日商

船舶業界をリード

船舶輸出の2割を取り扱い

日商は戦後、インドのタタの銑鉄の輸入再開(昭和26年)、戦後初の対米神戸製鋼製線材輸出、戦後初のニューカレドニアからのニッケル鉱石輸入(昭和27年)、戦後最大のプラント輸出といわれたトルコ向け紡機プラントの成約(昭和29年)、日本初の鉄道車両輸出の成功(昭和31年)など戦後における貿易再興の歴史に名を刻んできたが、中でも船舶部隊の活躍は、日本の造船業に大きな貢献をもたらした。

日商は昭和23(1948)年、ノルウェー向けの捕鯨船輸出を仲介し、昭和26(1951)年には民間貿易再開後最初の船舶輸出を米国向けに成約。日本は昭和31(1951)年には世界一の造船国となるが、日商は輸出船舶の2割前後を取り扱い、常に業界をリードした。毎日新聞社発行の「日本の商社・日商岩井」によると「日本の造船・海運の歴史は、そのまま日商船舶部の歴史といっても過言ではない」と評している。船舶部隊の活躍は、高畑誠一が鈴木商店ロンドン支店長時代に培ったネットワークによるところが大きい。

[外部サイト]
鈴木商店記念館>鈴木系企業の整理の行方>日商(現・双日)の歴史⑦

日商がギリシャ向けに仲介輸出したタンカー
パナマ向け油槽船
インドTATA工場長(右端)と永井幸太郎(中央)