代表取締役社長よりごあいさつ

このたび、代表取締役社長に就任いたしました藤本昌義でございます。就任にあたりまして、謹んでご挨拶申し上げます。

藤本 昌義

社長就任にあたって

私は、1981年に入社して以降、主に自動車関連の営業に携わってまいりました。そのなかでも2008年、当社が取り組んでいたベネズエラの自動車製造・販売会社の社長に就任した際は、厳しい事業環境下において数々の困難な状況に直面し、経営としての決断の重要性について身をもって学びました。また、2014年からは経営企画を担当し、「中期経営計画2017」~ Challenge for Growth ~の策定に携わり、その実行に尽力してまいりました。

私がこのタイミングで経営のバトンを引き継ぐことになったのも、これまでの経験を活かして次なるステージに向けて力強いスタートを切るためだと胸に刻んでおります。今後は、双日らしさを活かして、将来の成長を見据えた新たな事業への取り組みをさらに加速してまいります。

そして、それを実現するのは、社員一人ひとりの力だと考えています。単体で約2,300人、連結で約14,000人の当社グループが3ヵ年で3,000億円の投融資を実行し、かねてより目標として発信してまいりました「安定的に500億円を稼ぐ収益基盤」を構築していくためには、グループ社員一人ひとりが創意工夫し、スピードを持ってやり遂げる、ということが大切です。そうした人を活かす、人を育てる環境づくりも、さらなる成長のために私に課せられた非常に大切な使命だと認識しています。

2017年3月期の業績と今後の見通しについて

2017年3月期の業績は、自動車、化学、生活資材、リテール事業がほぼ見通し通りに着地したことに加えて、当社の強みである航空関連事業、海外肥料事業で想定を上回る収益を上げました。また資源分野を見ますと、資源価格、なかでも金属資源価格の回復が見られ、石炭・金属事業の業績を押し上げる要因となりました。減損損失を計上する事業もありましたが、結果的に当期純利益(当社株主帰属)は408億円と、見通しの400億円に対して超過達成し、前期の365億円比でも11.6%の増益となりました。当社の収益基盤は、着実に強化・安定してきたものと考えております。

2015年4月にスタートした「中期経営計画2017」は、当年度2018年3月期が最終年度となりました。将来の成長を見据えた挑戦のひとつである投融資の実行については、これまでの2年間で1,570億円の投融資を実行。米州自動車ディーラー事業、航空関連分野におけるパーツアウト事業や中古機販売事業、国内太陽光発電事業や海外IPP事業、欧州化学品商社の買収や肥料事業の展開拡大など、当社が強みを持つ分野を中心とした既存事業の幅出しに注力してきました。同時にアセアンでの多岐にわたるリテール事業の展開など、成長が期待できる市場での事業創出にも挑戦し、収益基盤の安定と強化に向けて、全社一丸となって取り組んでまいりました。

2018年3月期には、約1,500億円の投融資実行を計画しています。収益の積み上げのスピードをさらに加速させるべく、新興市場の将来の成長を取り込む案件やより高いリターンが期待できる案件にも、リスクをマネージしながらチャレンジしてまいる所存です。

「中期経営計画2017」の締め括りである2018年3月期は、これまで実行した投融資からの収益貢献もあり、当期純利益(当社株主帰属)500億円を見込んでいます。それによって、「安定的に稼ぐ力」を確かなものとできたことをお示しするとともに、収益基盤の安定から拡大へ、さらなる飛躍のための第一歩にしたいと考えております。 当社が、グループスローガンである「New way,New value」を体現し、常に新しい価値を創造し、社会に貢献する存在であり続けるよう、スピード感を持って挑戦を続けてまいります。引き続きご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

代表取締役社長

Profile

藤本 昌義(ふじもとまさよし)

生年月日
1958年1月9日
座右の銘
人事を尽くして天命を待つ
趣味
身体を動かすこと、特にゴルフ
好きな本
司馬遼太郎『竜馬がゆく』
入社理由
海外で働きたいという想い。そして、若いときからチャンスを与えられる社風に惹かれた。

略歴

1981年 4月 日商岩井株式会社 入社
2008年 12月 MMC Automotriz S.A. Director President
2012年 8月 双日米国会社 兼 米州機械部門長
2014年 10月 双日株式会社 理事 経営企画担当役員補佐
2015年 4月 執行役員 経営企画、IR担当
2015年 10月 常務執行役員 経営企画、IR、広報担当
2016年 4月 専務執行役員 経営企画、戦略投資推進、IR、広報、物流・保険統括担当
2017年 4月 専務執行役員 経営企画、広報、秘書担当
2017年 6月 代表取締役社長 CEO

社長の履歴書

世界を相手に自分の力を試したい

私がこの会社に入社したのは1981年、それまで海外旅行さえしたことがありませんでしたが、幕末の志士のように広い世界を相手に自分の力を試したいという思いを持っていました。世界を相手にする仕事として、まず考えたのが商社でした。そして、数ある商社のなかでも、若いうちからさまざまな経験ができそうな自由闊達な雰囲気にひかれて、この会社を選びました。

実は入社した当初の英語力は、会社の英語研修でも一番下のクラスというレベルだったのですが、幼い頃から親の仕事の都合で転校を繰り返してきて、新しい環境にいちはやく適応することが身についていたとでもいいますか、どんな世界に飛び込んでも自分らしさを出せるという自信は持っていました。

入社後配属されたのは、輸送機械部という、日本の鋳物や鍛造品といった自動車部品を米国に輸出する部隊。入社5年目、1985年に初めての駐在で行かせてもらったのは米国ミシガン州の自動車の街デトロイトでした。最初は取引先から次々にかかってくる電話が全然分からず苦労しましたが、とにかく現場へ足を運んで会って話をすること、ときには絵を書いたりしながらコミュニケーションをとって、何とか切り抜けました。1~2年くらい経ったころでしょうか、ラジオのニュースなんかでも自然と耳に入ってくるようになって、慣れたてきたなと実感しました。

挑戦の連続、ひたすら前へと走り続けた36年

ベネズエラ事業会社での社長時代

振り返れば、入社以来、米国、ヨーロッパ、東南アジア、中南米など世界各地を飛び回ってきました。自動車や自動車部品の営業から生産ラインの構築、海外事業会社のマネジメントまで、5年くらいのタームで次々と新しいビジネスに挑戦する機会をもらい、ひたすら前へと走り続けてきた道のりでした。目の前のことに精一杯取り組んでいるうちに、少しずつビジネスパーソンとして鍛えられていったように思います。

なかでも特に印象に残っているのは、2008年からの4年弱、ベネズエラの自動車製造・販売会社で社長として奮闘した経験です。当時は、社会主義のチャベス政権下、労働争議が勃発し、工場の業務が止まってしまったことがありました。労働組合との厳しい交渉に臨み、現地政府とも協議を重ね、ようやく半年かけて操業を再開させることができました。

また、少し時期は遡りますが、2004年のニチメン株式会社と日商岩井株式会社の経営統合へと至る過程では、経営企画部で、資産の売却や債権の回収といった資金繰りから経営計画の立案などに携わりました。経営企画部のメンバーや財務部などの関連部署が集まっての議論は連日深夜までおよび、ようやく、両社の経営統合という方向性が出てきたときにやっと出口が見えたような思いがした記憶があります。二度と社員にああいう思いをさせてはならないと強く心に刻んだ、本当に大変な、つらい時期でした。

経営統合の前には営業に戻りましたが、2014年からは再び経営企画を担当し、2015年4月から取り組んでいる「中期経営計画2017~Challenge for Growth~」の策定にも携わりました。

自分を信じて、最後までやり遂げる

さまざまな経験を得るなかで、困難な状況や厳しい局面を打ち破っていくためには、何よりも決断が大切だという思いが強くなりました。既存のやり方や常識にとらわれずに考え、自分を信じて決断し、前に進んでいく。途中で投げ出さず、最後までやり遂げる。その強さが、次の新しい挑戦への自信につながっていくと考えています。

その点で、社員一人ひとりが自分の夢を実現するために、勇気を持って決断し、新しい挑戦を続けていくことを期待しています。もちろん、個人の力だけでできることは限られていますし、さまざまな条件、環境がそろわないと難しいこともあると思います。ですが、双日には挑戦をいとわない人が集まっていますし、それを応援する風土があります。私自身が若いうちからいろいろなチャンスをもらって育ててもらったように、今度は若い人たちの創意工夫と挑戦を後押ししていきたい。若い世代がどんどんビジネスの現場に出て、成長し、活躍できる会社にしたいし、していかなくてはならないと考えています。

2004年に新しいスタートを切った双日は、今なお発展途上の会社ですが、挑戦する風土は、双日のDNAとしてしっかりと根付きつつあることを感じています。一人ひとりの勇気ある決断と挑戦が、新たな価値を創造し、会社のさらなる成長につながるものと信じています。

双日ってこんな会社です

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