2025.10.31 UP
 人の手でつくられているのに、眺めれば眺めるほど野生の生命の灯火が感じられる。彫刻家・瀬戸優さんが手がける野生動物の彫刻作品は、その場の空気を一変させるほどの存在感を放ち、創造と現実の境目を曖昧にします。
人の手でつくられているのに、眺めれば眺めるほど野生の生命の灯火が感じられる。彫刻家・瀬戸優さんが手がける野生動物の彫刻作品は、その場の空気を一変させるほどの存在感を放ち、創造と現実の境目を曖昧にします。
自分の中にある「好き」という気持ちを原動力に、作品をつくり続ける瀬戸さん。その歩みの中で培われた視点や価値観には、自分の軸を信じ、やりたいことにまっすぐ向かう生き方のヒントが詰まっていました。
Text_Shiu Gunji
Photograph_Takao Nagase
“芸術家と経営者
相反するふたつの顔で。”
「とにかく動物に会いたいんですよね。触れる距離で会いたい」
自らのアトリエで、笑いながらそう話してくれた瀬戸優さん。“創作活動にひとりで没頭する”という従来の芸術家のイメージを覆し、2024年には株式会社subigを設立。彫刻作品を手がけるかたわら、社員とともにオリジナルキャンドル制作や日本酒のラベルデザイン、ボードゲーム開発を行うなど活動の場を広げています。

「“仕事の息抜きが仕事”みたいな感じで、楽しいですね。彫刻以外にもやりたいことがいっぱいあって、subigはそれを叶えるための会社でもあるんです」
芸術家と経営者。対局にあるようにも思えるふたつの顔を持ちながら、瀬戸さんはなぜ、こんなにもまっすぐ “やりたいこと”に向かい続けられるのでしょうか。
“絵を描けば描くほど上達するのが
楽しくて仕方なかった。”
「小さな頃から絵を描くのが大好きだった」と話す瀬戸さん。そこには、幼少期ならではの純粋な原体験がありました。
「映画『ジュラシック・パーク』を観て恐竜に夢中になり、将来は化石を発掘する人になりたいと思っていました。親に買ってもらった恐竜図鑑を眺めながら絵を描いては、褒められるのが嬉しくて。動物や植物の絵も描くようになり、いつの間にか描くこと自体が大好きになっていったんです」
小学校時代には、美術コンクールでの受賞を何度も経験。絵の上手さから、同級生に「好きなキャラクターを描いて」とお願いされることも多かったそうです。その経験が、今の創作姿勢にもつながっていると瀬戸さんは言います。
「描いた絵を渡した友達が喜んでくれるのが、すごく嬉しかったんです。いまでも自分がつくった作品は全部誰かに渡すものだと思っていて、自宅に飾ってあるものは1点もないです。人に喜んでもらえることが作家活動のいちばんの原動力ですね」

小中高と進む中でも、絵を描くことはずっと好きだったものの、それを“将来の仕事”として考えたことはなかったと話します。そんな瀬戸さんに転機が訪れたのは高校2年生のとき。美術の先生から「美大という道もあるよ」と勧められ、初めて進路を意識するようになりました。
ところが、両親からの猛反対を受けます。
「いわゆる一般的なサラリーマン家庭で、父も母も美術とは縁がないタイプ。どちらも堅実で、職業柄フリーランスの厳しさをよく知っていたので、芸術家なんてもってのほかでした」
それでも、“こう”と決めたらまっすぐな性分。どうすれば両親に納得してもらえるかを考え、美大卒業後の就職事情を徹底的に調べ上げて「美大を卒業しても、これだけの働き口がある!」とプレゼンを決行します。
結果、瀬戸さんの熱意に押される形で美大進学を承諾してもらいましたが、当時を振り返って「今思えば、本気で将来を考えていたわけではなかった」と瀬戸さんは笑います。
「高校生の自分にとっては、絵を描けば描くほど上達していくのが楽しくて仕方なかったんです。あの頃の自分にとって、 “これほど真剣になれること”がほかになかった。だから美大にこだわったのだと思います」
こうして瀬戸さんは、そのまっすぐな熱意を胸に、美術の世界へと歩みを進めていきました。
“自分にしかできない表現を
考え抜いた日々。”
ところが入学してすぐ、瀬戸さんは周囲との違いに戸惑うことになります。
「高校3年の夏から予備校も合わせて1年半、デッサンと粘土の受験勉強はしていましたが、美術史や作家、現代美術については何も知らないまま入学してしまったんです。けれど同級生たちは、その知識を当然のように身につけていて、作家や作品について自然に語っていました」
そんな中、瀬戸さんにさらなる衝撃を与えたのは、同級生たちの彫刻を始めた理由を耳にしたときでした。イタリアでベルニーニの彫刻に刺激を受けたという人もいれば、代々仏師の家系に生まれたという人もいる。“生まれながらの美術との距離の近さ”が自分とはまるで違う――。そんな状況に、当時は恥ずかしさや悔しさもあったと言います。
「僕は美術史のこともよくわからないし、彫刻を始めた理由も大したことなくて、ただ予備校時代に見た同級生の彫刻がすごかったから、それだけだったんです。“好き”という気持ちは大切だけど、それだけでは美術の道を進んでいくには足りない。悔しかったけど、それ以上に『自分もやってやる』という気持ちのほうが強かったです」

悔しさをバネに、瀬戸さんは1年間、ほぼ毎日のように図書室に通い詰めて猛勉強しました。棚の本を端から読みあさり、遅れを取り戻すように美術史や作家について徹底的に学んでいきます。そうするうちに、目新しさや奇をてらった作品よりも、“時代に左右されない王道の彫刻”に自分が惹かれることに気づいていきました。
彫刻をやるうえで“自分にしかできない表現”は何か。より確かな軸を見つけるために自分のルーツをたどってみると、幼少期に恐竜や動物が大好きだったことを思い出します。
「じつは最初の頃は犬や鳩、カラスなど身近な動物の彫刻をつくっていたんです。でも、ほかにもプロの動物彫刻家はたくさんいる。どうしたら差別化できるか、戦略についてずっと悩んでいました。そうして、少しずつ “野生動物”というモチーフに絞っていきました」
現実的な視点と自分のルーツ、そして“王道の彫刻作品が好き”という気持ち。美大入学とともに受けた衝撃をきっかけに、それらが1本の線としてつながり、現在の創作の原点が形づくられていったのです。
“特訓として始めたSNS投稿が
大きな力に。”
“野生動物の彫刻” という軸を見いだし創作を進めながら、より良い作品を生み出すために、瀬戸さんは“スケッチを1日1枚描いてSNSに投稿する”というルールを自らに課します。
特訓として始めたSNS投稿でしたが、やがて作品が多くの人の目に留まるようになり、フォロワーが増えていきました。大学2年生の頃には、フォロワーから「このスケッチ、買えますか」というメッセージが届くようになり、そこから作品が少しずつ売れ始めます。
「SNSを通じて応援や感想をもらえるようになったことが、大きな力になりました。学内にいると、みんな絵がうまくて自分の絵が特別だとは思えなかったんですが、SNSでの反応が自信につながったんです。
今思うと、毎日欠かさずスケッチを投稿し続けるのは簡単なことじゃないですが、当時は“やるのが当たり前”くらいに思っていました。それが今の自分につながっていて、やっていて本当によかったと思います」

大学2年生の頃に描いたスケッチ
両親の目もあり「在学中には成果を出さなきゃ」と考えていた瀬戸さんにとって、自分の作品が販売できるようになることは、創作活動を続けていくうえで欠かせない条件でした。大学院時代の2018年には初となる個展を開催し、同じ年に個人事業主としても独立。本格的に芸術家としての道を歩み始めます。
“やりたいことをやるなら、
やるべきことをやってからにしろ。”
その後、個展の開催やクラウドファンディングでの作品販売などを通じて、瀬戸さんは新世代のアーティストとして注目を集めていきます。2024年には株式会社subigを設立し、経営者としての新たなスタートを切りました。
活動の幅を広げている瀬戸さんですが、経営者と彫刻家というふたつの役割を両立させるなかで、葛藤を感じることもあると言います。
「だいたい展覧会の予定って、半年前から1年前にオファーがあるんです。それに対して作品をつくっていくことになるので、気の向くままにつくる感覚ではないですね。展示スペースや作品数なども意識して進めます。経営者の感覚としてはそうなんですけど、アーティストとしての感覚も大切にしたい。
つくるものの1割は、やりたいことを全力でやるようにしています。売れなくてもいいからやりたいことをやる、挑戦しているような作品も、個展では必ず何点か発表しています」

経営者としての理性とアーティストとしての感覚。その間を行き来しながらも、瀬戸さんの創作意欲が尽きることはありません。
「作品が完成して野生動物に出会えたときがいちばんの喜びです。『やっと出会えた!』と感動するんですけど、触れられる時間は短くて、すぐに梱包して発送する。感動をまた味わいたくて、次の制作にとりかかります。もっとつくって、とにかく触れる距離で動物に会いたいんです」

大学院の修了作品「水月-シロサイ-」(左)、2025年9月に開催した展覧会「OWLS」より(右)
残りの人生、あと50年つくりつづけても何点に出会えるかと考えると、満足できる気がしない――そう笑う瀬戸さん。終わりのない探求心こそが、作品に息づく野生の力を生んでいるのかもしれません。
インタビューの終盤、瀬戸さんに「やりたいことを形にするうえで大切にしていることは?」という問いを投げかけてみました。
「やりたいことがあるなら、やるべきことをやってからにしろ、といつも自分に言い聞かせています。やりたいことを実現するために何を準備して、何を学ぶかを逆算して考える。細分化して、いちばんやりやすいところから始めるんです。
あとは、有言実行ですね。話すことでヒントをもらえたり、ときには失敗もしながらトライアンドエラーを繰り返したり。やることで結果がついてくるので、素早く実行することが大事だと思っています」
収益の一部を野生動物の環境保護に寄付するなど、野生動物への思いを行動に移しつつも、「滅び行くから美しいというのもあると思うんです」とどこか現実的な視点をもつ瀬戸さん。理想だけでなく現実を見つめ、できることから一歩ずつ形にしていく――。その姿勢こそが思いを実現していく秘訣なのかもしれません。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

瀬戸優
彫刻家・株式会社subig 代表