日商岩井

ナイキ誕生

創業者フィリップ・ナイト(33歳)、日商岩井の扉をたたく

今や世界の超一流ブランドとなったナイキ。その前身となるBRS社が設立された昭和39(1964)年当時は、アディダス、プーマが世界の市場を席巻していた。日商岩井がBRS社と取引を開始したのは昭和46(1971)年。当時の同社は従業員30数名の小さな企業。設立時には地元銀行から運転資金を借りたが、与信枠の少なさとBRS社の将来ビジョンに対する銀行の理解のなさにフィリップ・ナイト社長は不満を抱いていた。

とある邦銀のポートランド支店に融資の相談をしたところ断られたが、担当者から「そこのエレベーターを上がって9階に行くと日商岩井があるから相談してみたら」と告げられ、アポなしで飛び込んだ。それがその後40年以上に及ぶ取引のスタートだった。日商岩井はスポーツシューズ販売の将来性に着目、ナイキ社との取引が開始された。昭和52(1977)年から日本でのナイキ製品の販売を開始。昭和56(1981)年にはナイキと日商岩井の合弁会社ナイキジャパンが設立された。

平成2(1990)年、大の日本ファンであるナイト社長の発案で本社敷地内に造られた日本庭園は、「日商岩井ガーデン」と名付けられた。日商岩井は、木製の橋や"Nissho Iwai Garden"と記された石碑、ジョギング用のトレイルに沿って植えられた桜65本などを寄贈。平成23(2011)年8月には、取引開始40周年を記念して双日社長の加瀬豊(当時)が同庭園を訪問して植樹を行うなど、同社との関係は今日まで続いている。

ナイキ社から双日に贈られた「銀の靴」
BRS社ナイト社長との長期契約調印式
ナイキジャパン設立記念記者発表会