2023.11.17 UP
経済発展が著しいベトナムでは、衣食住の分野で新しい文化が生まれています。特に食においては欧米の様式を取り入れたり、食材そのものの品質が改良されたりと、食の多様化が進んでいます。そうした食文化の変化の一端を支えるのが双日のビジネスです。ベトナムのKyodo Sojitz Feed (双日協同飼料会社、以下KSF)の新社長に就任した原田昌平は、双日に入社してからこれまで、食料にまつわるさまざまな事業に携わってきました。需要が拡大するベトナムの食文化を目の前にして、新しいリーダーとして思い描く原田のビジョンに迫ります。
Photograph_Takuya Nagamine
Text_Tami Ono
Edit_Shota Kato
ホーチミン市内から車で1時間ほどのロンアン省にあるKSFのオフィス・工場。
増大する食肉の消費とともに、家畜の数も増え続けているベトナム。高品質な飼料の需要があると見込み、KSFが設立されたのは2011年のことです。日本で飼料生産と販売の実績がある協同飼料と双日による共同出資でした。
ホーチミンから南西に50kmほど離れたロンアン省の工場で、2013年に豚の飼料を中心に製造を開始。当時、ベトナムにおける肉の消費の約7割は豚、飼育頭数は日本の3倍にものぼりました。そのような状況下なら、きっと順調に軌道に乗ったのだろうと思いきや、KSFの歩みは平坦なものではありませんでした。原田は、伝え聞いてきたストーリーを語ります。
「いまは安定していますが、最初はいろいろと大変なこともありました。KSFがつくる飼料は日本の飼育環境に合わせて設計されていました。ベトナムの環境に合わずに、豚が体調を崩したり、農家への営業の仕方も手探りでなかなかうまくいかなかったりと、試行錯誤でした。その後、飼料の内容を見直し、飼料販売に実績のある現地の営業の方に入社してもらうなどして改革を行っていきました。その結果、信頼を少しずつ勝ち取り、鶏や牛などの餌も手がけるようになって、次第に事業が安定してきたのです」
創業からこの10年の間にも、ベトナムの食肉市場と畜産の状況はめまぐるしく変化していきました。安価で良質なタンパク質が求められるようになったり、フライドチキンなどの洋食の人気が上昇したりしたことにより、若鶏の消費量が増加。以前は家族経営で数十頭の家畜を飼育する農家がほとんどでしたが、近年では大規模経営の農場も増えてきました。そんなベトナムの潮流を見ながら、KSFは柔軟に事業形態をアップデートしてきたのです。
日本の製法と品質を売りにしたKSFの飼料。日本由来であることをイメージしやすいように、「GENKI」「ICHIBAN」といった商品名が採用されている。
現在KSFでは、家畜の月齢に合わせた多様な飼料を生産。主原料の穀物をさまざまに加工して配合しています。工場は3交代、24時間体制で稼働。飼料を取り扱うKSFのトップとしての原田の日々は始まったばかりですが、双日に入社してからはずっと飼料の原料となる穀物と向き合う業務に携わってきました。
「2003年に入社して配属されたのが、トウモロコシなどの飼料の三国間貿易などを行う部署でした。当時の私が担当したお客様のなかには、まさにこの事業パートナーの協同飼料も含まれていました。入社以来、私は20数年間のほとんどを畜産飼料用を含む穀物を扱う分野に携わっています。ベトナムでは双日のプレゼンスがとても高く、それは1986年に駐在員事務所を立ち上げてからさまざまな領域で築いてきた事業基盤によるものです。そのおかげで、新しいビジネスにもチャレンジしやすい環境が整っているんですね」
飼料の原料となる穀物はトラックで輸送されてくる。工場の中には粉末状の穀物が地層のように保管されている。
原田の海外赴任は今回が3度目。最初は、トウモロコシや大豆などの一大産地であるアメリカ・ポートランドの輸出拠点。2度目は、飼料用穀物の需要が増しているベトナムのハノイに駐在しました。2016年から2019年までの間、双日ベトナム会社の食料部で飼料畜産と物流領域の投資プロジェクトを担当していたのです。
「ベトナムの駐在としては2回目になりますが、当時はハノイ支店に勤務して成長市場のベトナムにおいて新しい投資を仕掛けていくミッションを担当していました。私は飼料畜産の中でも豚の大規模生産・流通システムに関するプロジェクトをやりたかったのですが、会社は結果的には別のプロジェクトを選んだ。すごく悔しくて、やりきれない思いを抱えたまま日本に帰国したんですね。今回KSFの社長を務めることになったのは、あの頃とは立場を変えて再挑戦できる貴重な機会だと思っています。
私はKSFの6代目社長になりますが、歴代の社長たちがさまざまな改革をしてきたこともあって、一段とプレッシャーを感じています。でも、これまでに積み上げた実績を踏まえて、もっと成功させたい気持ちがモチベーションになっていますね。ハノイの駐在時代はまったく知らない国での文化に触れる新鮮さがありましたが、ビジネスでの新鮮さは今回も変わりません。成長市場のベトナムでは、真摯に取り組めば結果が出ると信じています。挑戦と機会の充実さは大きなやりがいです」
創業10周年のリブランディングに合わせてリニューアルされた、KSFのロゴと飼料のパッケージ。
KSFは2023年に創業から10年を迎えました。節目のタイミングに取り組んだのは、会社ロゴや飼料パッケージなどのリニューアルといったリブランディングです。早くも次の10年を見据えて、「リブランディングを経て、成長ステージに押し上げることを期待されています」と、原田は引き締まった表情で語ります。
ところで、caravanの取材時は、KSFの先代社長の帰国が翌週に迫るタイミングでした。原田は赴任してからの2ヶ月、業務の引き継ぎと取引先へのあいさつ回りで、ベトナム国内を忙しく動き回っていたそう。ここから本格的に、KSFの舵取りを担う局面に突入していきます。
「KSFは会社の規模が小さいうちは、社長が営業部長を兼務していました。しかし規模が大きくなるにつれて日本人の駐在員も増えたので、社長に必要とされるのは、プロジェクトを動かしていくための基盤づくりへと変わっていったんですね」
双日はベトナムの最大手乳業メーカーのビナミルクとの新会社、Japan Vietnam Livestock(以下、JVL)を通じて、肉牛を育てています。KSFはJVLも含めたさまざまなメーカーへ飼料を販売している立場です。JVLは2024年、ベトナム最大規模となる牛の肥育農場と食肉加工工場の竣工を迎えます。実はこの肉牛肥育事業のきっかけをつくったのは、先にベトナムで家畜に関わる事業を展開していたKSFでした。
「ビナミルクでは以前、乳牛にならない雄の牛が生まれると、近隣農家に譲渡していました。しかし、KSFは雄の牛を確かな品質の飼料で育てて肥育できれば、ベトナム国産肉として売り出せるということを日本での経験から知っていたので、ビナミルクに肉牛肥育事業を提案したんです。双日とビナミルクがタッグを叶えられたのは、KSFに良質な餌と確かな技術での肥育を可能にする自信があったからこそ。JVLはベトナムに新しい食肉文化をつくっていく一大事業を担っています。そこに間接的ではありますが、KSFも飼料を通じて高品質の国産牛を育てるのに貢献していることは、とても誇らしいですね。
ビナミルクとの協業はKSFのビジネスを広げていく上で大きなインパクトがありますが、その一方で、ベトナムの畜産農家の方たちに私たちの飼料を信頼して購入してもらうためには、やはりデータを示していかないとなりません。日本の技術やKSFの飼料を使ったからこそ、いい結果に結びついている。それをもっとわかりやすい形に表していく必要があります。日本の技術の効能をデータで示し、飼育環境の違うベトナムの農場でも効果が出ることを試験で示して説得する。その業務を前任の社長から引き継ぎ、私が担当していきます」
原料の穀物は複数の工程を経て飼料として整えられていく。
コーンフレーク状の飼料はベトナムでは新しい。Japanクオリティでベトナムに新しい食文化の礎をつくっていく。
新しい環境に身を置き、やる気に満ちている原田だが、ベトナムでの仕事で一番苦労していることは、商習慣や生活習慣ではなく、なんといっても言葉だという。
「ベトナム語は発音がすごく難しいんです。前回の駐在でも思うようにベトナム語を習得できなくて、いまも苦労しています。通勤時間に語学学習のポッドキャストを聴いたり、生活に慣れてきたら以前のようにスクールにも通ったりしたいと思っています。オフの日には、ホーチミン市内のジムに通ってグループレッスンを受けているんですが、トレーナーは僕が理解できていないと片言の英語で語りかけてくれます。そういったシーンからも、ベトナムの人たちともっと意思の疎通をできたらなという思いが強いんです。
打ち合わせや商談でコミュニケーションをとろうとしても、どうしても言葉に詰まってしまう。本当はもう少しベトナム語で取引先の悩みを聞いたり、『うちの商品にはこんな良さがあって、こんな課題を解決できますよ』なんて会話を、直接できたらいいのになという歯痒さがあるんです。日常的にそういうもどかしい場面に直面するのが、ベトナムで仕事をしているうえで一番苦労していることですね」
飼料は梱包され畜産農家のもとへ出荷されていく。
逆にいえば、言葉以外の壁は、どんな国で働いていたとしても立ちはだかるもの。事業を成長させていくために、乗り越えていかねばならないのです。そして、KSFの事業は、経済成長の著しいベトナムを舞台にするからこそ前途が開かれています。
「ベトナムでは、中間所得層のライフスタイルが豊かになったことで食の消費量が増え、配合飼料の売上は年率7%くらい伸びています。これまであまり食べられてこなかった冷蔵肉の需要も増えるだろうと予測できます。だからこそ、KSFとしても畜産インテグレーションと呼ばれる、飼料の生産から家畜の育成、食肉処理、販売までを一貫して取り組むやり方を担うためのチャレンジが必要だと思っています」
原田にとって心強いのは、事業進捗定例会にて、KSF事業の進捗と課題について本社と定期的に討議する機会があり、KSFと本社の連携を強化する体制が整えられていること。これまで以上に、日本とベトナムの距離を越えて連携していけるだろうと期待も膨らみます。
「インテグレーションへのチャレンジの他には、第二の製造拠点をつくるために動いていきたい。高品質の飼料を製造して販路を広げてきた10年の実績を踏まえて、飼料の増産も果たしながら、さまざまな人を巻き込んで、次のフェーズへ進めていきたいですね」
最後にあらためて今後の目標を尋ねると、一番に出てきたのは、「KSFをいい会社にしたい」というもの。それまで理路整然と話し進めていた様子から一転、朴訥(ぼくとつ)としたシンプルな言葉でした。でも、だからこそ、そこに込められた熱い想いを感じます。
「KSFの事業は飼料づくりを通じて、オフィスと工場のあるロンアン省に多くの雇用を生み出しています。私は6代目社長として、従業員の方たちの幸福感を大事にしたいんですね。みんながこの会社で働いてすごく良かったと思ってくれたらいいな、と。ベトナム人の勤勉さは日本人に通ずるものがあります。シャイで恥ずかしがり屋な性格も日本人と似ています。私の拙いベトナム語でも彼らと打ち解けることができて、KSFで働くみんなを幸せにしたいという気持ちがさらに高まりました。
KSFには創業時から10年近く働いている方も多いので、そういう方たちにもしっかりと報いていきたい。会社の成長も実感してもらいたいし、日本人が経営する日本人のための会社じゃなく、KSFはベトナムのみなさんの会社だと感じてもらえればいいですね」
日本ブランド、日本品質の飼料が、ベトナム産の美味しい牛肉を育てていく。日本とベトナムの架け橋となり、その道のりは時間がかかるものかもしれないが、原田とKSFの取り組みはベトナム国内に新しい食文化をつくる確かな起点になっています。
双日と協同飼料の共同出資で、2011年8月にベトナム・ロンアン省で設立した畜産用配合飼料の製造・販売会社。日系企業がベトナムで畜産用配合飼料の生産・販売への初めての参入。
"Japanese quality – Vietnamese prosperity"(日本の品質、ベトナムをより豊かに)のスローガンを掲げて、トウモロコシ、大豆、小麦などさまざまな飼料原料を独自の技術・ノウハウにより配合し、健康で良い肉質を持つ家畜の成長を促進するのに最適な飼料の製造に心がけている。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)
原田昌平
Kyodo Sojitz Feed Company Limited General Director
2003年、日商岩井(現双日)入社。食料原料部に配属され、飼料原料トレード・貿易実務全般を担当。双日米国会社(ポートランド)、双日ベトナム会社(ハノイ)での駐在を経て、2019年に日本に帰国し、穀物アグリビジネス部にて事業会社の管理、個別投資案件の開発、トレード全般を担当。2022年は、経営企画部にて投融資の審議などの本部担当、国内水産会社のPMI支援を務めた。2023年から食料事業部所属となり、戦略の策定、個別投資案件の開発を経て、再びベトナムに駐在。双日協同飼料会社に出向し、同社の代表取締役社長を務めている。