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Vol.02

おいしいマグロ、幸せな食の循環

2022.02.22 UP

大宮エリーさんに聞く、いまの時代に『スイミー』が教えてくれること

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世界中で翻訳され、日本でもロングセラーを記録している名作絵本『スイミー』。誰もが知るそのストーリーですが、実は物語に登場するスイミーと対峙する大きな魚がマグロだったのはご存じですか?時代を超えて愛される作品の中に込められたメッセージを作家の大宮エリーさんが考察してくれました。『スイミー』が現代を生きる私たちに教えてくれることとは。

Photograph_Kaoru Yamada
Text / Edit_Shota Kato

改めて読んでみて、ちょっと泣きそうになりました

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大宮:今回依頼をいただいて、「今回の特集がマグロなのに絵本の話をするってどういうことなんだろう?」と思って。

――養殖マグロ事業を正面から取り上げる記事以外も企画したかったんですね。

大宮:でも、ちょっとこじつけですよね?スイミーの敵が、マグロだからって。(笑)「見つけた」って思ったでしょう?

――そうです(笑)。調べていたら、『スイミー』にマグロが出てくることがわかって。

大宮:私はマグロを食べる企画がよかったな〜(笑)。いろんな種類のマグロを食べて、味の違いについて語ってみたかった(笑)。って、『スイミー』の絵本を持ちながらする話じゃないですね。そもそも、『スイミー』に出てくる大きな黒い魚ってマグロだったのが今回驚きでした。

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――そうなんですよ。知らない方のために改めてストーリーをお伝えすると、小さな黒い魚スイミーは、兄弟みんなが大きな魚(マグロ)に飲まれてひとりぼっちになったところからはじまります。海を旅するうちに新しい仲間たちと出会い、力を合わせて大きな姿となって、かつての巨大魚(マグロ)を追い払う。こんなストーリーですが、エリーさんは『スイミー』を読んだことはありましたか?

 大宮:子どもの頃にあったと思うんですけど、覚えてはいないですね。「魚が大きくなるんでしょう?」っていう印象くらいだったかな。覚えています?

 ――ぼくも『スイミー』の名前で覚えているくらいでした。

 大宮:でしょう? でも、大人になって改めて読んでみて、ちょっと泣きそうになったんですよ。今の時代、かなり響きますよね。隔離もある。分断もある。マスクしていてよく知った人もわからなくなる。孤独になりそうな昨今、スイミーが同胞たちに言う「決してはなればなれにならないこと」、そして、みんなが一緒になって脅威に立ち向かうなんて、もう、コロナ禍に即したストーリーじゃん!って思ってしまいます。

 それから、「いつまでも、ここにじっとしているわけにはいかないよ」っていう言葉にも、ハッとさせられました。私もいろいろ八方塞がりになって、どうしていいかわからなくなったりします。でも、だからこそ、「いつまでも、ここにじっとしているわけにはいかないよ」なんですよね。

 ――たしかに。大人になったから身に沁みるものがありますよね。

 大宮:特にコロナ禍のいまはそういう感じがあるじゃないですか。絵本って、疲れていても読めるからいいです。シンプルだけど深い。スイミーの言葉にきっとみんな救われると思うんです。

ピンチなときこそ、ミラクルは起きる

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――エリーさんも何冊か絵本をつくっていますよね。

 大宮:そうなんですよ。だから、ストーリーだけじゃなくて手法も気になっちゃいますね。「魚の絵はスタンプを押したのかな?」「これは切り絵なんだろうな」とか。私の作品だと、これが近いのかな。『虹のくじら』って言うんですけど。

あ、また魚だ!

 ――つながりますね。

 大宮:ね(笑)。ある日、虹のくじらが海に現れて、人間が捕まえに行くんですよ。でも、近づくとくじらの虹色の光が強すぎて、みんなが虹色に染まっちゃう。そしたらそれがほわーっと気持ちよくなって、「ま、いっか」って捕まえようとしてたのも忘れて帰っていくという(笑)。人種や性別の壁を越えて、みんなが虹色になってハッピーになると平和になる。そんなメッセージを裏に仕込みまして、物語を書きました。

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――虹色はダイバーシティを表現する色ですよね。

 大宮:そうそう。みんながひとつになることをどう表現しようかなと考えたときに、みんなが虹色になっちゃえば気持ちいいんじゃないかなって。

 ――ところで『スイミー』のテーマは何だと思いますか?

 大宮:「みんなで力を合わせよう」じゃないかな。「隠れていたら、何も始まらないよ」「外に出ていこうよ」っていうメッセージが込められていると思う。

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――やっぱり、コロナ禍のいまだからこそ、響くものがある?

 大宮:脅威がなかったら、スイミーたちはマグロより大きな魚になれなかったわけですよ。つまり、ピンチなときこそミラクルが起きるんですよ。それも一人の力じゃできなくて、みんなで組んでいくことが大事であって。これはいまに通じるんじゃないかな。ピンチはチャンス!ピンチはミラクル(笑)! 私もいろんなことを生業にしているけど、アイデアがいっぱいあっても、私一人の力じゃ形にできない。だから、みんなで一緒にやっていくことがこれから増えていくんじゃないかなと思っています。それが結果、幸せなミラクルになるといいな。

答えはひとつだけじゃない。みんなでやれば、大きなことができる

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――実際のところ、コロナ禍でじっとしてしまったことはありますか?

 大宮:あります。イベントも無くなったりして。でも、私、スイミー感がありまして(笑)。コロナ禍に大人向けの「エリー学園」っていうクリエイティブ力を学ぶ、オンラインの学校を始めたんですよ。学校といっても、トマト農家、介護士、看護師、主婦、シングルマザー、いろんな人がいて、みんなで一緒に何かができるっていうことを考える場ですね。家族や仕事とは違う、もうひとつの第三の場。孤独にならないようにと思ってつくりました。まさにスイミー。

 ――どんなことを教えているんですか?

 大宮:生徒さん同士が繋がって、ひとつのプロジェクトができたり、私がプロジェクトをいくつかみなさんと進めていったり。ベースは私の授業が2回あって、漆の復興プロジェクトや、寄付活動とかパンづくりとか、固定概念を外す授業なんです。スイミーも「じっとしてちゃだめ」って言ってるけど、「こうじゃなきゃだめ」と思っても動きにくくなる。だから固定概念を外して自由になるんですよね。作詞や脚本、企画、広告とかの仕事から実際に即したお題を出して右脳を鍛える授業をしています。

 あと、いろんな業界のすごい人を呼んでお話を聞く会もやっていて。超一流の人の話、自分の知らない世界の話を聞くのって、どんな人の暮らしにもヒントになると思うんです。スイミーってそれを解いている気もします。

 自分らしさを無くさない戦術として、エリー学園では授業やプロジェクト、イベントをしながら、ひとつの村、コミュニティ、地域社会をつくっていくという。これまではオンラインの知恵がなかったので、東京だけでやってもなと思って踏み出せなかったけど、いまは壁がなくなりました。北海道から沖縄までの人までひとつの場で一緒になれる。そういうことがやりたかったんですよね。

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――オンラインだとネットワークさえあれば参加できるのは大きいですよね。

 大宮:カンボジア、ニューヨーク、オーストラリアからも参加している方がいるんですよ。1月は秋元康さん、2月はモデルの秋元梢ちゃん、前には人間国宝で陶芸家の前田昭博さんや、同じく、人間国宝で漆芸家の室瀬和美さんのトークショーもやりました。おもしろかったのは、人間国宝の前田先生のお話しを聞いて、ある介護士の方が明日も仕事を頑張ろうと思えた、元気をもらったっていう感想を添えてくれて。

 なぜだろうと思ったら、人間国宝でもうまくつくれなくて、「もうやめてやる」と思うことがあるなんて、とびっくりしたそうなんです。前田先生は7日間くらい寝込んだけど、やっぱりやめられない、やるしかないと再び立ち上がる。そして作品に挑む。そんな話を聞いて、介護の仕事を「嫌だ、もう無理」って思うけど勇気が出たと言ってくれたんですね。そういう場をつくれていることは私にとってすごく喜びで、生きる希望でもあります。みんなでやれば、大きなことができるぞって。2021年からは小さな子たちを対象にした、「子どもエリー学園」も始めました。

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――制約の多いコロナ禍に活動の幅を広げていたんですね。しかも、それがエリーさん一人の力ではできなかったということが『スイミー』のストーリーと重なります。

 大宮:なにかアクションすることで、チームができる。ピンチになるとスイミー化していくのかもしれない。子どもたち、若い人たちから刺激をもらうことも多いし、彼らが未来をつくっていくから、私たちが何かできることをやっていかなきゃ。それは自分が大人としての責任ですよね。それをやらないで、死ぬわけにはいかないなって。

「あったかいコーヒーを自分のために淹れる」クリエイティブ力

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――エリーさんが思う絵本の魅力って何ですか?

 大宮:哲学的というか。余白が多い短い文章だから考える力ができますよね。私、これからは絵本をいっぱい出したいと思っているんですよ。

 ――多角的な視点で見られるものをつくっていきたいということですか?

 大宮:そうですね。いまはアーティストとしての仕事が、この12年のメインになっているけど、ここからは、いままでの脚本やエッセイ、ラジオ、映像とかと、アートが交わっていく気がしています。でも、どのアウトプットもメッセージが大事で。

 ――アートをやりたいと思うのはなぜですか?

 私に一番しっくりきているのは、余白が多いことですね。見る人によって解釈が変わったり、状況によっても感じ方が変わる。そこに、短い言葉が寄り添う絵本というのは、いままでのキャリアと、アートがいい形で融合していく幸せなアウトプットになるかもと思っていて。子どもたちも理解できるし、見る人によって捉え方が違うものを出していきたい。その意味でも絵本がいいな。みんながちょっと元気になるようなものがいいですね。独りよがりにならないように、というのはずっと心掛けていて。

 個人的な感情を掘っていくと、普遍という水脈にかならず当たるんですよ。世界中の何人かが私と同じように思っているのかもしれない。その孤独を癒すには、どんな話、絵にしたらいいのかという考え方ですね。自分とまわりを通じて掘り下げていく。

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――スイミーは仲間たちとマグロに立ち向かったわけですけど、エリーさんも何かと戦っている実感はありますか? この「CARAVAN」というメディアは20〜30代の読者が多くて、困難と立ち向かったり、何かにチャレンジしていたりする人たちが多いと思うんです。

 大宮:戦うではなく共存なんですよね。自分との戦いでもなくて、自分を認めて、寄り添って、褒めて、伸ばしていく。自分との共存と対話。そして、他者と違う価値観との共存。

 MISIAちゃんの「One day, One life」という曲の歌詞に書いたんですけど、「悩むことも 止まることも 逃げることも あると思うけど one day one life 信じていい 本当に今思ってる気持ち 2度とない 一度きりのone day それが重なってゆく one life」って思ってる。戦うよりも、自分の今の気持ちを信じるというか。変わっていってもいいですしね。対話ですよね、自分との。「こうじゃなきゃいけない」「無理、できっこない」からの脱却なんです。

 今年は3月にロンドンで個展があって、4月からは瀬戸内国際芸術祭に出展作家として参加します。挑戦って思うとしんどいので、楽しもうと思っていて。不安よりもわくわくする気持ちを大きくするトレーニングをしているところです。アーティストとしての活動もぜひ見てもらいたいです。絵は言葉にならないバイブスを伝えるものなので、私の絵からなにかしらのグッドバイブス、グッドエナジーを受け取って、みんなでスイミーな感じになってほしいな。

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――お話しを聞いていて、チャレンジというよりも自分がワクワクする方向を選んでいるんだなという印象を受けました。

 大宮:まさに! 何もやらないとミラクルは起こらないわけで、失敗してもいいじゃないですか。自分を客観的に見ながらゲームのコントローラーを持って、自分自身をどうやって操ろうかっていう感覚かな。そうやって、自分がワクワクする方向に動かしていくんですよ。自分の人生は自分がつくっている。そう意識すると、チャレンジって思わなくなるかもしれない。ただしたいから、というだけであって。

 私は46歳になって、コロナ禍もあって、どこか慣れていないことや変化に、めんどくさいなと思っている自分に気付きました。億劫になっちゃうの。海外の個展とか、嬉しいしドキドキなのに、億劫な自分もいるんです(笑)。だから、20代、30代って、それが比較的ないのが強みだと思うんです。不安だけど、心の奥でやりたいと思っていることには、素直にフットワーク軽くしてもらえたらいいなと思います。

 ――そのためにはどうすればいいんですか?

 大宮:たとえば、今日なんてすごく寒いじゃないですか。「寒いなあ。取材、ありがたいんだけど、行きたくないなあ」って思っちゃう、どうしても(笑)。そんなときはね、こうするんです。あったかいコーヒーを取材の場所に持参したら、テンション上がるじゃない?と。自分を労い、もてなし、おだてていくんですね。だからほら、自分のために淹れてきたんです、魔法瓶に。あったかいコーヒーがあれば楽しくやれる!?みたいな感じに自分と対話して、工夫していく。それこそ、クリエイティブ力だと思いますよ。自分を演出、脚色していく。チャレンジじゃなくて自分を乗せていくんですよ。「いいね!いいね!」って。

 あ、そういう自分を乗せるクリエイティブを発見して、人にも教えたい!っていうおせっかい精神から私は学校をやっているんだって、いま気づきました(笑)。

PROFILE

大宮エリー

作家 / 画家

1975年大阪生まれ。東京大学薬学部卒業後、映画『海でのはなし。』で映画監督デビュー。著書にエッセイ『生きるコント』『生きるコント2』『なんとか生きてますッ』や絵と詩で綴る絵本『虹のくじら』など。2012年よりアーティストとして活動。今年は瀬戸内国際芸術祭に出展作家として参加するほか、小山登美夫ギャラリー、ロンドンのGALERIE BOULAKIAにて個展を開催する。また、オンライン学校「エリー学園」「こどもエリー学園」の学長も務める。

大宮エリー オフィシャルサイト
http://ellie-office.com/

大宮エリー 海外サイト
http://ellieomiya.com

エリー学園 オフィシャルサイト
https://elliegakuen.com/about

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