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Vol.03

資源は次なるステージへ。
サーキュラーエコノミーのいまとこれから

2022.05.31 UP

CO₂をデザインする未来のライフスタイル

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深刻な社会問題である地球温暖化。その原因のひとつであるCO2の排出を減らし、排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルへの取組みが各国で叫ばれ、日本でも2050年までに達成するという目標を掲げています。そこで、大気中に放出されたCO2を回収する「ダイレクトエアキャプチャー」という技術の研究開発が行われています。九州大学の藤川茂紀教授は、現在すでに各国で稼働している大型システムをある方法で劇的に小型化しようとしています。そこでクリエイティブディレクター・デザイナーの辰野しずかさんが九州大学のカーボンニュートラル国際研究所を訪問しました。革新技術から見えてきた、未来の世界の姿とは?

Photograph_Masayuki Nakaya
Illustration_Shinpei Onishi
Text_Yuko Ishizaki
Edit_Shota Kato

CO2を回収し再資源化を可能にする、ダイレクトエアキャプチャーとは?

ダイレクトエアキャプチャー(以下DAC)、その名前を聞いてもピンとこない方が多いかもしれません。私たちの日常生活ではあまり耳にしない名前ではありますが、近年研究が進んでいる技術で、大気中のCO2を回収するというもの。回収したCO2に変換器を通してエネルギーと物質を加えれば、炭素系の違う物質に変換させ、保存・活用することができます。地球温暖化が深刻化する中で、大気中のCO2を削減するDAC技術、そしてその有効活用は各国・各機関で注目を集めているのです。

その革新技術の活用事例を挙げてみましょう。たとえば、アイスランドやカナダの施設ではCO2を回収し、地中に送り込み鉱化させて地中に戻す取組みや、スイスの施設ではCO2を回収し炭酸飲料を製造し提供するといったプロジェクトなどが世界中で行われています。このDACはCO2の排出量を減らすだけでは到底追いつかないカーボンニュートラルの目標に、明るい兆しを見せる技術として注目を浴びています。

しかし既存のDAC技術を活用した施設にも幾つかの課題があります。大気中から特殊な液体や吸着剤にCO2を吸収させるため、大掛かりなシステムになってしまい建設場所が限られてしまうことや、そこに掛かるコストも増大してしまうということ。もうひとつは、液体や吸着剤に吸収させたCO2を回収する時に大量のエネルギーを必要としてしまうといった点でのエネルギー効率性の問題です。

日本でのDAC技術研究の注目施設へ

日本でもDAC技術の研究が進んでいます。なかでも注目されているのは、九州大学でCO2を回収する分離膜の研究を行うカーボンニュートラル国際研究所です。藤川茂紀教授が率いる研究チームは、CO2を回収するシステムを劇的に小さくできる技術を開発しています。小型化されることで、さまざまなシステムや道具への活用や、新たな仕組みづくりも可能になるかもしれません。そんな脱炭素社会の実現のための革新的なDAC技術の研究を確かめようと、クリエイティブディレクター・デザイナーの辰野しずかさんと共に福岡市にある九州大学伊都キャンパスを訪ねました。

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辰野さんは、対象となる素材、技術、取り巻く環境の魅力を引き出し、シンプルながらもしっかりとした芯を感じる、凛とした佇まいの新たなデザインを生み出すことに定評のあるプロダクトデザインを中心に活動するクリエイティブディレクター・デザイナーです。

藤川教授はCO2を回収する分離膜に特殊な素材を用いることで、ナノレベルまで薄くすることに成功しました。その膜に空気を通すだけでCO2を回収できるため、物質変換にかかるエネルギーも削減され、小型化も可能になります。

これまでは大型の設備が必要だったため、広い土地にしか設置できなかったものが、理論上は空気がある場所であればどこでも設置可能になる、というわけです。そんなDACシステムを各家庭・施設まで普及させることを目標とする藤川教授。そんな夢のような世界は本当に実現可能なのでしょうか。

辰野さんが九州大学の研究所を訪れ、DACの技術について、そしてDACが叶える未来について、研究者とデザイナーの視点から考えていきました。

手のひらサイズの分離膜でCO2を回収する技術革新

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辰野:どんなシステムでCO2を回収されているのでしょうか。

藤川:DACのシステムには現在3つの方法があります。CO2が含まれている液体を加熱することでCO2を取り出す「溶液吸収」、脱臭剤のようにCO2が吸着しやすい素材を使った「固体吸着」、そしてよりCO2を通す素材を使って空気清浄機のフィルターのようにCO2のみをふるい分ける「膜分離」です。私たちは、現在主流になっている吸着・吸収法ではなく、膜分離について研究を進めています。

辰野:藤川教授が取り組んでいる膜分離の研究は、ほかとどんな違いがあるのですか?

藤川:従来は、特殊な溶液や固体の吸着材を使ってCO2を吸着するのですが、液体や固体により多くの空気を触れさせなければなりません。また吸着したCO2を再回収するために大きなエネルギーを使用します。そのため、コストの面でどうしてもシステムを大掛かりにしなくてはならないのです。

なぜこの手法が用いられているのかというと、大気中に占めるCO2の濃度が関係しています。どのくらい空気中に含まれているかご存知ですか?

辰野:1、2%程度でしょうか?

藤川:わずか0.04%です。意外にも少ないと思ったかもしれませんが、これが0.05%になるだけで、地球に大きな悪影響を及ぼすのです。このわずかな量のCO2を大量に回収するためには、同様に空気も大量に取り込むしか方法がないわけです。そのため大規模なシステムを必要としていたのです。

辰野:だから土地代が安価な場所にしか設置できないというわけですね。藤川教授が研究されている膜分離ではどんな課題があるのでしょうか。

藤川:膜の厚さが大きなハードルでした。膜が厚いとCO2が透過しにくいので薄くする技術が必要だったのです。今回、私たちはCO2を濾過する分離膜を、特殊な素材を使用し、約40ナノメートル(0.04マイクロメートル)、従来の分離膜の100分の1というものすごい薄さにする開発に成功しました。薄くなったことで効率よくCO2を透過でき、小型化も可能になるのです。

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辰野:どのくらいのサイズまで小型化することが可能なのですか?

藤川:めざしているのはエアコンの室外機サイズですね。その中に回収装置と、エネルギー物質に変換する装置も入るように、と考えています。

辰野:どのような物質に変換できますか?

藤川:CO2の変換については、ほかの研究者の協力を得ていますが、いま成功しているのは、エタノール、メタンや工業原料で重要な一酸化炭素などですね。メタンは家庭用ガスになるので家庭で生成することで循環が可能になります。理論的にはガソリンやエチレンにも変換できます。

辰野:ガスが生み出せて、エネルギーが循環していく。とても理想的ですね。炭素系ならなんでも変換可能ということですが、もしかしてダイヤモンドなども...?

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藤川:できるかもしれません。グルコースのような糖質系もできたらすばらしいですね。でもこれは実現の難しさから「夢の反応(Dream Reaction)」と研究者の中で呼ばれており、まだ実現はできていませんが、これができたらさらに可能性が広がりますね。

辰野:ということは、もしかしたら食料にも換えられるかもしれない。それはおもしろいですね。小型化が進み、さまざまな物質変換が可能になって、いまあるほかの技術と併用したら、エネルギーが家庭で、しかも空気から生み出せて循環していくことができるわけですね。大きな施設でつくったり、遠いところから運んだりしなくても良くなるのであれば、エネルギーは自分たちの手元でつくるという未来が想像できますね。

藤川:そうですね。私たちは地球からさまざまなエネルギーを掘り起こし、それらを使用して大気中にCO2としてばら撒いたことで温暖化を招いてしまいました。でも、もしもこの技術システムが確立したら、ある意味で平等にエネルギーが手元に届く世界が実現するかもしれません。

人の細胞膜の研究に着想を得た独自のDAC研究

辰野:この分離膜はとても薄いですが、強度に問題はないのですか?

藤川:特殊な素材を配合することで、3気圧*までは耐えられるような設計になっています。あとは実際に使用する時はヒダ状にして使用しますが、折り曲げ試験も1万回ほどでも耐えられます。

*私たちが普段生活しているのは1気圧。3気圧とは水中を30m潜った程度の気圧

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辰野:膜一枚でCO2だけを通すことにも驚きですが、膜そのものもシャボン玉のようにとてもきれいですね。

藤川:そういうクリエイティブな視点で見たことがないので新鮮な意見です。

辰野:ところで、膜を薄くする技術はほかの研究所では取り組まれていなかったのですか?

藤川:各国では膜の薄さを追求するのではなく、CO2を透過しやすい素材開発が中心の研究が進んでいました。私は元々、人の細胞膜のようなものをつくる研究をしていたので、その概念にとらわれていなかったのかもしれませんね。

辰野:人の細胞膜からの着想なんですね。細胞膜に注目したのはなぜですか?

藤川:細胞膜ってすごく薄いんです。でも、きちんと隔たりがある。通すものは通して通さないものは通さない。そこで、細胞膜の持つ機能を利用できないかと着目しました。

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辰野:一見関係ないような温暖化の問題解決の技術を、人や生き物の仕組みからヒントを得るって、やはり自然の力はすごいですね。

藤川:せっかくできた技術ですし、ここからは実際のプロダクトや、インフラを含めた技術開発やシステムづくりが必要な段階だと思っています。私がユーザーだったら、使うのであればかっこいい方がいいなと思いますから。

辰野:個々のプロダクトだけでなく、インフラを含めた社会システムのデザイン提案が必要なのかもしれませんね。でも、想像しただけでワクワクします。

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藤川:双日とはこの技術の社会実装に向けて一緒に取り組んでいるんです。家電のように各家庭に設置したい、と考えたのは、都市部こそ濃度の高いCO2を排出していますし、家庭では夜の寝室のCO2濃度が高いという研究結果も出ているからなんです。一般家庭で一日に消費されるメタンは800グラムとされていて、2キロのCO2から変換ができます。各家庭で一日800グラムのメタンがつくれると家庭内でエネルギーを自給自足する循環が成り立ちます。

辰野:お話を聞いただけでもいろいろな未来予想図を想像してしまいますね。

藤川:私のような研究者とは違って、クリエイターの方がどんな未来予想図をイメージするのか、とても興味があります。

CO2を減らしながらエネルギーを自給自足

藤川教授の研究室でDACのお話を伺った辰野さんは未来のライフスタイルデザイン図を考えました。研究室で語られたことが具体的に生活の中に組み込まれた、ワクワクするような未来の街の姿です。小型化されたDACを取り入れたプロダクトやシステムにより、各シーンでCO2を回収しながらエネルギーが循環している。そんな様子が未来の街の生活様式としてデザインされています。藤川教授の話を聞いたとき、辰野さんはDACの可能性の幅広さに驚き、インフラからプロダクトまでさまざまなシーンを彩れる、そんな感覚が湧き上がってきたといいます。

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「建物に設置された変換器付きのDAC装置によって、回収したCO2からメタンを生成し、都市ガスとして自給自足できるようになるでしょう。各工場に装置を設置すれば、プラスチック類ならエチレン、人工ダイヤモンドなら炭素など、CO2から必要な素材を生成しプロダクトを製造できます。メタンで走るソーラーシステム付きの車が開発されれば、CO2を回収しながら車体自体がメタンを製造しながら走ることができる夢のスーパーカーも出現するかもしれません。

寝室のCO2を回収し生成したエタノールを使用したアロマディフューザーは、目覚めもすっきり。同じようにエタノールからはお酒を造ることもできるので、地域ごとの空気で味わいのあるお酒が提供され、飲食店や自宅では同じくCO2から生成された炭酸ガスを利用したビールサーバーでふわふわな泡のビールを手軽に味わえます。災害など有事の時には時間や場所問わずメタンを製造しエネルギー源として使用できるため、自然災害の多い日本では大変重宝するはずです」

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いま私たちが抱えている、増え過ぎてしまった大気中のCO2のこと、枯渇が懸念されているエネルギーや資源のこと。またそれらが特定の地域にあることによって生じるさまざまな摩擦や衝突などの問題。これらはこのDAC技術を取り入れることで改善の希望が持てるかもしれないし、平和に暮らせる未来が描けそうな予感がする。そんな思いから辰野さんは「CO2を減らしながら、エネルギーを自給自足する循環型未来」を提案してくれました。辰野さんのアイデアに対して、藤川教授は研究者の視点から次のように語ります。

「我々研究者や技術者は、すぐに『どれくらいの量が処理できますか?』『どれくらいの効率ですか?』という発想になり、製品を実際に使う皆さんとの利用イメージと大きく離れてしまうことが多いです。しかし、辰野さんの視点は、『社会で"心地よく"使われている状況』、一般の方でも『利用している状況がイメージできる』ものであり、楽しく、そして未来を感じるデザインになっています。地球温暖化対策はやらなくてはならないことではありますが、使う人がワクワクしながらそれに貢献し、その結果、自然に新しい社会システムに、未来のライフスタイルになっていくというためには、デザインの力は、新しい技術開発と同様にものすごく重要なものだと、改めて実感しました。私も自分が関係している技術がこんな形でデザインされたプロダクトになったら、早速購入して使いたいです。そして、こっそり自慢したいですね(笑) 」

研究者とクリエイター。一見接点が少なさそうな両者が対話していきながら新しい何かを生み出していく。そんな取組みから、新しいライフスタイルデザインは始まっていきます。

PROFILE

辰野しずか

1983年生まれ。クリエイティブディレクター・デザイナー。ロンドンのキングストン大学プロダクト&家具科卒業。デザイン事務所を経て、2011年に独立。2017年より株式会社 Shizuka Tatsuno Studioを設立。家具、生活用品、ファッション小物のプロダクトデザインを中心に、企画からディレクション、ブランディング、付随するグラフィックデザイン、アート製作などさまざまな活動を国内外で行っている。グッドデザイン賞審査委員・工芸都市高岡クラフトコンペティション審査委員。ELLE DECOR日本版「Young Japanese Design Talents」賞、グッドデザイン賞など受賞多数。

Shizuka Tatsuno Studio​ ​Inc.
https://www.shizukatatsuno.com/

藤川茂紀

1999年九州大学大学院で学位取得後、イェール大学化学科で博士研究員として、化学研究に従事。2000年より理化学研究所において、化学をベースにした材料の開発について研究を展開。2012年より、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所に着任し、これまで培ってきたナノサイズの材料化学と薄膜研究をベースに、CO2の分離膜開発研究に従事。2021年に九州大学主幹教授となり、九州大学内に設置したネガティブエミッションテクノロジー研究センター長に就任。地球温暖化対策として、内閣府が進める「ムーンショット型研究開発事業」のプログラムマネージャーとして、大気から CO2 を回収し有効活用するプロジェクトを推進中。

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