走り続ける。その先に光がある。
松下佳生/双日シェアードサービス株式会社
ヘルスケア・広報チーム
施術師 ブラインドサッカー®選手
2025.08.22

鹿児島県で生まれ育ちました。子どもの頃の私は、とにかくスポーツが好きで、兄と一緒にいつもサッカーや野球をして遊んでいました。私は生まれた時から目の病気を抱えていたので、そんなに素早く動き回れるわけではなかったのですが、下手なくせに兄をライバルだと思い、負けたくない一心で一生懸命スポーツをしていました。私が負けず嫌いになった背景は、母の教育にあります。私は、「当たり前のことは当たり前にやるように」と言われて育てられてきました。だから、「他の人にできることは自分にも絶対にできる」と思っていましたし、できないことがあった時には「なんでできないんだろう」と、自分を強く責めることもありました。
中学2年生の時に目が見えなくなりました。それでもスポーツを諦めたくなくて、高校では陸上に挑戦しました。高校に入ってすぐの体力テストで、担任の先生が私のジャンプ力を見て「これはいい選手になるぞ」と思ってくれたらしく、陸上を強く勧められたんですね。当時、私は、この身体で自分に何のスポーツができるのかがよくわからなくて、とりあえず陸上を始めてみたという感じでした。私が挑戦した種目は100m走と200m走でしたが、最初はうまく走ることもできず、伴走の人に合わせるのも一苦労で、悔しい思いをしました。しかし、周りから丁寧なサポートを受けることで課題を一つひとつ克服して、先生の予想通りに陸上競技の選手としてやっていくことができました。
高校卒業後は上京し、マッサージの勉強をして施術師の国家資格を取り、治療院や企業のマッサージルームで働きました。施術師の仕事と陸上競技を両立できる場を探し求めていたところ、縁があり2023年に双日シェアードサービスに入社しました。陸上競技は真剣に続けており、国際競技大会を目指していましたが、予選で敗退してしまいました。大きな挫折を経験し、「もういっそのことスポーツをやめてしまおうか」という思いが頭をよぎりました。同じ双日シェアードサービスで施術師として働くブラインドサッカー男子日本代表強化指定選手の後藤将起さんに悩みを相談したら、「じゃあ、一緒にブラインドサッカーをやらないか」と誘われ、品川CCパペレシアルというチームを紹介してくれたんです。そこから、私の新しい挑戦が始まりました。
ブラインドサッカーを始めた頃は、正直、すごく苦労しました。もともとやっていた陸上競技は個人プレー、ブラインドサッカーはチームプレーであることに加え、走りながらボールを蹴るとなると、途端に動けなくなってしまったんです。練習についていくのがやっとでしたが、生来負けず嫌いの私は必死に食らい付き、どんなことでもわからないことはチームメイトに聞きながら、改善を重ねてきました。家にいても、サッカーのことが頭から離れることはありません。足元でボールを転がしたり、軽くドリブルをしたり、段ボールを立ててそこにパスやシュートをしたり。それは今でも続けています。
昨年の12月には「LIGA.i(リーガアイ)」というリーグ戦に品川CCパペレシアルが参戦し、私もディフェンダーとして出場させてもらいましたが、そこでとても辛い思いをしました。私がボールを持つ相手選手に強く当たることができず、1対0で負けてしまったのです。見えない相手に体ごと当たりに行くのは、とてつもなく怖いことです。ましてやゴール前、相手の選手はすごいスピードで突進してきます。でも、自分が止めなければ負けてしまう。その怖さは一生克服できるものではないですが、今では怖さを極限まで押し殺して、私は必死にプレーをできるようになりました。どんなに恐れていても勇気を持って突き進むことで、今の自分であれば、あの時の試合だって結果を変えることができたのでは、と考えることがあります。
マッサージについても、私は国家資格を持つ者として強いプライドを持っています。なので、常にプロフェッショナルでありたい、利用者である双日グループ社員の要望に、100%応えられる施術師でありたいと思っています。そのためには、利用者の身体の状況や要求を具体的に引き出すことが何より重要です。「どこどこの痛みやむくみをとってほしい」とか、「骨盤がねじれているから調整してほしい」とか、またマッサージの力加減の強弱など、本当に多種多様な要望があるんです。以前、「長年腰痛持ちで、足がむくむ」という利用者がいました。私の施術で足のむくみは簡単にとれたのですが、腰痛についてはなかなか治すことができませんでした。そこで私は、また、負けず嫌いの一面が出てきて、腰痛について徹底的に勉強したんですね。腰痛に関連する筋肉について調べたり、生活習慣や食事をどのように変えると腰痛の軽減に効くかまで調べ上げ、利用者に提案しました。ついに腰の痛みがなくなった時、利用者と共に喜んだことを今でも憶えています。
また、私は、職場では、自分の思ったこと、やりたいことを何でも言うように心がけています。そうしないと、自分も周りも前向きに動いていかないからです。たとえば最近は、利用者を増やすために、双日グループ社員が他の社員にヘルスケアルームを紹介すると特典がもらえるキャンペーンを提案し、実現することができました。また、ブラインドサッカーチームの練習があるので、水曜日の午後はそちらに行かせてほしいと相談し、上司に理解してもらうことができました。幸い、今の職場は、自分の意見を言いやすく、何でも受け入れてもらいやすい環境にあります。そして双日には元々、バックグラウンドの異なる社員がそれぞれの強みやパーソナリティーを活かしてチャレンジする、そして、チャレンジする人を応援する、そんな優しさや寛容さが根付いていると実感しています。
ブラインドサッカー選手としての夢は、子どもの頃にテレビで観た元ブラジル代表であるロベルト・カルロスのような選手になることです。攻守両面で多くの役割を担うサイドバックプレーヤーであり、足が速くて神出鬼没で、フリーキックがすごく上手な選手でした。負けず嫌いで、闘志が剥き出しで、野心があるところが大好きです。彼のようなブラインドサッカーのプレーヤーになるのが、今の私の目標であり、夢ですね。その夢を追う中でおのずと、日本代表への道も見えてくると思っています。
施術師としての夢は、双日グループ社員全員にマッサージを利用してもらうことです。まだまだヘルスケアルームを知らない社員もいるので、少しでも気軽に利用してもらえるような雰囲気や仕組みをつくりたいです。一人ひとりへの声がけも大事ですが、いろいろなキャンペーンも用意してPRにチャレンジしたいと思います。
人生における夢は、私がずっと大切にしている3つの言葉―「チャレンジ」「チェンジ」「チャンス」を体現することです。 実はこの3つの言葉はつながっているんです。自分の好きなことに「チャレンジ」したら、何かに失敗してもやり方を「チェンジ」することで、また新しい「チャンス」が生まれてくる。私は、これまでも、そして今後の人生においても、この言葉をずっと大事にして、3つのアクションをつねに繰り返すことで、前向きに生きていきたいと思います、これからもずっと。