2023.04.14 UP
caravanでも特集した「双日ツナファーム鷹島」。質の高い養殖技術と環境を駆使して、一級品の「玄海鷹島本まぐろ」を飼育しています。特集では美味しさの追求だけでなく、サステナブルな海洋資源への取り組みを紹介しましたが、実は飼育環境にICTを積極的に取り入れて、スマート養殖システムの構築を進めています。このプロジェクトは双日と「国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)」の産学連携によるものです。今回はJAMSTEC横浜研究所を訪問。プロジェクトのコアメンバーを務める双日デジタル推進第一部の若手、龍王えみな、今瀬千秋、松本陸と、3人を支えたJAMSTEC研究員の西川悠さんが、ハプニング満載のプロセスを振り返りながら、スマート養殖を起点に広がる未来について語ってくれました。
Photograph_Kaoru Yamada
Text_Kosuke Otani
Edit_Shota Kato
――日本には100以上のマグロ養殖場があると言われています。「双日ツナファーム鷹島」のデジタル技術導入についての特徴を教えてください。
松本:双日ツナファーム鷹島はデジタル導入に積極的な養殖場だと思います。実際に、出張中もさまざまな計測機器やデジタル技術を駆使した生簀観測作業を見かけました。
長崎県松浦市鷹島にあるツナファーム鷹島の養殖現場。近海にある生簀の中で「玄海鷹島本まぐろ」を飼育している。
――養殖の現場にテクノロジーを導入することにはどんな狙いがあるのですか?
松本:双日ツナファーム鷹島に限らず、他の養殖場も抱えている課題の解決につながるのではと考えています。このプロジェクトに関しては、マグロの尾数把握をはじまりとした、餌の与え方や出荷タイミングの最適化などですね。尾数が簡単かつより正確に定量化されることで、新たに検討できることも多くあると考えていて、今後の事業発展のファーストステップとなることを期待しています。
龍王:これまでマグロの尾数把握は漁師や生簀に潜るダイバーの経験に基づく勘などによる管理でしたが、尾数や体重を正確に把握できれば、餌量を調節して出荷管理も行えるため、養殖における課題解決につながるはずです。これまでもICTで生簀のマグロの状態把握に挑戦してきましたが、JAMSTECの西川先生との共同研究で大きく進展させることができればと考えています。
西川:養殖における尾数把握はどの魚種でも難しいですが、今回は私の基礎研究である「養殖生簀中のブリのバイオマス推定」の中で得られた知見を応用して、世界初のクロマグロの尾数把握に取り組んでいます。養殖では成長に合わせて魚をサイズの異なる生簀に移動させる必要があるので、その意味でも正確な尾数把握が必要なんです。
今瀬:現状では生簀間でマグロを移動させる限られたタイミングでしか尾数をカウントし把握することができず、繊細な生き物であるマグロは頻繁に生簀を移動させることが負担となるために、年に数回ほどしか実施できていませんでした。カウントする労力やマグロへ負担をかけることなく、尾数把握の精度を高めることを目指しています。
JAMSTEC西川悠さん(左中)を囲む双日CDO室の今瀬千秋(左)、龍王えみな(右中)、松本陸(右)
――具体的にはどうやってマグロの尾数把握に取り組んでいるのですか?
西川:現在挑戦している尾数のカウントシステムは、魚群探知機を駆使する点が特徴です。魚群探知機は超音波を海中に発射して、その音の反射の強さを捉えることによって、魚群の位置を捉えます。一般的な可視光線*1は水中ではすぐに減衰してしまうため、魚群探知機は海洋研究では一般的な技術となっています。
ただ、可視光線のカメラとは異なって、ハッキリと魚群を捉えられるわけではありません。そのため、魚群探知機は漁業者が魚群の位置を知るためには効果を発揮しますが、一尾ずつ数える際は活用が難しいと考えられていました。
ツナファーム鷹島の生簀に設置された魚群探知機。
――どうやって魚群探知機を使えるように改善していったのですか?
西川:生簀の中の尾数が異なるとエコー画像も異なるはずだと考えて、画像判別に強みを持つ機械学習技術を導入しました。そうすることで、魚群探知機での尾数把握が現実味を帯びてきたんですね。
機械学習は生簀の中の魚の尾数に応じた大量の学習用画像データが必要になります。でも、そもそも生簀に魚が何尾いるかがわからない状態からのスタートであり、実際に魚群探知機を使い機械学習に用いるための学習データを生簀から収集するのは、多大な労力と時間を要します。そこで今回の研究では、カメラを使って観測した分布や速度のデータに対して、魚群行動成長のシミュレーションデータを同化させて、バーチャル生簀を構築し生簀内のマグロの動きを再現しています。その結果として、生簀の尾数を一尾ずつ変化させることのできるバーチャルエコー画像をつくり出すことができ、学習データ収集用の魚群探知機での観測を行うことなく、機械学習できるようになります。
今瀬:バーチャル生簀は生簀のデジタルツイン*2と言えますね。
西川:まさにそうですね。デジタルツインによって仮想上に大量のデータを生み出して、機械学習させることで尾数推定モデルを作成し、実際の生簀で撮影した魚探エコー画像を作成した尾数推定モデルにかけることで、尾数把握ができる仕組みに成長していきます。
*1 人間の目に光として感じる波長範囲の電磁波
*2 現実空間のヒト・モノ・コトのさまざまなデジタルコピーをサイバー空間上に再現する先進技術
――このプロジェクトにおける、みなさんの役割と関わり方を教えてください。
松本:私はバーチャル生簀構築のために必要なマグロの遊泳速度とマグロの分布を算出するための画像データの取得に携わりました。具体的には、実際の生簀で光学観測を行って画像を撮影するのですが、生簀への観測機器の設置や観測作業では、現地のダイバーの方にたくさんご協力いただきました。また、時には自分の手の届く範囲で生簀内を撮影して、水の濁り具合やマグロの写り方を確認することもありました。
――え! 商社パーソンが生簀の中の撮影をするんですか......?
松本:はい(笑)。商社パーソンはスーツケースを持って世界を股にかける、入社前はそんなイメージを抱いていたのですが、あまりにも違いすぎる世界でした(笑)。入社1年目ということもあって、仕事の進め方をご指導いただきながら撮像システムや画像処理方法等の知識を習得したため、観測準備には半年ほどかかりました。
水中での観測作業はとても難しくて、例えばカメラの遠隔操作のような陸上では簡単にできることでも、水中では電波の減衰が激しく簡単には実現できないため、通信ケーブルを自作するなどの工夫が随所で必要でした。自分一人では解決できないことも多くて、西川先生には、必要な画像や撮影方法などについて、度々ご相談しました。
西川:産学連携のプロジェクトは過去にもありますが、松本さんのように企業の方が生簀で作業したのは初めてですね(笑)。撮影に関しては、ブリでの研究を参考に、マグロの特性に合わせた必要な写真をお願いしました。
今瀬:私は松本くんが現地で撮影した画像を、データとして受け取って、解析のためのプログラミングを行う役割を担っていました。ただ、水中ではマグロの体色と背景が溶け込んでしまって、画像からマグロを自動抽出するのが難しかったですね。そこで全作業の自動化はいったん諦めて、必要なデータは遊泳速度とマグロの分布なので、複数の画像から同じマグロがどれほど動いたかを割り出すために、画像へ手動でポイントした移動距離から遊泳速度を算出しました。
――他にはどんな困難がありましたか?
今瀬:分布については、水深によってマグロの密度が違っていました。でも、水深が深くなるほど光が届かなくなってマグロが画面内に映っているのか判断しづらく、撮影はかなり大変だったと思います。それでもデータを取るために「この画像はどうですか?」「不明瞭だから、もう1回撮影をお願い」といったように、現地で写真を撮影する作業と撮影した写真を画像処理にかけて確認する作業とを、松本くんと何度も繰り返していましたね。最終的に、私が遊泳速度と分布を割り出すために処理した画像は6000枚ほどだったと思います。
龍王:私の担当は、松本くんと今瀬さんが準備したデータのバーチャル生簀への落とし込みです。二人が現地での観測やデータ分析を繰り返している間、西川先生が研究されていたブリ遊泳モデルの生簀のサイズや運動方程式をマグロに転用するための準備を重ねていました。データが揃った後は、実際にバーチャル生簀に魚の動きを精密に合わせ込む作業が数か月続きました。
ダイバーと松本が協力して撮影した生簀内のクロマグロの様子。
(左)算出したクロマグロの遊泳速度と分布のデータ。(右)それらのデータを落とし込んで作成したバーチャル生簀のある時刻での遊泳速度と分布座標の様子。
――西川先生は3人が取り組む姿をどう受け止めていましたか?
西川:皆さん、本当に一生懸命なんですよ。私はその様子を見て、「いいんじゃない!」というくらいで(笑)。
今瀬:私たちにとっては、その言葉が本当に心強くて。果たしてこれでいいのか、と手探りのなかで、一歩ずつ進んでいるという実感が得られていました。
西川:おそらく双日としては、事前の想定とは異なる流れになったのではないでしょうか。当初は私のブリの研究を多少変更するだけでクロマグロに転用できると想定していたと思います。でも、研究機関の基礎研究と実用化の間には大きなギャップがあるんですね。そのギャップを埋めるのは簡単なことではありません。
――産学連携のプロジェクトの場合、どのような点でハードルが高いんですか?
西川:まず私にとってのブリの研究のように、研究機関では研究が終了すると別の研究が始まっていることもあって、かつての研究を継続的に取り組む時間的余裕はほとんどありません。一方、企業は、基礎研究から実用化までに時間がかかることがわかると、ビジネスの観点から手を出しにくいのです。その違いが、研究機関と企業の共創が生まれづらい点なのです。
――その点、双日との取り組みはどうですか?
西川:今回のプロジェクトでは、双日側の理解を得られたことがうまく進行した要因だと思います。その上、養殖場ごとにIT導入には温度差があるなか、双日ツナファーム鷹島のみなさんは研究熱心。チャレンジ精神の旺盛さも魅力的でした。依頼を受けてから、すぐにプロジェクトが始まっていて。そのスピード感には驚かされたものです。ブリ遊泳モデルは実用化に至っていなかったため、私としても他の魚種でチャレンジできるのであれば、願ってもない機会でした。
今瀬:西川先生からは最初に「2年はかかる」というお話があったんですね。でも、社内からは「半年でやろう」という指示が出まして(笑)。今回のプロジェクトの目標は、1.3mのマグロを800本、尾数把握すること。すでにバーチャルエコー画像の生成までは終了していて、現在は次のステップに移り、大量の画像を機械学習させる準備を進めています。
――現状はマグロへの技術可用性検証段階とのことですが、検証はどれくらい進んでいるのですか?
今瀬:進捗率としては7割ほどですね。機械学習が滞りなく進めば、実際の生簀のエコー画像を判定する最終段階に入ります。とはいえ、これまでも苦労は多かったですね。
そもそもエコー画像は音波を魚の浮き袋に当てて、その跳ね返りの音波を画像として表現します。バーチャルエコー画像を再現するために、まずは実際にマグロの浮き袋を理解したうえで、マグロの音波の跳ね返りを把握しなければなりません。ただ、マグロの浮き袋の形状やサイズと音波の跳ね返りといったデータは世の中にありませんでした。そこで、マグロのCTスキャンを撮ったうえで音波の跳ね返りデータを作成することになりました。
西川:私自身、浮き袋などの問題はあらかじめ想定していたので、「CTスキャンで撮ってみたらどうか」という提案はしましたが、双日側が実際に撮影できる大学を探し出して交渉も行ってくれましたね。
――なるほど。CTスキャンはスムーズにできたのですか?
今瀬:前提として商品として美味しいマグロはできるだけ販売にまわしたいので、流通させられないマグロでCTスキャンの測定をすることになりました。でも実際にCTスキャンを通してみたら、マグロの中が空洞で何も表示されないという(笑)。
龍王:「あれ、何にもない......?!」みたいな(笑)。マグロは新鮮なうちに内臓を取り出す下処理をしなければ鮮度が落ちてしまうんですね。そのときは内臓を取り出した後のマグロが届いてしまっていたようで。
今瀬:事前に双日ツナファーム鷹島の方にはCT撮影の理由を説明していたものの、内臓の下処理は鮮度を落とさないように船上で行っているので流れ作業になっていて、内臓が取り除かれてしまうというのは盲点でした。私たちは「その内臓を見たかったんです......」ということでしたね(笑)。
――西川先生は研究者の観点から、今回のプロジェクトをどのように評価されていますか?
西川:先ほどもお伝えしましたが、今回は双日の理解や協力もあって、企業と研究機関の共同研究の難しさを乗り越える成功体験をつくることができました。その意味で、非常に大きな成果と言えますし、今後の共同研究をよりスムーズに進めるための好事例になったのではないでしょうか。
――直接観測できる陸上の生きものと比べて、海の生きものの研究は進んでいないこともあるんですね。
西川:おっしゃるとおりです。水産学研究という視点からも、生簀の中の魚の挙動自体にはまだ不明な点が多いんですね。詳細なモニタリングを通じて遊泳行動のシミュレーションを行うことができた点は、魚の行動生態を理解する上でも重要な成果です。
――双日のみなさんはクロマグロ養殖におけるデジタル変革を通じて、どんな未来を実現したいと考えていますか?
松本:このプロジェクトに関して言えば、双日ツナファーム鷹島の漁師やダイバーの方たちが実際に尾数を数えられるように実用化することがミッションです。今回の成果は、農作物の収量予測など他の事業に展開することも可能と考えています。
今瀬:今回のプロジェクトで核となったデジタルツインを活用した課題解決を、より具体化していきたいですね。例えば、長期の検証が必要な課題でも、デジタルツインの活用でその検証時間を大幅に短縮できる可能性はあります。
龍王:双日という多種多様な商材を扱っている総合商社だからこそ、デジタルテクノロジーを駆使することで課題解決や、新しい価値を創造できる場が多くあると考えています。個人的には、このプロジェクトを通して学んだ、技術者の方々の巻き込みといった経験を活かして、デジタルのビジネスを創出できるようになっていきたいです。
――西川先生は双日とのプロジェクトを通じて、今後はどのような展開や発展につなげていきたいと考えていますか。
西川:私としても、データの取得から分析まで、すべて養殖の現場で完結できるようにしたいですね。現在はまだ、現場で得たデータを研究所に持ち帰って解析している段階です。理想は、魚群探知機を常時設置することでクラウド上にデータを蓄積させて、リアルタイムで分析し尾数を手元ですぐに把握できる形です。現時点は尾数だけですが、将来的にマグロの体重も正確に把握できれば、餌量を調節して出荷管理も行えるため、さらなる課題解決にもつながるはず。理論的には可能なはずなので、ぜひ実現していきたいですね。
DX双日鷹島ツナファーム紹介動画
2008年に設立した本マグロ養殖会社。 長崎県松浦市鷹島の豊かな自然に恵まれた漁場で現在約4万尾の本マグロが肥育されています。 同社は本マグロを約3年半で平均60㎏程度に丁寧に育て、鮮魚専門店や外食店向けに販売しています。
双日ツナファーム鷹島
https://www.sojitz-tunafarm.com/
マグロが食べられなくなる? 養殖の現場から見えてきた海洋資源のゆくえ
/caravan/special/tuna/1.html
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
https://www.jamstec.go.jp
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)
西川悠
国立研究開発法人海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 地球情報科学技術センター データ統融合解析研究グループ 研究員。東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻で学位取得後、学振研究員、さきがけ専任研究者等を経て現職。専門は水産海洋学・水産情報科学。気候変動が魚に与える影響の評価や、効率的な養殖手法開発に関する研究を行っている。
龍王えみな
2017年新卒入社。アパレル部隊にて3年半OEM事業を担当したのち、金属資源リサイクル本部にて、リサイクル関連事業を担当。本部内TFにてデジタル推進第一部との業務連携を通じ、現組織へ移籍。
今瀬千秋
2013年に地元愛知で自動車関連の会社に事務職として高卒入社。転職の為に上京し、2019年より双日への派遣就業中に関連業務に携わったことからpython等のプログラミング言語を独学。派遣期間満了に伴い、現在は契約社員として勤務。
松本陸
2022年新卒入社、学生時代は高専→大学編入というキャリアの中で一貫して工学を専攻。
シンガポールへの留学がきっかけで商社に興味を持ち、双日へ入社。
入社後はデジタル推進第一部に配属され、本案件に継続的にコミットしてきた。