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2025.09.17 UP

起業家・矢島里佳が実践する、思いを貫く生き方とは

article_48_img01.webp大学在学中に株式会社和えるを創業し、日本の伝統を次世代へつなぐ取り組みを続ける起業家・矢島里佳さん。“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、職人とともに伝統を次世代につなぐ商品開発や地域企業のリブランディングなど、さまざまな事業を手がけてきました。彼女の原点は、幼少期に芽生えた「自分の言葉で誰かを喜ばせたい」という思い。なぜ迷わずに自分の道を進み、ぶれない姿勢を保てるのか。その答えを探ります。

Text_Minami Kumazawa
Edit_Interview_Kazuki Izumi
Edit_Miri Murata
Photograph_An Yuhyang

憧れの職業に抱いた違和感

“自分にウソをつきたくない。
本当に届けたいものだけを伝えたい。”

徳島県の本藍染職人が染めた産着、深みのある色彩をもつ青森県・津軽焼の器。“0歳からの伝統ブランドaeru”の直営店には、先人の知恵が息づいた暮らしの道具が並びます。並ぶ品々は矢島さんが全国を訪ね歩き、職人との対話を通じてオリジナルで生み出したもの。日本の伝統を次世代につなぐ――そんな彼女の夢のはじまりは、小学生のころに遡ります。

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「運動会で放送委員として実況を担当した際、裏方で競技を見られなかった先生から『矢島さんのアナウンスのおかげで一緒に楽しめたよ』と声をかけられたんです。

私の言葉で、その場にいなかった人にも楽しさが伝わったのがとてもうれしかった。伝えることが、誰かの役に立つ。そう感じた初めての経験でした」

「将来は“伝える仕事”がしたい」と、ジャーナリストを志した矢島さんが進学先に選んだのは、新聞記者やアナウンサーを数多く輩出してきた慶應義塾大学。在学中は、報道現場で活躍する先輩を訪ねて話を聞くと同時に、自らもインタビュアーやライターとして実践を重ねていきました。

しかし、次第にある違和感を抱くようになります。

「報道には、スポンサーや組織の意向といった“大人の事情”があり、純粋に伝えたいことが、そのまま伝えられない場面があると知りました。私にはそのスタイルが合わないかもしれない――そう感じました」

自分にウソをつきたくない。本当に届けたいものだけを伝えたい――その思いは、ジャーナリストという夢を追う心に葛藤を生んでいきました。

自己対話で見つけた、一生かけて伝えたいこと

“自分の実現したいことを「やらない」。
その選択をする勇気が、私にはなかった。”

どうすれば自分が心から伝えたいことだけを届けられるのか。その答えを探す中で、矢島さんはふと立ち止まります。職業という伝える手段を選ぶ前に、自分が“一生かけて伝えたいこと”を見つけたい。そう思い至ったのです。

「思い出したのは、大学受験のAO入試で取り組んだ“自己との対話”でした。これまでの人生を振り返りながら、“小学生時代、さまざまな習い事を楽しんでいた理由は何か”“なぜ中高で茶華道部を選んだのか”と、自分史を編み直すように、選択の背景にある気持ちをたどっていきました。自分の機嫌がよいときや不機嫌なとき。そんな感情の揺れも含めて、自分にとことん問いかけたんです」

すると心に浮かんだのは、幼稚園の陶芸体験でした。ひんやりと冷たい土の感触、釉薬をかけた器が予想外の色に変わる魔法のような驚き。そうした人の意図を超えて現れる自然の変化に触れた瞬間に、自分の感情が大きく揺れ動いていると気がつきました。

「日本の伝統には、計り知れない自然の営みが息づいていて、その存在に触れると心が整うような気がするんです。山や森に入ると、人はおだやかになる。私にとって、日本の伝統は生涯をかけて伝えたいものだと確信しました」

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ようやく見えた伝統への思いを、伝えるという行動にどう結びつけるか。当時は、その問いに応えてくれる企業は見当たりませんでした。ならば自ら道をつくるしかない。そう心を決めた矢島さんは2011年、大学4年生の春に「和える」を立ち上げます。

「『学生起業、すごいですね』とよく言われたのですが、私にとっては、やりたいことをやらないほうが嫌だったんです。自分の実現したいことを“やらない”選択をする勇気が、私にはなかったんだと思います」

恐れていたのは、思いを押し込めたまま大人になってしまう未来。何度も問い直すなかで見つけた、自分の気持ちを裏切らないための選択でした。

「何もないよ」と言われても。“私は私”を貫く強さ

“思想や哲学を手放す可能性があるお金は
受け取らないと決めている。”

一歩を踏み出した矢島さんでしたが、待っていたのは追い風ばかりではありませんでした。伝統はビジネスにならない、そんな否定的な声を何度も耳にします。

「うまくいかないのではと心配する意見もありましたが、周囲が何を言っても、できる方法に出合うまでやればいいと考えていました。やり続ければいつか成功するかもしれないし、何もしないことのほうがある種の失敗だと思うんです。人生を無駄にしてしまうような。考えているだけでは現実は動かない。じゃあ、やってみようと」

周りの声に左右されなかった矢島さんも、資金繰りの壁には幾度も直面しました。それでも自らの思想や理念を貫くため、「人の思惑が入った投資には頼らない道を選んだ」と言います。創業時は学生向けのビジネスコンテストに応募し、獲得した賞金をもとに事業をスタート。

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本藍染職人と、オリジナル商品の製作に関する対話のひとこま

「ベンチャーキャピタルなどの選択肢もありましたが、投資家の意図が入り込んだお金を受け取ると、会社の方向性が揺らぐこともあります。私は、自分が信じたことを実現する場として和えるを立ち上げました。思想や哲学を手放す可能性があるお金は受け取らないと決めています」

拡大路線には目を向けず、自らの信じる道を一心に歩み続ける姿がそこにはあります。

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自分の理想を実現するために、感情は抜く

“まず感情を切り離し、
事実だけを客観的に見る”

和えるはいま、伝統産業品のオリジナルブランドにとどまらず、日本の伝統を通じて感性を育む教育や、伝統の技を生かした空間プロデュースなどさまざまな領域へと事業を広げています。縮小傾向にあると言われる日本の伝統に身を置き、さまざまな困難に直面しながらも、やりたいことを次々に実現できるのはなぜなのでしょうか。

「うまくいかなかったときは、“どこを変えればうまくいきそうなのか”をまず考えます。そのうえで、“なぜできなかったか”を振り返る。振り返らなければ同じ過ちを永遠に繰り返してしまうので」

振り返りの際に矢島さんが心がけているのは、出来事を“感情・事実・解釈”の3つに分けること。まず感情を切り離し、事実だけを客観的に見て、解釈する。状況をより正確に把握すると、次にやるべきことがおのずと見えてくるのだそうです。

「とくに大切なのは“感情を抜く”ことですね。感情が入ると自分を過度に責めたり褒めたりしてしまい、正しい分析ができなくなってしまいます。だから一旦“感情を抜く”。事実だけを見ると気持ちも楽になるし、次の成果につながる改善の材料も見えてくるので、うまく回るような気がします」

徹底した客観的な視点を持ち、着実な歩みで和えるを成長させてきた矢島さんですが、次の使命は事業を引き継ぐことだと言います。

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「6年後に事業を承継したいと考えています。会社が長く健全に成長するためには、若い世代の感性や感覚を取り入れていくことが重要だから。和えるの思考や信念を、生きた言葉で伝えられるうちにバトンを託したいんです」 大切にしたいこと、やるべきことを自分に問いかけ続ける矢島さんの挑戦は、これからも続いていきます。

PROFILE

(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

矢島里佳

株式会社和える 代表取締役

1988年東京都生まれ。二児の母。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という思いから大学4年時の2011年、株式会社和えるを創業。2012年、0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す。地場産業を次世代につなぐ「伴走型リブランディング事業」を行うほか講演会やワークショップなどを通じて日本の伝統や先人の知恵を次世代につなぐ活動を展開。現在、東京、京都に事業拠点を構える。

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