総合商社が、日本の農業にできること。
吉川 保/農業・地域事業開発室農業開発課
(双日農業株式会社出向)
2024.10.08

双日入社直後の配属は、経理部でした。その後語学研修に手を挙げ、ブラジルでポルトガル語を学びました。帰国後は営業部へ異動し、ドイツへの赴任も経験しました。それからさまざまなキャリアを歩んできた中で、また現場に近いところで仕事がしたいという想いがいつしか強くなり、違う環境で新しいことに挑戦したいと考えていました。そのような中、2019年から始まった未来構想力や戦略的思考を社員に定着させるための新規事業創出プロジェクト「発想×双日プロジェクト(通称:Hassojitzプロジェクト)2020」に応募しました。「農業」という同じ分野に興味を持つメンバーが集い、スリランカでコーヒー豆を栽培するという構想を提案しました。スリランカという国は、オランダ・イギリスの植民地になる前は、紅茶ではなく、実は世界一のコーヒーの生産国だったという歴史があると知り、これをもう一度復活させてコーヒー王国を目指そうという内容でした。最終的にこの構想自体は採用には至りませんでしたが、私のプレゼンテーションが現在所属部署の上司の方の目に留まり、一緒に農業ビジネスをやらないかと声をかけていただき、現在に至ります。
東北で私に与えられたミッションは、タマネギの産地化、そして地元パートナーと共に地域に根差した新会社をつくることでした。なぜタマネギかと言いますと、国内消費量の約2割にあたる20〜30万トンを主に中国から輸入していて、最も輸入依存度の高い野菜と言われています。また、国産タマネギの約6割を北海道産が占めていて、一極に集中している産地構造となっています。
万が一、例えば地球温暖化を始めとした大きな天候変動のために不作が続いた場合、あるいはタマネギ輸出国がより人口増加の著しい第3国へと輸出先を大きくシフトさせた場合、国内流通量が激減してしまいます。そうした事態に備え、新しいタマネギの産地を確保することでリスク分散を図るべきであるという指摘が長年議論されているのが、国内におけるタマネギ事情です。そこで双日は、日本の複数地域においてタマネギの産地化に着手しました。そのひとつが、北海道の環境に比較的近い東北地方における取組みです。また、持続可能な農業を実現させるために、生産者が栽培上取り組むことを定めた基準である“GAP認証”というものがあります。近い将来、タマネギの生産活動プロセスを可視化することで、食の安心安全を今まで以上に確保していく。そのうえで、GAP生産者ネットワークを構築拡大していくことが、私たちの目指しているもうひとつのミッションです。
露地野菜の世界に足を踏み入れることは、双日にとっても私にとっても初めての試みです。そのため、地域の生産者の皆さまとのコミュニケーションは非常に重要であり、とにかく会いにいくことでネットワークを少しずつつくっていきました。タマネギをやっている、あるいは、やりたいと思っていると聞けば、東北6県をぐるぐると周って話を伺うところからのスタートでした。
東北は昔から稲作が盛んな地域であり、多くの水田があります。しかし、高齢化が進む一方で新規就農者も増えない状況下で、耕作放棄地が増え続けていることが問題となっています。私たちは、「水田を活用し、高収益野菜であるタマネギを転作作物として一緒に栽培しませんか?」と生産者に提案をしています。また、畑の場合、既存作物との輪作ローテーションにタマネギを組み入れることで、土壌改良効果があるというメリットを提案しています。さらに、他の野菜に比べて作物が軽量かつ機械化体系の確立が進んでいるため、高齢の生産者にも負担が少なく栽培が可能であることや、長期保存が可能な野菜であるため、閑散期である冬場にも販売ができることなどを説明しながら、地域にどんどん入っていきました。
そうした中で出会ったのが、青森県の生産者の方々でした。野菜づくりの技術に長けた地域であり、新しい提案にも柔軟に対応してくださった今、ここを拠点として、新会社の設立を目指して、まさに尽力しているところです。最初は右も左も分からず決して容易ではありませんでしたが、地域に根ざした農業を目指すためには必要な時間であり、結果的にそれがとても良かったと思っています。また、東北域内をずっと移動しているおかげで、車の運転は赴任前に比べてかなりうまくなったと思います。農機やその他作業機械の使用も赴任から少しずつ覚えていっています。
新会社における事業を成功させるためには、生産と販売の両面をしっかりつなぐことが大切です。生産については目処が立ってきましたが、販売網の拡充はまだまだこれからです。社会的な意義を持っているプロジェクトですので、川上から川下へとつながるサプライチェーンをしっかりと構築し、総合商社ならではの売り方や新しいビジネスの仕組みをつくり上げることが重要です。
また、現在、農業の効率化を図るためにDX(デジタルトランンスフォーメーション)にも積極的に取り組もうとしています。たとえば、AIを使ったタマネギの選果選別です。選果作業には人手を要しますが、年々人材確保が困難になっています。そこでAIにディープラーニングさせることで、傷ついた玉ねぎなどの規格外品を出荷対象から除外することを機械に自動対応させるというものです。最終的には、見た目だけではわからないタマネギの中身の腐れまで選別できるようにすることが目標です。