その国のビジネスは、その国の法務が守る。
佐野太彦/法務部 (双日ベトナム会社出向)
2025.09.19

私は京都の大学で法学を学び、体育会のウインドサーフィン部に所属していました。琵琶湖での練習に打ち込み、勉強よりも仲間とウインドサーフィンをする時間のほうが多かったかもしれません。就職活動では明確なキャリアビジョンはなかったものの、「海外とつながる仕事をしてみたい」という漠然とした思いがありました。その思いの先にあったのが商社で、「商社の仕事は、きっとワクワクして面白いものだろう」と想像していました。そんな中で出会ったのが、この会社です。面接で出会った社員の方々は、仕事へのポジティブで情熱的な姿勢に加え、「一緒に働いたら楽しそう」「この人のようになりたい」と自然と思わせてくれる魅力がありました。それが、私がこの会社を志望し、入社を決めた最大の理由です。
2002年に入社後、最初に配属されたのがリスクマネジメントの部署でした。企業の信用度に関する与信審査や、投資や融資の審議を行うところです。そこで知ったのは、商社には、商品やサービスを実際に動かす目に見える「営業」だけでなく、その裏側には取引を安全かつ迅速に進行させるために専門的なサポートを行う「職能」という、もうひとつの世界があることでした。私は、一つひとつの案件を担当していく中で、専門的なスキルを身につけることの喜びや誇りを徐々に感じるようになりました。
リスクマネジメントの部署に所属している期間に、初めての海外経験を積みました。まずは語学研修生として北京に派遣され、午前中は大学の語学学校、午後はプライベートスクールで、中国語の習得に励みました。語学だけでなく、現地での生活を通じて中国の文化や歴史、価値観に触れ、「現地に行くことの大切さ」について身をもって実感しました。その後、若手のうちから現場経験を積めるトレーニー制度*によって、双日上海会社の法務・リスク管理部に派遣されました。ここでは、従来のリスク管理業務に加え、訴訟対応や債権回収など法務の業務にも携わるようになりました。その時の、ひとつの案件を多面的にとらえるという経験から、私は自身の中でキャリアの軸となる専門性をもっと広げたいと考えるようになりました。そして、自らの意志で本社法務部への異動を希望し、上司や関係者の理解と協力を得て、2009年に異動が叶いました。
法務部では、現地の法制度や契約リスクに向き合う中で、その仕事の面白さに惹かれていきました。法務部で最初に海外赴任をしたロンドンでは、ヨーロッパ・ロシア・アフリカ地域における法務・コンプライアンス業務を担当しました。マネージャーとして年上の外国人弁護士を含むメンバーを統括する中で、多様な国での法務のあり方や多様性のある人材をまとめるマネジメントの難しさを学びました。続くドバイでは、法務にとどまらず、経理・IT・人事など職能全般の管理を担い、組織運営の視野がさらに広がりました。法務の仕事においては、国ごとの価値観や慣習の違いが実務にも大きく影響することを知りました。特にイスラム圏では「法律の前に宗教がある」という構造を理解しなければ、法務リスクを読み解くことはできません。こうして海外における法務を根本から学べたことは、今の自分を形づくる大きな財産になっています。
*トレーニー制度・・・当社は経営人材の育成・確保のため、国内外へ派遣、MBA派遣・語学自己研鑽制度など、さまざまな研修を行っています。
詳細はこちら:人的資本経営|Sojitz ESG BOOK|サステナビリティ|双日株式会社
その後日本に戻り、ベトナムなどの国々における法務の業務を行う中で、会社に対してひとつの提案をしました。「ベトナムにおいて、これだけ多くの事業会社がビジネスを展開しているのであれば、現地に法務担当者を配置するべきではないか」と提言したのです。これまでは法務部の駐在員はアメリカやイギリスなど、海外地域を管轄する拠点にしか派遣されておらず、ひとつの国に特化した駐在員を置くことは前例のないチャレンジでした。双日は、ベトナム全土で肥料の販売や農業資材の供給、小売事業、食品関連事業などさまざまな事業を展開しており、幅広い分野で社会や産業と密接に関わっています。その事業領域の多様さは、現地における法務部の必要性を物語っていました。私は、北京、上海、ロンドン、ドバイでの海外経験を通じて、現地に赴き、現地の文化や商習慣を理解したうえで、現地の人と仕事を進めることの重要性を学んできました。こうした経験から、その国に身を置くことでビジネスの領域や可能性が格段に広がると確信していました。当初は人材育成の観点から、これまで海外勤務経験をしたことがない法務部の社員を赴任させるのが良いだろうと考えていましたが、上司から「自ら提案するくらい必要性を感じている佐野にまかせたい」と声をかけてもらい、赴任を決意しました。
こうして2023年、ベトナム・ホーチミンへ赴任し、双日ベトナム会社で法務・コンプライアンスチームの組成に着手しました。ベトナムに法務部の社員を常駐させるのは双日として初の試みであり、これまで本社の法務部が遠隔で担ってきた役割を、現地に腰を据えて遂行するための新たな体制づくりに、ゼロから挑むことになりました。現地に駐在員を配置するにはもちろんコストがかかり、その効果を数字で示す必要があります。しかし、そのための方法はひとつではありません。前例のない取組みであるが故に、決められた正解はなく、「このやり方が本当に正しいのか」と常に自問自答しながら、日々の業務に取り組んでいます。
しかし、ベトナムにおける法務の業務は、思っていたよりも簡単ではありませんでした。契約書ひとつとっても、日本とベトナムとでは条文や表現の常識が異なり、商習慣や法律の解釈にも大きな隔たりがあります。合意形成のスピードや契約履行の優先順位など、課題も山積みでした。さらに、事業会社の中には法務やコンプライアンス体制が整っていないケースも多く、まずは基礎的な意識づくりから始める必要がありました。
もちろん、現地にいるからこそできることもたくさんあります。日々の打合せで進捗や課題を共有するだけでなく、立ち話やランチでの何気ない会話から法務上の課題が見えてくるのです。軽い相談を掘り下げた結果、法制度や商習慣の違いから大きなリスクが判明したこともありました。こうした火種を早期に発見し、未然に防げるのは、日常的に顔を合わせているからこそだと思います。また、法務関連のみならず、リスク管理や人事といった他分野の経験や知見もあるからこそ、多種多様な相談をしてもらえるようになり、最近では、「佐野に聞けば大丈夫」「佐野がいて助かった」と言われる機会も増えました。相手の表情や声のトーンから迷いや本音を感じ取り、言葉にならないニーズにも応えられるようになったと思います。試行錯誤を重ねながら、現地の空気を吸い、課題を肌で感じながら働くことで、信頼の土台が確実に強まっていると日々実感しています。
今のベトナムにおける私のミッションは、事業会社に対して支援しようとしていることをすべて形にすることです。ただ、それは初めの一歩に過ぎません。その後、自分がいなくなっても続く支援体制を築くことがとても重要です。法務の業務をサステナブルな仕組みとして根づかせることで、私の後任となる駐在員により万全な環境で引き継げるようにしたいと思っています。
また、自分が現地で経験したことを次の世代に伝え、後継を育て、より強い組織をつくっていくことも目標のひとつです。私自身、これまでのキャリアを自らの意思で切り拓いてきた自負があります。だからこそ、後輩たちにも同じように、自分の意思で挑戦の場を選び、成長のチャンスをつかんでほしいと願っています。ベトナムの地で過ごす中で、その思いはますます強くなりました。今後もこの地で培った経験と信頼を礎に、法務の力で双日のあらゆるビジネスを支える取組みを続けていきたいと思います。