対外援助、海外大型プロジェクト受注①
対外援助プロジェクト業界第一位
日綿は繊維中心から、次第に総合商社として他業種に進出することになる。戦後賠償関連大型プロジェクトも、機械分野の強化を通じた総合商社化への一つのきっかけとなっている。
1950年代から日本政府と各国との賠償額が決まり、借款供与と経済協力等が取りまとめられた。昭和32(1957)年~昭和34(1959)年の間の輸出総額に占める賠償関連輸出の割合は1.7%に過ぎなかったが、それぞれの国との貿易に占める比重は大きく、戦後の貿易再開の先導的役割をもち、将来に対する布石として各商社が競って各国賠償団との交渉を重ねた。そして日綿は戦前からの取引関係を活かし、次々と受注。政府の対外援助と賠償に伴う海外の大工事に次々と参画し、海外事業で業界第一位の実績を誇った。
特に戦前から実績のあるビルマ(現・ビルマ)との取引は75件にも及んだ。ビルマのバルウチャン~ラングーン間400キロと、北部のバルウチャン~マンダレー間の約384キロの超高圧送電線の敷設工事を受注。山奥のジャングルでの難工事を終え、完成後にはビルマの工業化、経済発展に大きく貢献し、ビルマ政府から感謝状が贈られた。