HomeArticle「誠実」な組織とは? 経営者の誠実の考えかた 双日社長 藤本昌義 × 元ソニーCEO 平井一夫さん

2024.01.31 UP

「誠実」な組織とは? 経営者の誠実の考えかた
双日社長 藤本昌義 × 元ソニーCEO 平井一夫さん

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価値観が大きく変容し、多様化する社会において、より一層コンプライアンスへの関心が高まっています。高い倫理観に基づく対応を求められるなか、誠実さを基盤としたコンプライアンスの実践は、社会における信頼性を高めることにつながります。 

今回は、双日の企業理念に含まれる「誠実」をテーマに、双日の藤本昌義社⻑が元ソニーCEOで現在はソニーグループシニアアドバイザーの平井一夫さんと対談。双日の守田達也CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)を聞き手に、経営における誠実とは何かを意識した経験からリーダーシップ論までを問う、熱い対談のはじまりです。

Photograph_Tetsuya Yamakawa
Text_Michiko Sato
Edit_Shota Kato

双日グループの「誠実な心」は、相手の立場に立つことを大切にする

守田:今日は、企業における「誠実さ」に焦点を置いて、経営者のお二人からさまざまな経験を踏まえたお話を聞かせてください。まずは、藤本さんは誠実さをどのように考えられていますか?

藤本:一般的に誠実というと、「嘘をつかない」ことが大切かと思いますが、経営における誠実さを考えると、嘘をつかないに加えて、「誤解を与えない」ということも必要ではないかと。日本は、文化として結論をはっきりと言わないところがありますよね。私は海外生活が長いので、できるだけ「できる・できない・できるかどうかわからない」を伝えることと、曖昧な表現をしない努力をしたいと考えています。

守田:双日グループの企業理念は「誠実な心で世界を結び、新たな価値と豊かな未来を創造します」ですが、その背景や理由はどうお考えですか?

藤本:ここで言う「誠実な心」とは、私としては、相手の立場に立ち、相手の利益を考えた上で提案するという意味合いが込められていると思います。企業として利益を追求すると同時に、相手の立場に立つことの大切さを伝えているんだと考えています。

守田:平井さんは、誠実さとは、また、誠実さを実践していく組織であるためには、どんなことが大切だと思いますか?

平井:誠実さとは、リーダーシップに似ています。相手の立場に立って物事を考えることや人の意見を聞き、なるべく早く判断し、その責任を取る、などリーダーシップに求められる要素がまさに誠実さを表すことだと思います。それを組織で浸透させるためには、社長のようなトップをはじめ、5人くらいのグループリーダーまで、各レイヤーで誠実なリーダーシップを発揮できているかが重要です。

守田:誠実さとは、リーダーシップを発揮する上での、ひとつの大きな柱になっているということですね。

平井:会社のいろいろな局面でのトップの対応や進め方からメッセージが響き、それが社員に腹落ちするようになって、誠実というコンセプトが組織として浸透していくのではないかと思いますね。

ネガティブな状況における誠実な対応。それこそが信頼を築く

守田:誠実さを大事にしなければいけないと実感した経験談について、藤本さんからお聞かせください。

藤本:私は2008年から2012年までベネズエラの自動車組立販売会社に赴任して、社長を務めました。社長になってすぐに過激な労働組合に工場が占領されてしまい、生産がストップするという事態が起こりました。労働環境の改善点を当局からいくつも指摘されていたにもかかわらず、まったく改善されず、前任者は工場の現場を顧みていなかった。そのなかで、従業員の会社を信頼する心が離れ、過激な方へ流れていったという背景がありました。

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会社は従業員のことを考え、真摯に対応する。そういうことをやっていかなければ、従業員の心がどんどん離れていってしまうということを一番に感じましたね。労働組合を解散させて新しくつくった組合に対しては、従業員と一体感を持って会社経営することや、賃金・福利厚生の見直し、従業員の家族が通っている小学校に椅子や机を寄付するなど、社会貢献もしながら従業員との距離を縮めていきました。

守田:当時、私はニューヨークに駐在していたのですが、聞こえてくる噂だけでも本当に厳しい状況が伝わりました。そのなかで、対立構造はとらずに、従業員の意向を聞きながら誠実に改善を図られた、ということですね。

藤本:そうですね。誠実に対応することで信頼や絆を取り戻すことが一番大きな仕事だったと思います。

平井:私の経験では2011年、PlayStation Network*1に不正アクセスがあり、サイバーアタックを受けました。ハッキングされて数千万人分の個人情報が流出した可能性も考えられるものの、その時点ではまだ正確な状況はわからない。会社としては、誠実な対応をするために情報を集め、全体像を捉えてから発表したいと思うのですが、メディアやユーザーが求めているのは「何が起きているのかを早く教えてほしい」ということなんです。

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私は分からないことがあるなかでも、「何が分かって何が分からないかを説明することが誠実な対応」だと考え、記者会見に踏み切りました。大切なことは、早めに開示すること。その時点で分かること・分からないこと・いつまでに情報開示するということを発表すると、メディアもユーザーもタイムリーに対応しているのだなと感じてもらえると思うのです。会社が誠実と思って対応することと(メディア/ユーザーが思う誠実さとは)違いがあることを感じましたね。

守田:平井さんは著書『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』でも、当時、アメリカのリーガル担当の方からは、中途半端な形でやるべきではないと反対されるなかで、今やらないとダメだという強い判断で記者会見を開いたと書かれています。自分で決断を下し、責任を取るということは、誠実でないとできないということですよね。

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平井:誠実さを発揮するというのは非常に厳しいことではあるけど、それを敢えて正しい方向に進めるというのはリーダーの仕事です。部長も課長も誠実に対応する姿を見て、社員は会社の文化を知り、自分も誠実になろうとする。逆に、厳しいことを避けたり、隠したりすると、社員に誠実でない文化であることを示すことになる。それはメディアに対してどう見られるかということと同時に、社内にどうメッセージを出していくかということでもあります。

藤本:専門家が反対するなかでそれを押し切るというのは、すごい決断ですね。リーダーシップをとることで文化を根付かせることになる。

平井:社長からグループリーダーに至るまで、人前に立つ人間というのは、一挙手一投足を見られています。若い頃からそういうことが大事だと分かると、5人くらいのチームリーダーが、何千人もの大企業のリーダーになった時でも、誠実な対応、心の知能指数が高いリーダーシップが発揮され、より組織は強くなっていきますよね。

*1 PlayStationは、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの商標または登録商標です。

誠実さを組織全体に浸透させるために ~誠実と業績の両立~

守田:誠実さが求められる一方で、会社は営利企業である以上、業績を出さなければいけません。会社としてコンプライアンスが大事だと言っても、「数字を出さないと」という議論が起こる。組織として数字を追うことに過度に流れないようにするためには何をすべきでしょうか?

藤本:経営メッセージとしては、人の道を外れたことをやらない。ルールを守り、正しいことをやりながら、その中で業績が上がるように日々努力することが大切なのだと常に社員に伝えることが重要だと思っています。

守田:そのメッセージをどうやって伝えていこうと考えていますか?

藤本:双日の場合は、「社会が得る価値」と「双日が得る価値」の二つの実現を掲げています。一人勝ちで、利益さえ上げておけば良いということではなく、それが社会に対して貢献できているか、誰かの利益を奪っているのではないか。そういうことを常日頃、いろいろな場面で繰り返し問いかけていくことが必要だと思います。それは、一朝一夕で成し遂げられるものではありません。文化として醸し出すことが大事で、会社全体で「これは企業文化だ」と認識する必要があると思います。

平井:私の場合は、ソニーがかなり悪い状況にある時期で社長となり、「感動を提供する会社」というミッション・ビジョン・バリューをつくりました。それを文化にしていくために、世界中のソニーのビジネス拠点に行って、タウンホールミーティング*2を開き、直接自分の言葉で社員に語りかけました。

平井が来たら「感動が来たね」と言われるくらい、言い続けないと文化にならない。そして、かならず質疑応答はその場で対応するように徹底しました。事前に当たり障りのない質問を選んで、司会者が聞くやり方をしてしまうと、社員からは茶番に見えてしまう。本当に誠実なマネジメントだったら、何を聞いてくれてもいいから、突っ込んでくれ。そういうスタンスを示すことで、本当にこの人は誠実なのか、そうじゃないのかは伝わります。

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守田:社長がタウンホールミーティングに来て、「何を聞いてもいいよ」と言っても、なかなか質問しづらい部分もないのでしょうか。

平井:これは同じ拠点を何度も訪れることが大事なんです。2,3回すると、良い雰囲気になってきて、プライベートなことまで聞かれたりするんですよ。そこまで来たら、山を登り切ったなという感じですね。社長としてではなく、人間として見てもらえるようになると、コミュニケーションの質が良くなる。

守田:著書では、奥様もタウンホールミーティングに出ていたと書かれていましたよね。

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平井:はい、妻もなるべく一緒に行くようにしていました。海外の政治家も、よくパートナーを連れているシーンを目にしますよね。これは非常に重要で妻から「社長という肩書きはあるけど、家ではこんな感じですよ」という話をすると、社長の人間としての姿が出て、平井という人間をヒューマナイズしてくれる。

藤本:海外ではパートナーと連れ立って食事に行くというのは一般的で、そういったところから信頼性がつくられます。日本ではそういう文化が定着していないところはありますね。私もパーティーに行く時には妻にも来てもらいました。

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*2 経営陣と従業員との対話の場のこと。一般的には、社長などが現場に出向き、従業員を集めて自由に意見を交わす場を設ける。そこで経営陣は現場の声を、従業員は普段顔を合わす機会の少ない経営陣のメッセージをダイレクトに聞くことができる。

「リーダーは肩書ではなく、人格で仕事をする」

守田:本日は誠実さをテーマにお話を聞いてきましたが、お二人はそのような経営哲学やポリシーをどうやって熟成してきたのですか?

藤本:先ほども話したベネズエラが大きいですね。日本から遠く離れた土地で、現地の法律に照らし合わせて、全部自分で判断しなければいけない。会社が潰れるか、潰れないかの危機にあり、撤退するかということまで追い詰められた時期でした。最終判断するのは自分であり、その背後には、約2,000人の社員の他に、協力会社を合わせると4,5万人の生活がかかっている中での責任と判断は非常に重いものです。そういう状況を通して徐々に、培っていったと思います。

平井:私は最初、ソニーミュージックに入社して10年ほど在籍した後、アメリカのPlayStation事業の責任者になりました。日本からの赴任者であり、バックグラウンドは音楽ビジネス。現地の人は「この人は何なんだろう」「お手並み拝見」という目で私を見ている。そこで私は正直に、「分からないから教えてください」と言うようにしました。「教えてください」と言われて、嫌な思いをする人はいない。人の話を聞き、答えの出し方を聞く。そして、最後は明確な判断をして、責任を取る。そういうことを通して、関係性を構築していきました。

その後、日本に帰って全世界のPlayStation事業の責任者になった時も、ソニーグループの社長になった時も、同じことの繰り返しです。常に同じ会社ですが部外者として見られるため、まずは話を聞くことから始めました。知ったかぶりの判断をした瞬間に、リーダーとしてのリスペクトを失ってしまい、会社が回らなくなる。自分の経験から言えるのは、強いリーダーは、ちゃんと弱さを見せられることが大事。リーダーは肩書きで仕事をするのではなく、人格で仕事をして、たまたま課長や社長という肩書を持つようになり、その立場から育てられていく、ということですね。

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藤本:私も同じような経験があって、ある日本企業のポーランドの現地法人に出向していた時に、日本から赴任してきた方が社長で、私は副社長でした。その社長は頑固な一面はあるものの、非常にフェアな方でした。社長というものは、一度決めたことはやり続ける。朝令暮改になってはいけない。だけど、考え抜いた後でこれは違うぞと気づいた時には、潔く方向転換する。それが理想の社長の対応だと学びましたね。

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「相手を思いやる心とともに自律的に考える人間や組織をつくっていく。これが理想」

守田:つくり上げた企業理念を社内に浸透させ、かつ永続的に続けていくことは、すごくエネルギーが必要だと思います。持続させるために必要なことは何でしょうか。

藤本:誠実さを持つことや、コンプラ違反してはいけないというルールをつくるのは簡単なことで、それを一人ひとりが意識して実践していくのは難しいことです。そのためには、やはり会社の文化になるまで言い続けることが大切だと思います。

コンプライアンスを日本語に訳すと「法令遵守」です。いまはコンプライアンスの意味が広がって、昔と違って世間の目も厳しくなりました。一方で、法律を守っているから何をしてもいいというわけではなく、それ以前に、相手を思いやる心や自分の中にルールを持って、自律的に考える人間や組織をつくっていく。これが理想だと思います。

平井:文化にしていくための重要な要素としては、ネガティブな状況に見舞われる時、それこそが実はチャンスで、組織の力が試される時なんです。その時に、少しでも誠実な対応ができていないと、社内で信頼が失われてしまう。鎖の中のひとつだけが抜けてしまうと、全部がうまく回らなくなってしまうほどのインパクトがあります。ただし、組織が一枚岩となって、上から下まで誠実な対応を見せられると強い。

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藤本:今日、平井さんと話して、伝え続けていくことと、伝えたことを実践することの重要性を再確認しました。誠実さは双日の文化だということを、有言実行していきたいと思います。

平井:誠実な対応は、実は一番難しいんですよね。でも、一番険しい山を登っていくのが、誠実さを発揮することになって、その頂上から見える景色はまったく違うものになる。会社にとって大きな財産になっていくと思いますので、双日の皆さんが誠実さを文化にしてくことを願っています。

PROFILE

藤本昌義

双日株式会社 代表取締役社長

1958年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、1981年日商岩井(現双日)入社。自動車畑を長く歩み、米国、ポーランド駐在を経て、ベネズエラに赴任しMMC Automotriz S.Aの社長に就任。その後、双日米国会社兼米州機械部門長、執行役員、常務、専務を経て、2017年6月から現職。趣味はゴルフ、座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」。

平井一夫

ソニーグループ株式会社 シニアアドバイザー/一般社団法人プロジェクト希望 代表理事

1984年に株式会社CBS・ソニー(現 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。1995年よりゲーム事業の北米責任者を務め、2007年に株式会社ソニー・コンピュータエンタテイメント (現 株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント) 社長 兼 グループCEO就任。2012年4月にソニー株式会社 社長 兼 CEOに就任し、ソニーグループ全体のビジネスを牽引。2018年4月より2019年6月まで会長を務める。2019年6月よりソニーグループ株式会社 シニアアドバイザーに就任。2021年4月、自ら代表理事を務める一般社団法人プロジェクト希望を設立。子どもたちの未来創造のきっかけとなる感動体験をつくるプロジェクトを推進している。
一般社団法人プロジェクト希望:Project KIBO

守田達也

双日株式会社 常務執行役員/CCO, CISO 兼 法務、内部統制統括担当本部長

1967年生まれ。早稲田大学卒業後、1990年日商岩井(現双日)入社。ジャカルタ、シンガポール、米国駐在を経て、2014年法務部長、2019年より法務、広報担当本部長を経て、2021年よりCCOに就任、2023年より現職。

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