戦前の遺産で日綿初の海外事業投資
インドで可塑剤工場を設立
第二次世界大戦前、日綿はインド各地から綿花を調達し大規模なオペレーションを展開していた。戦時中、インドにおける日綿の資産はインド政府によって接収されていたが、昭和33(1958)年に返還された。しかしインド政府は、ルピーの日本への送金を禁じていたため、この資金を活用して塩化ビニールの製造に欠かせない可塑剤の製造工場を合弁で設立することを計画。昭和35(1960)年に「インド・ニッポン・ケミカル社」(Indo Nippon Chemical Co.,Ltd.)をボンベイ郊外のガチコ・パールに設立した。これが日綿の戦後海外投資1号でもあった。
同社は、塩化ビニールの可塑剤を独占的に製造販売するインド最大手の総合可塑剤メーカーとして、創業2年目から高率配当を行うなど、インドでの合弁会社の模範とされた。また戦前の海外遺産が、見事に生き返った好例でもあった。