日本最大のLNG導入プロジェクト
LNG業界第一位へ
1970年代当時、インドネシアの油田はガス分が多く、油田では出てきた多量のガスを燃やして処分していた。国営石油ガス公社のプルタミナも、出るのはガスだけという鉱区をいくつも持っており、日商岩井は、プルタミナに対しガスの有効活用を提案し、東カリマンタンのバダック及び北スマトラのアルンにおける開発が決定。密林の中から天然ガスを採掘し、液化して日本まで輸送するという壮大な構想を、日商岩井は総合力をあげて推進した。
昭和48(1973)年、ジャカルタにおいて、プルタミナと日本側ユーザーとの間で、昭和52(1977)年から1億5000万トンのLNG(液化天然ガス)を輸入するという日本最大のLNG導入プロジェクトを締結した。インドネシアの輸出品の第一位は現在においてもLNGであり、インドネシアの外貨獲得と日本・インドネシア間の経済交流にも大きく貢献した。
その後、輸送分野にも進出、日本ユーザーの新規開拓も続け、日商岩井はLNGの輸送分野では長年業界第一位の実績を誇るようになった。また日商岩井は、平成9(1997)年にはカタールのラスラファンLNGプロジェクトに、1999年にはインドネシア・タングープロジェクトにも参画し、権益を取得した。
インドネシアとのLNG輸入長期契約は現在にも続き、カタール・ラスラファンプロジェクト、インドネシア・タング―プロジェクトも含め、双日の関係会社であるエルエヌジー・ジャパンにも受け継がれている。
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