鈴木商店

店主岩治郎の死、「お家さん」の誕生

店主鈴木よねと大番頭・金子直吉のドラマの始まり

明治27(1894)年、主人の鈴木岩治郎が急死。夫人の鈴木よねは周囲から廃業を勧告されるも、大番頭の柳田富士松と金子直吉に経営を一任し、店の継続を決断する。

その後、金子直吉は樟脳の先物取引で大損を出し、店は存続の危機に陥るが、鈴木よねは金子を一切咎めず、親族に支援を求めこの難局を乗り切った。

鈴木よねは、鈴木岩治郎の生前から金子直吉を気に掛け、岩治郎のあまりの厳しに金子が故郷の高知に戻ってしまった際にも、よねが迎えに行って呼び戻している。

このような二人の関係から、金子直吉は鈴木よねに対して絶対的な信頼を寄せ、よねの期待に応えるべく次々と事業を展開していく。鈴木よねは女社長として「お家さん」とよばれ、金子らに経営の一切を任せた。 金子直吉が「財界のナポレオン」、「煙突男」と称されるほど大胆な決断をし事業を急拡大できたのも二人の信頼関係があったからこそである。

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鈴木よね
鈴木よね胸像(祥龍寺)
創業時の鈴木商店本店(神戸)