日商

ニューヨーク一番乗り

戦後、民間企業のニューヨーク事務所第一号

昭和24(1949)年に、日商の金子治三郎が、戦前からの日商の取引先であったポートランドの商社より招待を受け、米国・ポートランドとニューヨークに約3ヶ月滞在した。これが戦後、日本の商社マンとしての初めての渡米であった。

昭和25(1950)年、日商はアメリカの対日援助物資であった大麦の輸入業者として、その積み出し監督にも選ばれて3名の社員を派遣、これを機にニューヨークに事務所を構えることになった。当時ニューヨークにあったのは政府在外事務所(総領事館の前身)と日本銀行だけで、日商は民間企業としての一番乗りとなった。

そして昭和27(1952)年には、現地法人「The Nissho American Corp.」(米国日商会社)を設立。その後、日商は船舶用機械、新造船の受注等で業界トップレベルとなり、また航空機分野でも活躍するが、それらは米国日商の活躍によるところが大きい。

米国日商があったロックフェラーセンター
米国日商の事務所内の様子