好奇心は、商いの始まりだ。
福田拓也/無機化学品部(日本エイアンドエル株式会社出向)
2026.08.07
商いには、正解がありません。同じ商品でも、お客さまが変われば価値が変わる。市場が変われば、求められるものも変わる。その答えのない世界に、私は強く惹かれました。商いを「もっと知りたい」「もっと経験したい」。その好奇心が、私を総合商社へ向かわせました。
就職活動では、ありがたいことに複数の企業から内定をもらっていました。ところが、いざ自分の意思で進路を選べる状態になると、かえって迷いが生まれました。商いの世界に飛び込みたいという思いはある。ただ、その選択が本当に正しいのか、自分はこの先どんなキャリアを歩んでいくのか、答えを出しきれずにいたのです。そんなとき、縁があって、総合商社の役員の方々とお会いする機会をもらいました。中でも忘れられないのが、双日の役員との面談です。学生一人のためにこれほど時間を割いてもらえるとは思っていませんでしたし、いま振り返れば、ずいぶん未熟な問いもぶつけていたと思います。それでも笑って受け止め、真正面から向き合ってくれました。そして何より印象に残っているのは、その方自身が、誰よりも楽しそうに仕事の話をしていたことです。「私は、仕事をしていて、今がいちばん楽しい」。キャリアを重ねてなお、新しい商いに挑み、変化そのものを面白がっている、その姿を見て、私は「ここだ」と決めました。
入社後は化学本部の関西事業部(当時)に配属され、石油化学製品の国内販売、輸出入、三国間貿易などのトレーディング業務を担当しました。最初から特定の商材にこだわりがあったわけではありません。営業として商いを学べるのであれば、どんな分野にも挑戦したい。そんな想いを胸に、現場へ飛び込みました。関西で数多くの取引先と向き合い、さまざまな商いに触れる中で、私はある「なぜ」に強く惹きつけられていきました。ある商品は、100円で仕入れたものが105円で売れる。ところが別の商品は、同じ100円の仕入れでも200円で売れる。同じ商品であっても、顧客によって支払ってもらえる価格は違う。この差は、いったい何に対して支払われているのか。時には、取引先から直接「あなたの5円の価値は何ですか?」と問われることもありました。100円で仕入れたものを105円で売る、その5円は何に対して支払われているのか。自分の5円の価値を、あらためて考えさせられる場面です。そうした問いも含め、日々の商いの中に無数に転がっている「なぜ」が、面白くて仕方がありませんでした。気づけば私は、いつでもどこでも「私がいただいている価値とは何か」を考えるようになっていたのです。価格だけを求める取引先もいれば、機能・性能を重視する取引先もいます。営業担当としてのサービスの質を評価して下さる人もいれば、俗人的な関係性に重きを置く人もいます。だからこそ大切なのは、「相手が本当に求めていることは何か」、そして「それに対して私は何ができるのか」を考え抜くことでした。
そして、商談という生きた問題が毎日転がってきます。そのたびに仮説を立てる。「この提案なら課題解決につながるのではないか」「こうすれば新たな可能性を広げられるのではないか」。提案し、結果を振り返り、また考える。その繰り返しです。「どうすればできるか」を起点に、「自分がこうしたら、相手はこうなるのではないか」という感性を磨く。相手を知るほど提案の幅は広がり、新たな商いが生まれていきます。自分なりに立てた仮説が当たったときの「ほら、きた!」という瞬間は、何度味わっても楽しい。かといって、いつも思い通りにいくわけではありません。どれだけ経験を重ねても予想外の展開は起きるし、うまくいかないときもある。相手がいて、常に動いている。そのビジネスの生ものらしさに触れることが、私にはたまらなく面白いのです。それが私の原動力であり、私を次の挑戦へと向かわせてくれました。
初の海外駐在となる中国・上海へ赴任してしばらくすると、リチウムイオン電池材料事業を担当することになりました。当時、電気自動車の普及に伴い、電池材料市場は急速に拡大しており、成長局面にありました。今後は、電気自動車に加え、飛行機や船舶など、あらゆるモビリティの電動化が進んでいくことも容易に想像できました。その潮流の中で世界に先駆けて市場が立ち上がり、最先端の技術と新しいビジネスが次々に生まれる。それが中国のマーケットでした。その市場環境は日々変化し、昨日までの常識が翌日には通用しなくなることも珍しくありません。双日はこの分野で黎明期からビジネスを手がけてきました。ただ、実績があることと、これから勝ち残れることは別の話です。この変化の速さの中で、どうすれば勝ち残れるのか。市場をどう読み、その中で自社は、そして自分自身はどう動くのか。それがつねに問われていました。変化が大きいほど難しさもありますが、それだけ新たな可能性も広がります。新しい市場を切り拓き、取引先とともに事業を育てていく。その一つひとつの経験が、私の好奇心をさらに掻き立て、自分自身の成長にもつながっていきました。
一方で、市場が大きく動くときには、高値での取引によって短期的に大きな利益が見込める局面もあります。目先の数字を取るのか、取引先との関係を長く続けることを優先するのか。板挟みで悩む場面もありました。正直に言えば、好奇心と商いの楽しさだけで走っていた当時の私は、目の前の一件に飛びついてしまう短絡的な見方をしていたこともあったと思います。そうした経験を通じて学んだのは、商いとは目先の利益を取りにいくことではない、ということです。取引先の事業が持続的に発展し、その先も信頼関係が続いていく。そこまで見据えて動くことが、結果として双方にとってより大きな価値につながる。頭ではわかっているつもりだったことを、現場で本当の意味で理解しました。
日本に帰国後、中国駐在時代からリチウムイオン電池材料の取引先だった日本エイアンドエルのM&A案件に関わることになりました。その後、株式譲渡に伴って同社での長期出張の期間を経て、現在は社長補佐として経営に携わっています。営業を担当していた頃に考えていたのは、何かを売り、その対価をいただくことの価値でした。いまは、会社の企業価値そのものをどう高めていくかを考えています。一方で、これまでは自分自身や双日のメンバーに囲まれて仕事をしてきましたが、いまは、長年にわたって日本エイアンドエルを支えてこられた社員のみなさんの中に、私が新参者として入っていく側です。企業価値を語る以前に、この組織の中で私の価値は何か、一緒に働く皆さんが大事にしているものは何か。まずはそれを知るところからだと思っています。取引先によって求めるものが違うように、組織が変われば価値観も文化も違い、そこで働く一人ひとりもまた異なります。その中で、どうすれば会社という規模で商いを大きくしていけるのか。周りを巻き込みながら、日々考え、進んでいます。仕事の内容も、立場も変わりましたが、「相手を理解し、その人にとっての価値は何かを考える」。その好奇心に突き動かされていることは、何も変わっていないと思っています。
双日に入って以来、数えきれないほどの商いを見せてもらってきました。その一つひとつから、こうすればうまくいくのではないか、という自分なりの「商いの公式」を少しずつつくり、いまも更新し続けています。これからは、その公式を日本エイアンドエルという新しい環境で活用していきたい。そして、取引先からも、日本エイアンドエルの社員のみなさんからも、そして双日からも、「双日が株主になってよかった」と言ってもらえるようになる。それが、いまの目標です。その道のりでは、うまくいくこともあれば、失敗や、簡単には解けない課題に出くわすこともあるはずです。それでも、そのすべてに対して「どうして?」「なぜなんだろう?」と考えている自分がいます。その積み重ねが、新たな商いを生み、新たな価値を育て、未来へとつながっていくと信じています。私にとって、好奇心は、商いのはじまりだからです。

