同国のエネルギー開発に貢献してきた。航空機分野では、ボーイング社の代理店として同社の旅客機を日本に導入、また戦闘機の納入など日本の防衛装備にも大きく貢献してきた。鉄道車両輸出においても業界第一位の実績を誇り、昭和57(1982)年に米国・ニューヨーク地下鉄向けに車両325両を成約。また自動車分野でも日本の完成車の輸出のみならず、フィリピン、ベトナム、中国、ベネズエラなど現地における組立製造事業等を展開した。1980年代からは情報産業分野にも注力し、昭和61(1986)年にはインターネットプロバイダー会社であるNIF(現・ニフティ)を設立している。

食料・物資の分野では、小麦・砂糖、水産物・木材・タバコの輸入などにおいて常にトップクラスのシェアを誇り、昭和46(1971)年にはナイキ社の前身のBRS社と靴の取引を開始し、その後ナイキ・ジャパンを設立した。

化学品関連では、世界最大の天日製塩の製造企業である豪・ダンピア・ソルト社に出資し、昭和46(1971)年より生産を開始した。ブラジルにおいては石油化学会社を設立し、同社は現在南米最大の石油化学メーカーであるBRASKEMに成長している。また昭和47(1972)年にはタイで肥料製造会社TCCCを設立し、またフィリピン、ベトナムにおいても肥料工場を設立した。1990年代にはインドネシアにおいてメタノール生産会社を事業化、アジア通貨危機を乗り越え、現在の双日に受け継がれている。

昭和61(1986)年にはベトナムにおいて日本企業初の駐在員事務所を開設。同国初の原油輸出を手掛け、植林、肥料事業など幅広い分野で取組みを行い、同国は日商岩井にとって強みのある国となった。

ナイジェリア向け鉄道車両の出荷
MMC Automotriz S.A.で稼働する混合生産ライン
ナイキジャパン設立記者発表会

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