【日綿實業・ニチメン】米国を中心に大量に輸出された合繊繊維

日米貿易摩擦の先駆けとなった繊維製品の対米輸出は、1960年から1970年までの10年間に大きく変化した。1967年の繊維不況を境として、それまで繊維輸出の主流を占めていた生糸、絹織物がしだいに不振に陥り、綿織物、毛織物輸出も相次いで衰退傾向をたどった。これに変って、人絹、スフ、ナイロンに続き、ポリエステル、アクリルが増加し、合成繊維長繊維織物の輸出が爆発的な伸びをみせた。

この間、ニチメンは、他社に先駆けて1950年に合成繊維部を発足させ、取扱商品の転換を積極的に推進した。合繊長繊維織物では、ナイロン長繊維織物を皮切りに、東洋紡績と取り組んだポリエステル長繊維織物でかなりの実績をあげた。

1970年ごろになると、ポリエステル・メーカーの新たな参入があり、合成繊維織物の輸出がいちだんと増えていった。特に1970年7月の綿製品輸出の自主規制以降は、取扱品種の高級化をはじめ、化合繊スタッフの増強などに力を注ぎ、特に対米向け輸出では大きな実績を残した。