HomeArticle元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんと考える 「バイオものづくり」がひらく未来

2024.04.22 UP

元ラグビー日本代表主将・廣瀬俊朗さんと考える
「バイオものづくり」がひらく未来

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新しい分野にトライすることの難しさややりがい。双日・ビジネスイノベーション推進室の石坪直成と、元ラグビー日本代表の主将であり、現在はHiRAKUの代表取締役をつとめる廣瀬俊朗さんが語り合います。

Photograph_Tadashi Okochi
Text_Tatsuhiko Wada

発酵とバイオものづくりの共通点とは?

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CAFE STAND BLOSSOM ~KAMAKURA~で人気のメニュー、「甘酒バナナケーキ」と「甘酒ホットチョコレート」。糀甘酒由来の優しい甘みが活きている。

2人が待ち合わせたのは、廣瀬さんが鎌倉にオープンしたカフェ「CAFE STAND BLOSSOM ~KAMAKURA~」。

石坪:バナナケーキもチョコレートドリンクも、自然な甘さがあっておいしいですね。

廣瀬:どちらも糀甘酒を使っています。糀由来の自然な甘さや栄養を活かしています。

石坪:廣瀬さんのお店では糀などの発酵食品を取り入れたユニークなヴィーガンメニューを提供されていますが、お店を開いたきっかけは何ですか?

廣瀬:もともと食べることが大好きで、現役時代はアスリートとして何を食べるかを大事にしていました。ワールドカップをはじめ海外の遠征先では、味噌汁や漬物などの日本の発酵食品がすごく食べたくなって。カラダに馴染んでいるんだなと実感しました。一方で、日本ではつくり手の高齢化などにより味噌蔵が減っている。そこに危機感を覚えました。日本の発酵食品を大事にしていきたいし、その価値を表現する場がほしいと思ったんです。

石坪:発酵食品についていろいろ勉強されたそうですね。

廣瀬:メニューのリサーチも兼ねて全国の生産者を訪ねました。今も継続しています。

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全国の生産者を訪ねる廣瀬さん。宮崎のきゅうり農家でのひとコマ。

廣瀬:石坪さんが手がける「バイオものづくり」は、発酵と共通する部分があるようですね。

石坪:そうなんです。発酵食品は、麹菌や酵母菌など自然界の微生物を利用し、職人が培養条件を設定してつくっています。新時代のバイオものづくりも、物質を微生物につくってもらう点は同じなんですよ。

廣瀬:どこが違うんですか?

石坪:微生物の遺伝情報を改変して機能を強化したり、新しい機能を与えることで、人間が欲しい物質をつくらせることができます。たとえば食品なら、より旨みのあるものや、より健康にいい成分を含んだものなど。自然由来の繊維など、従来なかった素材をつくることも可能です。

廣瀬:すごいですね。遺伝情報の改変というのは、遺伝子の一部を変えるということですか?

石坪:変える場合もありますし、ゼロからつくる場合もあります。これまで人間が生物の遺伝情報に手を加える際は、交配によって実際に育てたものを何代もかけ合わせていました。それがAIやロボット技術が発展したことで、従来なら何十年もかかるようなシミュレーションをあっという間に終わらせることができるようになりました。

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廣瀬:なるほど。生物学を中心に最新技術が融合したことで実現したんですね。

石坪:遺伝情報に人間が手を加えることを文章を書くことで例えると、以前は書くことができる文字数に制限がありました。複雑で長い文章を書いて、自然界になかった構造のものをつくろうとすることには技術的な制限がありました。

廣瀬:今では長い文章も書けるようになったんですか?

石坪:私の出向先のシンプロジェンは、まさにその技術が強みです。今まで10文字程度しか書けなかったところを100文字、200文字と書けるようにしました。

廣瀬:そうすると、今までの限界を超えたものがつくれるわけですね。具体的にはどんなものができるんですか?

石坪:まずはバイオ医薬品です。希少疾患の薬は非常に高価で、開発が難しいですが、長い遺伝情報を書ける技術を使うことで新しい薬品を開発できる可能性が広がったり、安く届けられるようになる可能性があります。

文系商社マンが、バイオテクノロジーの世界に飛び込んだ理由

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廣瀬:石坪さんがバイオものづくり事業に携わることになったきっかけを教えてください。

石坪:2013年、双日に入社し、石油のトレードや海外にある炭鉱の事業管理をしていました。仕事自体は面白くて良い経験でしたが、将来を見据えると、自分が突き抜けるためには、これから伸びる新しい分野に入っていくことが必要だと感じました。子どもが生まれたことで地球規模の課題に危機感を持つようになり、子どもが生きる未来の世界に対して何かできないかと考え始めてもいました。

廣瀬さん:その考えをどうやって形にしていったんですか?

石坪さん:2019年に社内ビジネスコンテスト「発想×双日 Hassojitzプロジェクト」があり、与えられたテーマが「2050年からバックキャスティングして今やるべきこと」というものでした。そこで具体的に何をするか真剣に考えたのがきっかけです。

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新規事業を創出する「発想×双日 Hassojitzプロジェクト」でプレゼンテーションをする石坪。

石坪:まずは世の中を変えていくような社会インフラであることが必要だと考えました。社会インフラというと交通システムなどをイメージするかもしれませんが、これからの時代はハード中心のものではなくて、あらゆる産業や課題を横断できる、目に見えないテクノロジーも候補となると思いました。

廣瀬:AIのような?

石坪:AIやIoTなどはすでに技術が進んでいて、手をつけるにはもう遅いと感じました。いろいろ調べ、インパクトのあったのがバイオテクノロジーでした。

米国などは先行していましたが、他の分野に比べると日本にもまだ可能性がある。発酵が日本人にとって身近なものであるため、バイオものづくりの根幹である合成生物学において独自の研究成果があり、世界からも高く評価されている。日本から世界に出ることを考えたら、これが面白いと思いました。

廣瀬:僕が甘酒に目をつけたのと似ていますね。シンプロジェンにはどういう経緯で出向したんですか?

石坪:まずはバイオものづくりに必須となる基盤技術を持つスタートアップを支援しようと思いました。支援先を探すうちに、神戸大学で合成生物学の研究が大規模に行われていて、いくつか有望なスタートアップがあると知りました。協業の提案を持ち込み、出資をすることになったのですが、当社にとっては新しく未知な分野で、投資家として外から眺めているだけでは何もできないので、 自分で手をあげて行くことになりました。

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石坪が出向中のシンプロジェンは、2017年に設立された神戸大学発のバイオベンチャー。世界の最先端で戦える、DNA合成・遺伝子治療薬の技術プラットフォーマーをめざすことをミッションとして掲げている。

廣瀬:手をあげた人が挑戦させてもらえる環境がある会社っていいですね。石坪さんは、大学では文系ですよね。バイオテクノロジーについては詳しかったんですか?

石坪:いいえ、まったく。いちから勉強しました。とんでもなく難しかったです。

商社だからこそできること――新技術をビジネスや社会に橋渡しする

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廣瀬:まだ世の中に知られていない、ポテンシャルのあるものを見つけて世界に持っていくという石坪さんの仕事は、とても面白そうですね。

石坪:商社に入ったのは、世の中のニーズをくんで、企業と企業、人と人を橋渡しするところに面白さを感じたからですが、新しい技術をビジネスや社会に実装していく際には高いハードルがあります。その過程で埋もれてしまう技術はたくさんあって、日本の課題のひとつだと思います。

廣瀬:日本人は職人気質というか、すごい技術を持っているのに、形にしたり、アピールするのがどうなんだろうと悩む人が多いですよね。農作物や食品の生産者の方でも、いいものをつくっているのに全然知られていなくて、もうちょっと知られたら、もっとみんな幸せになれるのにと思うことがよくあります。橋渡し役はすごく重要。世の中に知れ渡らないことにはお金が回ってこないので。

石坪:社会に実装するためには、研究者が一所懸命頑張ることも大切ですが、社会やビジネスの側からも手を引っ張ってくれないと難しいと思います。私はそういう橋渡し、つなぎ渡しができるようになりたいと思っています。

必要なものを必要なところに届ける、これが基本的な商社の役割ですが、この「届ける」という機能をどんどん拡張して、社会に必要な技術を企業に届け、将来できたらいいなというものを今すぐにできるようにする、欲しいものをより早く手に入るようにすることによって、人々の生活を豊かにしていきたいと思います。

ラグビーとビジネス、チームづくりの極意とは?

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(左)東芝ブレイブルーパス時代の廣瀬さん。(右)廣瀬さんは近年、ケニアを訪問している。主な目的はラグビー、スポーツの普及だが、ゆくゆくはケニアの子どもたちが日本の高校や大学のラグビー部やリーグワンで活躍したり、日本企業で働いて、またケニアに戻って国のために貢献する人材となる、そんな流れをつくりたいという。

石坪:廣瀬さんは日本代表で主将をつとめ、引退後に会社を興してビジネスをされていますが、ラグビーとビジネスに共通することはありますか?

廣瀬:チームをまとめ、どこに向かっていくかを決め、仲間のことを知り、長所をうまく活かしながらみんなで頑張っていくという根本は一緒だと思います。ただスポーツの場合は、カラダを動かしてぶつかり合ってみてわかる部分も多い。そうやって信頼関係、人間関係もできていくけれど、ビジネスはそういうわけにもいかない。お互いのことを知っていくための手法、アプローチは違うなと感じています。違いがあるから面白くて、学びがいがあります。

石坪:国の代表チームとなると、違う所属チームからメンバーが集まってきて、中には海外から来た人もいますよね。廣瀬さんがどんなふうにチームをまとめていたのか、興味があります。

廣瀬:僕は「みんなで楽しくやろう」というのが基本のスタイル。そのうえで、まずはチームの目的を定めて、メンバー間で共有することが大事だと考えています。後は、とにかく話しかけてコミュニケーションを取りました。懐に入っていくしかないやろ、と思って何が好きなのか聞いてみたり、外国人なら出身国の言葉をいくつか覚えて話してみたり。

石坪:理解しようと思う気持ちと、接点を多くすることが大切なんですね。

廣瀬:「自分のことを理解してくれよ」じゃなくて、まず「相手のことを理解したい」と思うことが大事ではないでしょうか。

石坪:バイオものづくりに携わると、研究者はもちろん、経営者や起業家などいろいろな専門性やバックグラウンドを持つ人と関わります。私はそこをまとめられるような、ある意味ハブのような存在になって、貢献できればと思っています。

廣瀬:業界を横断し、パートナーと共にビジネスをつくっていくことができる環境で、より良い社会の実現につながる仕事に携われるのは素晴らしいと思います。これからも必要なところに必要なものを届け、社会課題を解決し続けてください。楽しみにしています。

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INFORMATION

株式会社シンプロジェン

双日が出資するシンプロジェンは、2017年に設立された神戸大学発のバイオテクノロジー関連スタートアップです。独自のDNA合成技術を活用した遺伝子治療用製品の設計・開発・分析サービスなどを提供しています。

PROFILE

石坪直成

石坪直成

株式会社シンプロジェン 経営企画部長

2013年双日入社。国内外の法人顧客に対する石油製品の営業を経験した後、海外の石炭権益の事業管理・新規事業立案などを担当。2019年社内ビジネスコンテストにてバイオエコノミーに関する戦略を起案し採用される。同戦略の実現のため、2021年にビジネスイノベーション推進室に異動。バイオ・ライフサイエンス領域のスタートアップへの出資、協業による新規事業の組成を担当し、自身が起案した神戸大学発のスタートアップ、株式会社シンプロジェンへの出資を実行するとともに自ら出向し、同社の経営を支援中。

シンプロジェン コーポレートサイト
https://www.synplogen.com/

廣瀬俊朗

廣瀬俊朗

株式会社HiRAKU 代表取締役

1981年大阪府吹田市生まれ。2000年大阪府立北野高校を卒業し慶應義塾大学理工学部へ進学。2004年東芝ブレイブルーパスに入団。高校日本代表や日本代表で主将をつとめ、2015年ラグビーワールドカップイングランド大会のメンバーとして歴史的な勝利を収める。2016年に現役を引退、東芝ブレイブルーパスコーチを2年間つとめる。2019年株式会社HiRAKU 設立。

HiRAKUコーポレートサイト
https://hiraku-japan.com/

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