HomeSpecial逆境からはじまった駐在ライフ―「ベトナムは大変だけどおもしろい」

Vol.06

これまでも、これからも、ベトナムと共に

2023.10.20 UP

逆境からはじまった駐在ライフ―「ベトナムは大変だけどおもしろい」

vietnam2_top.jpg「海外駐在」といえば、海外に多くの事業拠点をもつ総合商社ならではのキャリア。海外勤務に憧れて、双日の門を叩いた社員も少なくありません。異国の土地での駐在経験は異なる文化や商習慣への適応などから、言語や対人コミュニケーションといったビジネススキルだけでなく、人生を豊かに過ごすうえでさまざまな経験値を積むことができます。ベトナムのSaigon Paperに出向中の木村謙は、まさにその一人です。

初めての海外赴任、初めての管理職登用......。背筋を正して向かった先で木村を待ち構えていたのは、コロナ禍での厳しい行動制限や工場の操業停止などの逆境でした。それでも、生活必需品のティッシュペーパーやトイレットペーパーなど「家庭紙」を全国に届けるべく、変化に対応しながら奔走してきました。担うのは、資源をリサイクルしながら高品質な紙をつくり、ベトナムの生活に付加価値を提供していくこと。一対一で人と向き合う営業から、国全体への貢献までを考えて働くベトナム駐在ライフのやりがいとは。

Photograph_Takuya Nagamine
Text_Tami Ono
Edit_Shota Kato

広さは東京ドーム3個分、赴任先は24時間稼働中の製紙工場

ベトナム最大の都市、ホーチミンから車に揺られること1時間半ほど。バイクや車で渋滞する大都市を抜け、小さな商店の軒先が並ぶ街並みの合間には、牛が放牧されている野原も点在していました。そんなのどかな景色の先、工場が立ち並ぶ郊外にSaigon Paperはあります。

vietnam2_01.jpg
「sojitz」のロゴが刻まれたSaigon Paperのオフィス入口。

1997年に創業したベトナム大手の製紙会社、Saigon Paper。2018年に双日が買収し、家庭紙や段ボールの原紙製造事業を行っています。とりわけティッシュペーパーやトイレットペーパー、紙ナプキンなどの業界シェアはナンバーワン。家庭紙分野におけるリーディングカンパニーが双日グループに仲間入りしました。

東京ドーム3個分の広さの敷地を案内してくれたのは、双日からSaigon Paperに出向している木村謙。ベトナム国内における家庭紙の営業統括部長として、2021年からベトナムに駐在しています。

vietnam2_02.jpg

Saigon Paperの工場は段ボールと家庭紙の製造拠点となる場所です。工場は約700人のスタッフにて3交代のシフト制で24時間稼働しています。工場の敷地に入ると、少し奥にはヨーロッパや日本など各地から送られてきた再生紙に姿を変える前の段ボールの塊がどっさり。うず高く積み上がっているその周囲では、トラクターやフォークリフトが行き来しています。

「双日がSaigon Paperを買収したのは、ベトナムが発展していくうえで必ず段ボールや家庭紙の需要が伸びていくだろうと考えたからです。いまはまだ家庭紙の消費量は日本の1/10くらいですが、今後ベトナムの人々の所得が増えてくるにしたがって、使う量も増えていくでしょう。段ボールにしても、通信販売などのビジネスが増えていけば必ず必要になりますから」

ベトナムの成長に伴うビジネスチャンスとしてはもちろん、木村がこの事業にやりがいを感じている理由は他にもあります。

「紙をつくるって意外にエネルギーを使うんです。ベトナム政府は環境意識が高いのですが、その基準をクリアするのは当然として、エネルギー効率のいいリサイクル手法をきちんと積み上げていく意識を持つようにしています。それに、この工場だけで約1,000人の雇用を抱えています。彼らの背後にいる家族も含めれば、5,000人くらいの生活を預かってるんだと思うと、身が引き締まるし、きちんと利益を産み続ける事業にしていきたいと強く思います」

全国へ商品を行き渡らせる、ベトナム全土に広がる営業ファミリー

使命感を帯びた真剣な眼差しで語る木村は、双日本社の営業部員として働いていた立場から一転、未経験の分野、しかも初めて訪れたベトナムで初めての管理職として働いています。

「Saigon Paperの事業は、原料の調達、生産、販売の3つに大きく分けられます。私が担当しているのは販売の部分で、国内家庭紙販売の営業部長です。全国の昔からある小売店「GT」(General Trade)、スーパーやコンビニなどの近代小売「MT」(Modern Trade)、ホテルや工場などに営業するBtoBは「KA」(Key Account)と3つのチャネルを通じた営業活動をとりまとめる役割です。

小売店は全国で約6万店舗あるため、GTの組織が一番大きく、スタッフが各地の卸問屋に営業しています。スーパーは約1万店舗でMTの組織のスタッフが各店舗の売り場に足を運び、KAの組織では対企業の営業活動をしています。全体に数百名の仲間がいて、ファミリーみたいな感じなんです」

vietnam2_03.jpgSaigon Paperの工場内の様子。ここで家庭紙やボール原紙が製造されている。集積されたボール古紙溶解して繊維に戻、抄紙機(しょうしき)を使ってボール原紙へとリサイクルされる。

木村は各チャネルの販売状況を細かく見ながら、より多くの売り場で、たくさんの家庭紙が売れるように情報収集し、都度戦略を立てて指示します。不慣れなベトナムでの営業活動は、「正直に言えば、なかなか疲れますよ」と苦笑いしながらも充実感がにじむのは、赴任から2年間、全国の動向をつぶさに見てきたから。管理職といえば、デスクワークが多いイメージですが、木村の日常はまさに「足で稼ぐ」日々です。

「営業組織のトップとして、なるべく地方にも顔を出したいと思っています。各地域担当の営業と一緒に問屋さんに行って、『最近の景気はどうですか?』なんて話をするんです。そういう雑談から、『こんな事情があって苦戦してる』とか要望などをもらって、方針に生かせることも結構あるんですよ。

この地域だったら、こんなやり方でいけそうだなとか、やっとわかってきたんです。私自身も、1ヶ月の半分ぐらいは地方へ出張して直接営業の現場を見てきました。今月も北部のハノイと中部のニャチャンに行きましたよ。例えば、ニャチャンは高速道路を使って6時間くらいかかる距離ですが、どうせ行くならと各地の問屋さんのところに寄り道しながら行き帰りして」

Saigon Paperの家庭紙の国内向け出荷の大半が地方であるため、地方の問屋たちの声が不可欠なのもうなずけます。木村が感じるベトナムの最大の魅力は「人」。その人たちとのやりとりを、言葉の壁はありつつも楽しんでいます。

「ベトナムの人たちはホスピタリティが全般的に高いんですよね。一緒に飲んだり食べたりするのが好きで、人懐っこい。ベトナムでは、道で困っている人がいたら、わらわらと人が集まってきて手助けする光景もよく見かけます。会社に行くと私のデスクに『これ食べて』とフルーツが盛られていたりもして、最初はびっくりしましたけど(笑)。ベトナムで働くモチベーションも、ベトナムの人たちが好きだから、彼らのために貢献したい想いが強くなっていったところも大きいですね」

操業停止、泊まり込みの生産......。コロナ禍を乗り越えて働く喜び

ベトナム中を駆け回りながら、たくさんの顧客たちの声を聞き、作戦を練っては販路を広げていく木村。コロナ禍での赴任だったため、社外の人たちに会えない期間を経たことで、自分の足で出かけること、直接顔を見て話せることの喜びを噛み締めていると言います。

ベトナムにおけるコロナ禍の規制は日本よりも厳しく、その規模はホーチミンを含む南部の複数の省や市でロックダウン(都市封鎖)が行われるほどのものでした。木村が赴任した2021年7月はまさにそのタイミング。人々の行動制限、製造業を含む工場の操業停止・縮小などが、日本でも報じられたのは記憶に新しいです。

vietnam2_08.jpg
ベトナムに赴任した際の様子。入国審査後に防護服を着用し、空港からそのままベトナム当局指定のホテルに移送、隔離された。

「『え、いまベトナムに行くんですか?』って信じられなかったですね(苦笑)。実際にベトナムの各地に行けるようになったのは2022年になった頃から。取引先とオンラインでのやりとりはありましたが、難しさも感じていたので、初めて会えたときは『やっと会えたね!』という感動がありました」

コロナ禍の困難はそれだけではありませんでした。Saigon Paperの工場もある時期は完全に操業停止、一時は従業員約300人が工場に寝泊まりしながら働く「3オンサイト」が実施されました。赴任したばかりの木村もしばらくの間、工場近くのホテルに寝泊まりして、現場での情報収集やサポートに従事していました。

「省を越えて出荷できないからと返品があったり、輸入で通関が通らなかったりと、コロナ禍には本当にいろいろなトラブルがありました。営業スタッフも、一切外出できずに『売れません』という状態にもなりましたけど、リストラはしませんでした。あの苦しい時期を支えてくれたし、信頼関係は社内外で共有されていて、一緒にがんばっていこうという雰囲気があります。

いま思えば、赴任してすぐのロックダウン期間が一番の困難でしたね。ベトナムの人たちは厳しい状況でも今日よりも明日をよくしていこうとする。彼らは宴席が好きで、飲み会は「モッ・ハイ・バー・ヨー!*」と元気なかけ声で始まります。そんな前向きな姿勢に影響を受けています」

*ベトナムの乾杯のかけ声

vietnam2_04.jpg

ベンタイン市場
ベンタイン市場
ベンタイン市場
ベンタイン市場
ベンタイン市場
ベンタイン市場

ハーブや香辛料が効いた社員食堂のランチにも慣れた。「ホーチミンで観光するなら、レタントンというエリアはおしゃれなお店やカフェが多くて、散歩が楽しいです。あとは、やっぱり市場。私の妻はよくタンディン市場で反物を買って仕立て屋さんにお願いしたりしていますよ。有名どころとしてはベンタイン市場などもあります」。写真は活気で賑わうベンタイン市場。

日本と双日のノウハウ蓄積を、ベトナムのスタンダードにしていきたい

vietnam2_06.jpg
倉庫に保管されているSaigon Paperの製品。検品・梱包を経て、輸送トラックに積み込まれる。

家庭紙を製造し、国内のすみずみに行き届くようにするには、生産や流通の効率がいいことも大切です。双日がSaigon Paperの経営を始めて5年が経ったいま、それらの基盤も整備されてきました。

「紙はつくるにも運ぶにもエネルギーがたくさん必要ですから、会社をあげて効率化について取り組んできました。例えば、在庫の回転率を上げることで社外に倉庫を借りなくていいようにしたんです。倉庫料も抑えられますし、トラックの手配もスムーズになりました。

物流の効率化も計りながら、例えば今まで南部の工場で製造していたものを、一部北部でつくるように変えました。ホーチミンからハノイへ家庭紙を運ぶには、コンテナでの海上輸送を行うので、どうしても10日くらいかかっちゃうんですよね。すべて切り替えているわけではありませんが、いろいろなやり方を組み合わせて最適化していきたいです」

vietnam2_07.jpg
ティッシュペーパー、トイレットペーパー、ナプキンなどのSaigon Paperの家庭紙製品。世界的なアニメーションとのコラボティッシュは木村が企画したもの。

総合商社として、さまざまな事業を手がける双日が培ってきたノウハウを投入し、改革を前進。また商習慣や文化においても、さまざまなレイヤーで日本の当たり前がベトナムには浸透していないという現状を踏まえ、「いい文化を築く一翼を担えたら」と木村は話します。

「トイレットペーパーやティッシュペーパーの品質や価格が安定していることも、日本では当たり前ですが、ベトナム国内のマーケットでは製品に表示されている長さと違ったり、紙に不純物が混ざっていたりすることもあります。日本では考えられないことがいろいろ起こるから大変です。でも、それがおもしろいんですよね」

赴任当初は必死だったけど、いまでは満面の笑みで笑い話にできるように。この人懐っこい笑顔は、国境なんてたやすく越えるでしょう。ベトナムの人々と心を通わせて働く姿の理由を垣間見た気がしました。すっかりベトナムが気に入った木村の今後の駐在生活のビジョンは? 再び凛々しい顔つきで、こう話してくれました。

「家庭紙のマーケットシェア1位は維持しつつ、さらにシェアを伸ばしていくことが課題です。販売量を現在の1.5倍ぐらいまで、私が赴任している間に伸ばしたいなと思っています。そうなれば、マーケットシェアも揺るぎなくなるので、その状態で後任に引き渡したいです。今回の駐在経験で初めて管理職になったわけですが、自分の裁量が増えたことに、想像以上にやりがいを感じています」

自身が企画した新製品が8月に発売されたことも、モチベーション向上の大きな要素に。夢は社長とは言わずとも、事業全体を見て利益を出しながら、ベトナムの人々や社会に付加価値を提供できるように力を尽くしていこうとする逞しい姿が、駐在ライフの成長を物語っています。

INFORMATION

Saigon Paper

ティッシュペーパーやトイレットペーパーなどの家庭紙、および段ボール原紙などの産業用紙を製造・販売する1997年設立のベトナム最大手の製紙メーカー。2018年に双日が買収し、双日グループに。

PROFILE

木村謙

IT業界の事業会社で経営企画、新規事業開発に従事した後、2014年3月より双日入社。消費財流通事業部(当時)に配属。ヘルスケアやアパレル関係の新規事業開発に携わった後、双日GMC(現・双日インフィニティ)への出向などを経験。2019年8月よりSaigon Paper主管業務に従事し、2021年7月にベトナム赴任。

Share This

  • Twitter
  • Facebook

おすすめ記事