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2022.07.01 UP

宇宙飛行士のメンタルヘルスから学ぶ、「想定外」でもくじけないストレスマネジメント

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ストレスの多い現代社会。新型コロナウイルス感染症の感染拡大による働き方や暮らしの変化も相まって、メンタルヘルスやストレスマネジメントへの関心が一段と高まっています。一方、「極限の職場環境」下で、想像もできないほど心身に負担を強いられるのが宇宙飛行士です。宇宙飛行士は、どのようにストレスと付き合い、心の健康を保っているのでしょうか。また、地上で暮らす私たちが宇宙飛行士に学べることは何でしょうか。産業精神科医として、双日をはじめさまざまな企業でメンタルヘルス不全の治療・予防システムの構築に取り組む一方、宇宙航空精神医学の専門家として宇宙飛行士の健康管理も専門とする、筑波大学大学院医学医療系教授の松崎一葉先生に伺います。

Photograph_Wataru Yanase (UpperCrust)
Text_Chie Oikawa
Edit_Hayato Narahara

ストレスに負けない組織づくりのカギとは

――松崎先生のご専門は「産業精神医学」と「宇宙航空精神医学」ですが、それぞれどういった分野なのでしょうか?

産業精神医学では、職場のメンタルヘルスを扱います。その中でも僕が専門としているのは、知的労働者や、防衛省や警察といったストレスの大きい特殊環境で働く人々のメンタルヘルスに関する研究です。

一方、宇宙航空精神医学は、宇宙飛行士のメンタルケアに関する学問です。宇宙というのはきわめて特殊な環境で、地上のような生活がままならない、いわば「極限状態」といえます。そんな過度のストレスに晒される空間において、どのようにメンタルをコントロールすれば良いかを研究します。ですから、宇宙航空精神医学は産業精神医学のカテゴリーのひとつなんです。宇宙を職場として働いている人向けの産業精神医学が、宇宙航空精神医学ですね。

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――松崎先生は企業の産業精神科医も務めていらっしゃいますが、産業精神科医としてはどのようなお仕事をされるのでしょうか?

メンタルヘルスの不調を抱えた社員がいる場合、本人の話を聞くのはもちろんのこと、上司の人柄や労働状況など、さまざまな角度から情報を収集します。メンタルヘルスの問題は、本人の問題と思われがちですが、そうではありません。本人の精神的な打たれ強さだけでなく、過重労働やハラスメントといった職場環境の問題も関係します。職場の問題と本人の問題がどの程度の比率でメンタルヘルスに影響しているのか、見立てたうえで対処します。

――働き方が見直される中で、職場でのストレスマネジメントにも関心を持つ人が増えているように思います。ストレスの少ない職場環境をつくるためには、何が大切なのでしょうか?

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現代社会において大切になってくるのは、上司が部下の尊厳を重んじ、リスペクトすることですね。部下の良い部分を見つけて、リスペクトしていることを部下に定期的に伝えてあげる。日本人は「言わなくても態度でわかるだろう」と思いがちですが、相互の理解を深めるためには、きちんと言葉で伝え合うことが大切です。特に、若い人たちにとって物言わぬ昭和的な発想は違和感が大きいんです。

――価値観が違う間柄では、「空気を読む」ようなことは通用しないわけですね。

そういうことです。多様性の尊重ともいえますね。上司の方が総合的なスキルは上かもしれませんが、部下にも、上司が持っていない優れたところが必ずあるはずなんです。

私たちの暮らしと宇宙をつなぐ、意外な共通点

――この2年ほどは、新型コロナウイルス感染症の影響で、働き方が変わったり、日常生活が制限されたりと、精神的につらくなってしまった人も多かったと思います。私たち一人ひとりが取り組める対策はありますか?

ストレスを解消する方法には2種類あります。ひとつは、外向きに発散する方法。旅行に出かけたり、運動したり、お酒を飲んだりといったことです。ただ、コロナ禍では外向きのストレス発散が難しくなったことで、ストレスを溜めてしまった人が多かったのではないでしょうか。

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実は宇宙飛行士も、外向きのストレス発散がことごとくできない環境に身を置いています。宇宙ステーションは閉鎖的な環境で、何が起こるかもわからない。自由に出かけられないしお酒も飲めない。外向きの発散といえば、せいぜいエキスパンダーやエアロバイクで運動するぐらい。

――そう考えると、宇宙飛行士が置かれる環境は、コロナ禍の私たちの生活に似たところがありますね。

そうなんです。このような環境では、自分の内面でストレスを解消するしかありません。これがもうひとつのストレス解消方法です。内面的にストレスを処理できる人は、少々タフな環境にも耐えられるんです。

たとえば、過去の楽しかった出来事を心の中で思い出すと、少し幸せな気持ちになりませんか?これも内面でのストレス解消のひとつです。小説を読むのも良いですね。あとは、ちょっと困ったときに寄り添って話を聞いてくれる存在の人がいると、人は強くいられるものです。家族や周りの人から頼りにされる、助けられる、絆を感じる、といったことは、ストレスケアにおいても重要というわけです。

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――自分の内面でストレスを解消できる人とそうでない人、違いが生まれてくるとしたら、それはどんなものでしょうか?

大切なのは情緒性。心の内側の豊かさですね。もちろん、仕事をするうえでは論理性や合理性も必要ですが、そればかりでは、合理的に説明のつかないような想定外の状況に弱いんです。

宇宙飛行士選抜テストの中で、「桃太郎」と「浦島太郎」のどちらの物語が好きか、と質問したことがあります。そのとき宇宙飛行士に選ばれたのは、浦島太郎を選んだ人でした。鬼退治というミッションをクリアするために、部下となる犬、猿、キジをきびだんご3つで雇い、鬼退治を成功させる桃太郎は、非常に合理的なストーリーといえます。それに比べ、「利益」を求めずに亀を助けたにもかかわらず、最終的に理由もなくお爺さんにされてしまう浦島太郎はきわめて不条理ですよね。そんな不条理を許容できる情緒的な豊かさを持っているかどうかが重要、という考え方です。

――浦島太郎が好きな人の方が、情緒的で想定外の状況にも強い、ということなんですね。

そうなんです。情緒性と合理性の両方をバランスよく備えている人ほど、ストレス耐性が高いといえます。想定外の状況に挫けてしまわないためには、豊かな作品に触れて感動したり、人との絆を感じたりすることで情緒性を養うことが大切ですね。

想定外の事態から立ち直る「レジリエンス」を身につけよう

ただ、「耐性」というのは、「耐える」ことですよね。ストレスに負けてはならない、と耐えるばかりではつらくなってしまうし、メンタルヘルスの不調が「なってはいけないもの」かのようにも感じてしまう。でも全然そんなことはないんです。私も最近、2〜3週間くらいの「プチ鬱」から復帰したばかりですから。

そんなときに取り入れてほしいのが、「レジリエンス」の概念です。レジリエンスとは、復元力のこと。「耐えられなくてもいい、その代わりなるべく早く立ち直れるようにしよう」という発想で、これは極限環境における「想定外」の連続に対応しなくてはならない宇宙飛行士にも必ず求められる能力なんです。

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――レジリエンスはどうしたら身につくのでしょうか?

レジリエンスには、大切な要素が3つあります。冗長性、多様性、適応性です。

まず、冗長性。非合理的で無駄だと思えるようなことが、想定外のときに助けになってくれます。たとえば、日常生活の中で自由に使える時間を持つこと。隙のない完璧な設計をするのではなく、少し余裕や余白を取り入れておくということですね。冗長性がないと、想定外の事態が起きたときに破綻してしまいます。

次に、多様性。たとえば組織で考えると、職場で上司が自分のやり方だけを良しとして、チーム全体を自分の色に染めてしまうと、そのやり方が万一通用しなかった場合に後がなくなってしまいます。多様性を尊重し、複数のやり方を認めていれば、どれかひとつがダメになっても、ほかのやり方で進めることができます。

そして、適応性。変化に対して俊敏に対応することです。日本人は「不退転の覚悟」で諦めない傾向がありますが、失敗したら修正して次に進むのが「適応」です。仕事のプロジェクトでも、人生全般においても、「やってみてダメなら次に行けばいい」という発想を常に持っておきたいですね。

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この3つの要素を意識することで、レジリエンスを高めることができます。ただ、レジリエンスは「想定外のトラブルに備える」という概念なので、自分自身のレジリエンスが高まったからといって、あまり実感はないかもしれません。

――確かに、想定外のことが起きなければ、レジリエンスが発揮できたかどうか分からない気がします。

でも、生きていれば必ず、自分ではどうにもできない不測の事態は起きるんですよ。レジリエンスはもともと防災分野から生まれた概念で、「災害は避けられないから、早く復元できるようにしよう」という発想です。災害と同じで、想定外は必ず起きる。だからこそ、必死に耐えようとするばかりでなく、柔軟に回復できる力を備えておくことが大切なんです。これは宇宙のような極限的な環境だけでなく、未来が予測しにくい現代社会において、誰にとっても大事な考え方になってくると思いますよ。

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PROFILE

松崎一葉

筑波大学大学院医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授。 医学博士・精神科医。産業精神科医として、さまざまな企業でメンタルヘルス不全の治療・予防システムの構築に取り組んでいる。またこれまでに、JAXA招聘研究員、参加研究員を歴任。現在は宇宙飛行士の選抜と精神面でのサポートも研究テーマとしている。著書に『もし部下がうつになったら』『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』『なんで勉強しなきゃいけないの? 1』 などがある。

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