HomeSpecial元サッカー日本代表・高原直泰さんが語る、沖縄のコーヒー農園づくりから広がる地方の未来

Vol.04

津々浦々、地域の魅力を再発見

2022.11.02 UP

元サッカー日本代表・高原直泰さんが語る、沖縄のコーヒー農園づくりから広がる地方の未来

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荒廃が進む耕作放棄地、後継者不足が危惧される広大な農地。こうした土地の有効活用のため、日本各地でさまざまな取り組みが行われています。双日も東北地方を舞台にタマネギ畑をつくる地方創生プロジェクトを推進中。一方、東北から遠く離れた沖縄では、耕作放棄地を使った「沖縄コーヒープロジェクト」が大きな注目を集めています。コーヒー農園づくりを牽引するのは、元サッカー日本代表のストライカー、現在はサッカークラブ沖縄SVの代表・監督・選手を兼務する高原直泰さん。なぜサッカーに関わりながら、コーヒー農園を手がけているのでしょうか? 生活産業・アグリビジネス本部長の湯浅裕司が現地を訪ね、高原さんと農業と土地活用による地方創生の可能性について熱く語り合いました。

Photograph_Takuya Nagamine
Text_Keisuke Kimura
Edit_Shota Kato

高原さん、どうして沖縄にコーヒー農園を?

――湯浅さんは高原さんがドイツリーグで活躍していた時期に駐在員として滞在していたそうです。

湯浅:2003年から2008年までドイツで駐在員をしていました。高原さんがドイツのトップリーグ、ブンデスリーガで戦っていたのもそのくらいの時期でしたよね?

高原:そうでしたか。ちょうど同じ時期ですね。

湯浅:幸運にも駐在中の2006年にドイツでワールドカップが開催され、日本代表の試合を何試合か観戦する機会がありました。直前テストマッチのドイツ代表戦での高原さんの2得点は今でも鮮明に覚えています。そんな高原さんとドイツにいた時期が同じだということ、私もかつてサッカーをしていたこと、そして高原さんのコーヒー農園プロジェクトと双日の事業に共通項があるんじゃないかと思って、お話を伺ってみたかったんです。

高原:ありがとうございます。

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湯浅:早速、いろいろと伺っていきたいのですが、そもそもなぜ、沖縄に来ることになったんですか?

高原:沖縄県に観光とITに次ぐ3つ目の産業をつくりたいと、内閣府から打診されたんです。それがスポーツ産業ビジネスでした。

湯浅:その一環で、サッカーチームの沖縄SVをつくられたんですね。

高原:そうなんですけど、サッカーで「Jリーグを目指して頑張る」という単純なものではないんです。それだけだとまったく意味がない。極端な言い方をすると、チームがあることは副産物でしかないんです。主な目的は、スポーツを通して地域貢献、地方創生に繋げていくことで、その媒介としてサッカーがあってというイメージです。

湯浅:チーム運営が副産物とは言っても、もちろん活動資金は必要になってきますよね?

高原:J1やJ2であれば、テレビ放映権やチケット代で収益化できますけど、自分たちのカテゴリーだとそうはいかない。もちろんスポンサーを募ることも大事ですけど、自分たちの力でお金を生んでいくことが必要だと考えています。なので、2015年に会社をつくるにあたっては、周囲の関係者たちとは既に「農業をひとつの事業として取り組んで、将来はそこから収益を生み出そう」と考えていたんです。

湯浅:なぜコーヒー農園だったんですか?

高原:実際に開墾作業などを始めはしたものの、主軸となる作物はまだ決めていませんでした。ちょうどその頃なんですが、沖縄でコーヒーが栽培されていることを知って、単純におもしろそうだなと。ハワイのコナコーヒーみたいに、沖縄発のコーヒーブランドをつくれたとしたら、沖縄に新しい産業や特産物ができる可能性がある。それが農業の担い手不足の問題や耕作放棄地の解消にも繋がっていきますし、収益化できれば、チームの選手たちのトレーニング環境も整えられて、結果としてチームが強くなる。ファンも増えていく流れが見えてきて。

湯浅:なるほど。でも、高原さんたちはサッカーのプロではありますが、農業に関する知見はどうやって身につけられたのでしょうか?

高原:コーヒーでチャレンジしようと決めたんですが、自分たちにノウハウがあるわけではない。そこで、プロの知見を得ようとネスレ日本(沖縄SVのスポンサーパートナーであり、高原さんがジュビロ磐田に在籍していた頃のスポンサー)にアポ取りして実際にお会いして、俺らの思いを伝えたんです。そうしたら、ネスレ日本が農家を支援する「ネスカフェプラン」というもので、苗やノウハウの提供を支援していただけることが決まって。地元の琉球大学の協力も得て、コーヒー農園プロジェクトがスタートしました。

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沖縄SVが立ち上げた「沖縄コーヒープロジェクト」の農園(名護市)。看板には支援者たちの名前が入っている。

湯浅:ちなみに、スポーツ選手はあまりコーヒーを飲まないイメージがありますけど、高原さんはコーヒーが好きですか?

高原:農園を始める前から、ほぼ毎日飲んでいますよ。以前は特にこだわりはなくて、なんとなく飲んでいましたけど、いまは自分たちで豆を育てるようになったから、休日は料理をしながら、コーヒーを飲む時間が楽しくなりましたね。

沖縄でコーヒーを、東北でタマネギを

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湯浅:耕作放棄地の話でいうと、私たちもいま東北6県の稲作農家の収益性を高めるために、水田からタマネギ畑への転作を進めています。

高原:タマネギの産地といえば北海道とか淡路島のイメージですけど、どうして東北なんですか?

湯浅:実は、タマネギって夏季の供給が少ないんです。その時期は全体の約15%を輸入に頼っているんですよね。逆に東北の水田でメインにつくられるお米は余っている状況だから、お米の価格は上がらない。加えて、東北の米農家は後継者問題もあって、このままでは耕作放棄地となりかねない農地が多いんです。だったら、東北の水田をタマネギに転作すれば、夏季にタマネギの供給が可能となって、水田の有効利用もできるし、農家の方たちの収入を上げられると。

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高原:双日は農業のノウハウも持っているんですか?

湯浅:もともと、私たち商社を含む一般法人というのは、農業はできなかったんですよ。それが2009年の農地法改正に伴って、農業生産法人以外も農業ができるようになりました。なので、私たちも農業を始めてから、10年ほどですね。いまはタマネギのプロジェクト以外に、千葉でミニトマトをつくっているんですけど、規模が小さいこともあり、10年かけてようやくトントンです。

――タマネギのプロジェクトにおいて、双日はどんな役割を担っているんですか?

湯浅:主には、栽培ノウハウを農家に提供することと、必要な資金の工面ですね。加工設備を提供していくことも考えていますし、その先の流通システムを提供できることは全国にネットワークを持っている双日ならではの役割だと思います。

沖縄SVと双日、それぞれの"トライアル"

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実をつけたコーヒーの木。中には赤く色づいている木も

湯浅:コーヒーといえばアフリカ大陸をはじめ、ベトナムやブラジルも有名ですが、そもそもコーヒー栽培に適した環境というのは、どんな条件なんですか?

高原:ある程度の高地で、日射時間が少なくて、気候も暑すぎず寒すぎない場所が適していると言われていますね。

湯浅:先ほど名護市にある高原さんたちの農園を見学したのですが、海に近くて防風林がない、それに日差しが強くて、率直に「これはかなり大変な場所だな」と思いました。立っているのがしんどいくらい(笑)。

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沖縄SVアグリの宮城尚社長からコーヒー農園について詳しく聞く湯浅本部長

高原:沖縄は真逆の条件と言っていいかもしれません(笑)。名護市の農園は台風対策が必要な土地環境的には一番難しい場所ですね。一方で、大宜味村の農園は山の中にあるとても良い環境ですけど、やはり日差しが強くて場所によってはその対策が必要であって。

なので、いまは試行錯誤をしている段階です。2019年に、ネスレから提供いただいたコーヒー豆の苗木を植えたんですけど、今年になってやっと収穫ができるまでに育ってきました。いろんな品種を植えて、苗木の上にネットを張って日射の具合を調整したりもしています。まだ実際においしく仕上がるかは未知数ではありますね。

湯浅:1本の木から、どのくらいの量のコーヒーが取れるんでしょうか?

高原:だいたい40杯分が取れると言われています。生豆でいうと400グラムほどかな。

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(上)コーヒー農園は高台の上にある。風や日光の影響を受けやすい環境での栽培は世界的に見ても珍しい。

湯浅:今年の収穫は、どのくらいの量になる予定ですか?

高原:5,000杯分くらいですかね。でも、どこかに卸したりする量ではないんです。自分たちで味わってみて、育成方法は正しかったのか、どのくらいのロースト具合が適しているかなどの確認をしなければならないので、それだけで終わってしまいそうで。現状はトライアルの段階ですね。

湯浅:トライアルで言うと、私たちもいま、耕作放棄地の利活用にも取り組んでいるんです。早生樹を知っていますか?

高原:いや、はじめて聞きました。

湯浅:たとえば、ハコヤナギというポプラの一種があって。スギやヒノキは完全に出荷できるようになるまで50年かかるけど、早生樹はそれらと比べて生育速度がとても早くて、5年程で伐採可能なんです。これを耕作放棄地で栽培して、加工した後、バイオマス燃料として活用しようとしているんです。いずれは1ヘクタールに1万本を植えて、年間20トンのバイオマス燃料をつくろうとしています。

――なぜ、早生樹のプロジェクトはスタートしたんでしょうか?

湯浅:双日が進めているHassojitzという新規事業創出プロジェクトのなかで、日本の森を再生させようとなり、スタートしました。まずは宮崎県、山口県、岡山県で始まりましたが、これが成功すれば、森林がいま以上の速度で増えていき、脱炭素社会の一助にもなると考えています。

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約25万ヘクタールの耕作放棄地、そこから広がる地方の未来

――多くのメディアで高原さんたちのコーヒー農園プロジェクトが取り上げられていますが、当事者としてはどれほどの手応えを感じていますか?

高原:テレビやラジオで取り上げていただくことも多くなって、ここ最近は「沖縄=コーヒー」みたいなイメージが、できつつあるのかなと感じています。いままで国内外のいろんなクラブでサッカーをしてきたけど、ここまで密接に地域と関わっているのは沖縄での経験がはじめてですし、沖縄コーヒープロジェクトが取り上げられるようになってから、全国で農業を始めるサッカークラブが明らかに増えた気がしますね(笑)。

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湯浅:認知度向上の一端を、高原さんが担っていますね。

高原:だといいですけどね(笑)。最近は沖縄でカフェの出店ラッシュが続いているし、観光客にも「沖縄に来たら、おしゃれなカフェでコーヒーを飲む」みたいなカルチャーが根付いてきたんです。ちなみに、将来的には俺らのコーヒーも6次化(生産、加工、販売およびブランディングまでを手がけること)していきたいと思っていて。やっぱり、自分たちですべてやることが一番だと思うし、そうしないと収益化できませんから。

湯浅:生産量ではコーヒー大国に及ばないけど、本当にわずかにしか収穫できないからこそ、高い価値があるんですね。

高原:どう頑張っても、ベトナムやブラジルのような大量生産はできませんからね。だからこそ、いわゆる「国産スペシャリティコーヒー」という付加価値を使って、販売していく必要があるわけで。いま、沖縄県産のコーヒーでいうと、1杯1,300円から1,500円くらいなんです。

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湯浅:生産量を踏まえると仕方ないですよね。高価で躊躇する人もいるかもしれないけど、もちろん買う人もたくさんいると思います。

高原:コーヒーを飲む以外に、その体験にお金を出してくれていると思うんですよ。なので、豆のピッキングから焙煎、抽出、飲むところまでをパッケージにして、観光農園的な側面をもたせることも考えています。同時に、もっと耕作放棄地を活用していくためにも、俺たち以外の生産者も増やしていきたいけど、現状コーヒー農園に対する補助金ってないんですよ。

そういう部分も、沖縄コーヒープロジェクトでプロセスを「見える化」していくことで、プロジェクトの関係者や、何とか特産品にしようと既にコーヒー栽培でチャレンジしている人たちを行政がサポートする動きに繋げたいし、その旗振り役も担っていきたいと思っています。

湯浅:ちなみに日本の耕作放棄地はいま、約25万ヘクタールあると言われていて、今後はさらに増えていくとされています。私たちも、農地として利用可能なものは転作して、規模を拡大していきたい。一方で農地として活用しにくい場所は早生樹でバイオマス燃料をつくって、重油や軽油をバイオマスに転換していきます。それぞれの地域の方たちと手を携えて。

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高原:俺らはサッカーチームなので、地元の方々の協力なしでは成立しません。特に、応援していただけるような地域への貢献が必要です。その点、農業はすごく接点をつくりやすいんですよ。今後は地元との結びつきもそうですし、将来的にはグリーンツーリズムとして農園のそばにカフェをつくって、地域に観光客を誘致できたらなんて考えています。

湯浅:そうしたアイデアやビジョンって、最初から思い描いていたんですか?

高原:いや、全然ですよ。農園をつくっていきながら、「スポーツ×農業にこんな可能性があったのか!」と気づいていくことがたくさんあって。ずっと、それが続いている感覚ですね。

湯浅:素晴らしい。サッカーでいうビルドアップ(攻撃の組み立て)のように実戦のなかで築き上げてきたものなんですね。私たちのタマネギと草生樹のプロジェクトは始まったばかりなので、商社×農業の可能性を見つけて、農業から地方、地方から日本を元気にできるものに育てていきたいです。機会があれば高原さんのコーヒー農園との共創プロジェクトも生み出したいですね。

高原:お互いの得意とする領域で協力できたら素晴らしいですね。コーヒーが採れたらまた遊びに来てください。

湯浅:ぜひまたお話させてください。ありがとうございました。

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PROFILE

高原直泰

1979年生まれ。清水東高校からJリーグ・ジュビロ磐田に加入。1999年ワールドユース、2000年シドニーオリンピック、2000年アジアカップ、2006年ドイツワールドカップなど国際大会に出場し、日本屈指のストライカーとして活躍する。2001年に加入したボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)を皮切りに、ハンブルガーSV(ドイツ)、アイントラハト・フランクフルト(ドイツ)、水原三星ブルーウィングス(韓国) など複数の海外チームを舞台にダイナミックなプレーで魅了。2015年には沖縄県に移住し、翌年に自身が代表を務める沖縄SVを本格的にスタート。現在は代表取締役と監督、選手を兼任し、沖縄コーヒープロジェクトを牽引している。2002年、JリーグMVP・得点王。

沖縄SV 公式ホームページ
https://www.okinawasv.com/

湯浅裕司

双日執行役員 / 生活産業・アグリビジネス本部長

1991年大阪大学卒、日商岩井(現双日)入社。
ドイツ駐在を経て、16年環境・産業インフラ本部環境インフラ事業部、18年エネルギー・社会インフラ本部企画業務室長、21年生活産業・アグリビジネス本部企画業務室長、22年4月から現職。

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