円高、バブル経済の発生と崩壊

【日綿實業・ニチメン】ニュージーランドで製材事業

環境にやさしい植林樹から製材を生産

昭和53(1978)年には4大外材(米材、南洋材、北洋材、ニュージーランド材)の輸入実績で商社第一位となったニチメンであるが、ニュージーランド材の取扱いは昭和42(1967)年からであり、他社に遅れを取っていた。そのため、最大の積出港であるマウント・マウガヌイは先発各社に押さえられ、日本から遠い、木材輸出経験のないネイピアという港からのスタートであった。

ニュージーランド材は全て植林材であり、環境を破壊することなく大量に供給できる材として脚光を浴びるようになり、ニチメンの取扱いも次第に増加していった。昭和62(1987)年から供給量が増加し始めたことで、将来性を重視し、他社に先駆けて従来の丸太中心から、半製品、最終製品まで積極的に取り扱った。

平成元年(1989)にはニュージーランド材の取扱いが業界第一位となり、製品輸入化の流れに備え、昭和64(1989)年には立川林産との合弁で製材工場(Tachikawa Forest Products NZ))を建設し、平成2(1990)年から生産を開始した。

一方、これまで業界首位を競ってきた日商岩井も、平成2(1990)年に住建産業とともに4万3,654ヘクタールの山林経営権を買収し、トライボード(3層繊維板)工場の買収と6,700ヘクタールのリース林を取得し、Juken Nisshoを設立。山林から製品製造まで一貫して生産できる体制を整え、また伐採した後に再植林をすることで、30周年周期の伐採・植林で永久的に 事業を展開することが可能なビジネスモデルとして注目を浴びた。

その後、両社ともに製材事業を強化、平成12(2000)年には、ニチメンと日商岩井の建材事業を統合し、サン建材を設立し、現在の双日建材に至っている。

[外部サイト]
双日建材株式会社 

タチカワ・フォレスト・プロダクツ・ニュージランド社の製材工場内部
タチカワ・フォレスト・プロダクツ・ニュージランド社の製材工場内部
タチカワ・フォレスト・プロダクツ・ニュージランド社の製材工場外観