2024.12.26 UP
社会課題の解決をめざすスタートアップを育成・支援する先駆者として、また日本では数少ないベンチャーキャピタルの女性代表として注目され、多忙な日々を送る中村多伽さん。29年の人生を「生き急いできた」という彼女は、どうやって新たなことに挑戦し続け、荒波を乗り越えてきたのでしょうか。中村さんの軌跡をたどり、生き方のヒントを探ります。
Text_Shiyo Yamashita
Photograph_Takao Nagase
“誰もが生まれてきてよかった
と思う世界へ。”
社会課題解決をめざす若き起業家の育成や投資、メディアの運営などを行うtaliki。この会社を京都大学在学中の2017年にひとりで立ち上げたのが中村多伽さんです。
talikiが考える社会課題とは、”社会において多数派や声の大きな人のニーズを満たすために推し進めたことが歪みとして立ち現れているもの”。「多くの社会課題は、大半の人にとって都合の良い社会をつくっていこうとしたことで、限られた人たちが大きな課題を抱えてしまっている構造」だと中村さんは言います。
talikiが本社を置く京都の風景
社名のtalikiは”他力”のこと。社会課題を解決しようとする人たちを増やし、独力ではなく、他力を結集することで、継続的に社会課題を解決する仕組みをつくろうとしています。
小さい頃からさまざまなことに対して問題意識を持ち、主体的に取り組んできたという中村さんですが、これまでの人生ではいくつもの困難や壁にぶつかってきたといいます。彼女はどうやってそれをひとつずつ乗り越えてきたのでしょうか。
“私たちが見たい世界は、
ずっと先にならないと見られない。”
中高生のときは舞台俳優になりたかったという中村さん。家族に猛反対されながらもオーディションを受け続けました。高校3年の夏、どうしてもやりたかった役のオーディションに落ち、夢破れて一人旅に。そこで、たまたま開催していた京都大学のオープンキャンパスに参加します。キャンパスライフに漠然とした憧れを抱き、猛勉強を始めて見事に合格。再び舞台俳優を目指せるかも、と期待を胸に大学生活をスタートしますが、京都ではオーディションの数も少なく、俳優になる夢は諦めることとなります。
そんな目標を失っていた時に聞いたのが、「大学の先輩がカンボジアに小学校を建てるプロジェクトを立ち上げる」という話でした。軽い気持ちで参加し、ワクワクしながら初めてのカンボジアを訪れましたが、現地では“とんでもなく大きな問題に手をつけている”と感じたと中村さんは語ります。
「途上国に行くのは初めてだったのですが、当時はインフラも整っていないし、治安も悪い。教育だけを解決したらいいという話ではないな、というのが直感的にわかりました。自分たちに今できるのは小学校を建てることだけど、この手段では私たちの見たい世界はずっと先にならないと見れないな、という大きな無力感を感じました」
それでも中村さんは翌年には自らが代表としてプロジェクトを立ち上げ、カンボジアに2校目を建てます。
カンボジアで小学校を建設する中村さんたち
「最初に建てた小学校は、行政が道をつくるために壊した校舎の代わりに建てたものだったので、また壊される可能性があった。校舎だけつくっても先生の質が低ければ進級できない子が出てくるし、家の仕事を手伝わなきゃならなくて辞めてしまう子もいる。掘っ立て小屋に住む大家族がいる一方で、高級車に乗っている公務員もいる。ものすごく大きな構造に立ち向かわなくてはいけないようで、その途方もなさに圧倒されました。でも2校目の時には、これをつくり終わったら、もっと根本にある課題を解決するにはどうしたらいいかをちゃんと考えようと思っていました」
“二項対立だけでは、
この世の中はよくならない”
カンボジアのプロジェクトからの帰国後、大学3年生となり、就活も始めていた中村さん。しかし、「このままいくと順当にできそうなことだけをやってしまう。もっと自分にできないことをやらなければ、根本的な課題解決はできない」と大学休学を決意。もっと大きな構造を学ぶため、ニューヨークのビジネススクールへ留学します。
「ちょうど2016年のアメリカ大統領選挙の最中で、トランプとクリントンの両陣営が激しく対立していました。報道局が人を募集していると聞いて、日本のテレビ局の支社にインターンとして入ったんです。どちらの支持者にも正義があって、どちらが勝っても悲しむ人も困る人もいる。世界ではシリア内戦などの紛争が起きていて、爆撃のニュースが毎日入り、国連は毎日会議しているのに状況は何も良くならない。二項対立で正誤を争うのでは人間がより良くなれないと強く感じたんです。正義Aが対立するのは悪ではなく、正義Bだったりする。どっちが悪いとかではなく、二項対立を解消する方法を見つける側にまわりたいと思いました」
カンボジアで限界を感じて留学したけれど、直面したのは「政府や国際機関などの大きな組織だけで社会課題を解決するのは難しく、民間でできることもやっていかないと間に合わない」という現実。それでも中村さんは、「ニューヨークでは日々刺激がありすぎて、ずっとホームシックでした。でも、大きい力ってこうやって動くんだ!というのを実感したことが、結局今の仕事には生きているので、すごくいい経験でしたね」と振り返ります。そして、まずは社会課題に取り組むプレーヤーを増やすことから始めようと、会社を立ち上げることを決意。帰国後の2017年11月にtalikiを設立し、社会課題に取り組む起業家の支援をスタートします。
“実は簡単なことの積み重ね。
時には都合よく勘違いしながら、歩みは止めない。”
2020年12月には支援をさらに加速させるべくファンドを組成します。複数の社会起業家に出資するようになり順調に支援事業を展開してきたように見える中村さんですが、実際には「落ち込むことの方が多い」と言います。
「自分たちでプロダクト開発したのに全然伸びなかったり、構想段階で株主に『センスがない』って言われたり。思ったように資金調達が進まないこともしばしば。でも起業家の場合、“一撃必殺”みたいな失敗はほとんどないんです。じわじわと小さなことが積み重なってボディーブローのように効いてくることの方が多い。いつ倒れるか、どこまで耐えられるか、みたいな感じです。起業家の多くは恒常的に苦しくて、スッキリしている期間はほとんどないと思います」
起業家を支援する中村さんですが、「起業は奨励しない。むしろ大企業に就職して、そのリソースを使って自分のやりたいことができるなら、絶対にその方がいい」と断言します。「起業を奨励しないのは、やっぱりつらいから。それでも起業する人って“やりたい”というよりも“やらずにはいられない”人なんです。放っておいても起業してしまう(笑)。それなら私たちは、彼らが落ちそうになった時のセーフティーネットをつくってあげたいって思うんです」
小学校建設や起業家支援事業の立ち上げ、ファンド設立など大きな挑戦を重ねる中村さんですが、「実はすごく小さなことの積み重ねだった」と言います。
「カンボジアでの小学校設立も、まずやったのは“仲間を募ること”や “資金集めのために学園祭イベントで肉巻きおにぎりを売って利益を上げること”など。できることを積み重ねていったんです。ファンドをつくるのもそうで、やる前はどうやれば実現するんだろうと悩んだけれど、いろんな人にただただ出資をお願いして形になった。地道なことを積み重ねていくうちに、やってみたら意外と簡単なんだと思えるようになりました」
そんなふうに語る彼女に、何かやろうと思って躊躇している人に対するアドバイスを求めると、「“自分はそんなに難しいことをやろうとしてるわけじゃない”っていう自己暗示をかけるのはいかがでしょうか」と笑って答えてくれました。
さまざまな逆境と向き合いながら、新たな目標を掲げて挑戦を続ける。その日々を、中村さんは登山にたとえます。「いきなり高い山の頂に行くのは無理だけれど、歩き続ければいつかはたどり着く。どう考えても客観的にうまく行っていない状況でも、“まだ登り途中だな”とか“思ったより遠いな”と、いいように勘違いするようにしています。歩みを止めたら、もうそこで下山になってしまうから」
小さなことでも“やってみたら意外とできた”という経験の積み重ねが、一歩を踏み出す原動力になっているという中村さん。できることからやってみる、うまくいかないときも歩みを止めない、そんなに難しいことをやろうとしていないと暗示をかける。踏み出す勇気と、一つひとつ積み上げていく行動力があれば、夢に近づいていけるのかもしれません。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)
中村多伽
株式会社taliki 代表取締役