HomeArticle双日の素顔 vol.2 「好奇心」の先に見える世界 ー吉田誠×養老孟司

2023.11.09 UP

双日の素顔 vol.2 「好奇心」の先に見える世界
ー吉田誠×養老孟司

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「双日社員の人となり」に迫る企画「双日の素顔」。第2回に登場するのは、デジタル推進第二部に所属する吉田誠です。吉田は双日社員として会計システムやペーパーレス推進を担当する一方、ライフワークとして国内外で昆虫食の世界を追求しています。未知の世界に飛び込むことは商社ビジネスにも通ずるもの。そこで今回は好奇心と昆虫を題材に、無類の昆虫好きとして知られる養老孟司さんとの対話が実現しました。好奇心とその先の話を。そして、現代人の心に響く人生訓を。

Photograph_Shuhei Tonami
Text_Keisuke Kimura
Edit_Shota Kato

虫は、嘘をつかない

養老孟司さんへのインタビューに入る前に、吉田誠について紹介します。

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吉田は小さい頃から昆虫に魅了され、大学の農学部では食用昆虫の研究に没頭していました。大学院を卒業して双日に入社後は会社の業務と並行しながら、プライベートでは食用昆虫科学研究会の設立に携わり、同研究会がNPO法人化した後、2018年からは理事を務めています。食用昆虫の普及活動として、メディアへの出演や講演会なども行い、2023年4月には初めての著書『昆虫食のデマとリアル 燃え上がるコオロギ』を出版したばかりです。

世界中のネットワークを駆使して社会課題の解決を目指す事業を無数につくる総合商社と、100万種以上という圧倒的な種類が存在するとされている昆虫の世界。この二つの分野を探求する人物の軸にあるのは「好奇心」に他なりません。未知の世界を知りたいという欲求と行動力は、まさに吉田の長所であり強みなのです。

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一方で養老先生は医学、解剖学などの分野における言わずと知れた研究者です。86歳になったいまは昆虫愛好家としても活動し、これまでに採取し標本にしてきた昆虫は数知れず。昆虫を人間の視点でとらえた世界を書籍にまとめ、私たちの生き方や社会にまつわる気付きや発見を伝えています。

私たちが訪れたのは、養老先生が昆虫と向き合うためにつくった別邸、養老昆虫館。森の中にひっそりと佇む館で、インタビューをはじめましょう。

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養老昆虫館の外観。森と調和する建物を設計したのは建築家の藤森照信さん。

――養老先生はいつから、昆虫の世界を掘り下げるようになったんですか?

養老:虫はもう、子どものときですね。標本をはじめてつくったのは小学校4年生ですから。それ以来ずっとです。 大学を辞めてから(東京大学を57歳で早期退官)、ゾウムシを中心にやりはじめてね。

吉田:いまでは海外へも昆虫採集で訪れていますが、小さい頃は身近な場所で採集をしていたんでしょうか?

養老:僕は鎌倉生まれですけど、やっぱり海の近くにはあまり虫がいないんですよ。虫って、海風が嫌いでね。だから小さい頃から、山梨や長野にも行ってましたよ。あっち行ったりこっち行ったり。

吉田:まだ見たことのない昆虫を探して、どんどん遠くへ?

養老:まぁ、そうですね。多くの人は子どもの頃は虫が好きでも、大抵途中で辞めちゃうんです。ほかのことに気を取られるんだろうね、異性とかね(笑)。要するに、人間の社会に入っていっちゃうんですよ。僕の場合、虫の興味に拍車をかけたのは第二次世界大戦の敗戦ですね。人間の社会ってのは当てにならないって、そこで叩き込まれちゃいましたから。それまで命がけでやってきたものが、戦争で全部パーでしょう。そうすると、社会に関わったら危ないなっていう感覚が生まれて。だけど虫は赤い虫が今日になったら青くなるなんてこともない。

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吉田:養老先生はいま、どういう昆虫を探しにいくことが多いんですか?

養老:大学を辞めて2年ぐらいは、いろんな昆虫を採集していたんだけど、これじゃあ一生やっても調べきれないと思ってゾウムシに絞りました。そこら辺にいる虫だから人気もないしね(笑)。それと偉い先生がいてね、その人がゾウムシのことをまとめていたんですよ。でも、自分で調べていくと、それじゃあ、どうもダメなんだよね。やり直さなきゃいけないことが次々出てくる。それでいまもやっていますけど、まぁ大変ですよ。僕が死ぬまで間に合わない(笑)。

吉田:僕は大学の農学部の研究で、いろんな食材を取り扱っていたのですが、魚とか米は研究している人が多いんです。一方で昆虫食は研究している人が少なくて。ただ、その分野にも先人がいるので、自分がどこをどういう風に研究すべきか、考えているところでもあって。

養老:これは日本社会の問題ですが、それぞれ専門家がいるでしょう。そうすると、その人たちの分野を犯してはいけないんですよ。あとね、学問でいうと、外国から新しい知見がやってきて、そっちに釣られて足元がお留守なんです。だから僕は、どこにでもいるゾウムシを調べはじめたの。自分の足元ですから。

吉田:僕も中国で養殖している虫を見に行ったことがあるんですけど、日本の虫の生態を見ていないのに、向こうの養殖だけ見に行くのも違うなと思って、最近、多摩川でも探したりしているんです。やっぱり足元を見ないとはじまらないと思って。それは仕事にも当てはまることだと思います。

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疑問に思ったことは、新しい発見に繋がる

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養老さんは歳を重ねても遊び心を忘れない。敷地内にある「馬」と「鹿」が描かれた壁をよく見ると、これが養老さんの大ベストセラー作『バカの壁』を表現したものだと気づく。

――いまを生きる私たちは情報に触れる機会がすごく多いですし、養老先生が若い頃よりも簡単に情報を得ることができます。ただ、そこから先の行動へ移す力は弱まってきている気がするんです。

養老:あらかじめインフォメーションを集めようとするのが、そもそも間違っています。僕らのときは情報がなかったから、全部自分でやるしかなくて、それが良かったんです。分かりたいっていう気持ちは非常に切実なんですよ。ところが、手軽に情報が取れちゃうと、切実さが消えちゃう。切実でないものって力がないですね。

――なるほど、現代には切実さが足りない。

吉田:現地に行って、見てみると、それとは全然違うことも結構あると思うんです。やっぱり実際に足を運ばないと、わからないことがたくさんありますよね。

――養老先生は、自身の感覚を頼りに昆虫の世界を深堀りしているわけですが、どうやって探求されていますか? 誰かに教わったりはしていないんですか?

養老:ヒントだけもらえれば、あとは全部自己流。だから教えようにも、教えられない。日本人って自然科学に関しては、外から技術を取り入れるってことに慣れちゃって、技術そのものを自分でつくるっていう癖がないんですよね。例えば、海外で筋肉の研究でノーベル賞をもらった科学者がいるんだけど、彼は顕微鏡自体を自分でつくったんです。そういうこと、日本ではあまりやらないでしょう。つまり、科学が一本化していない。顕微鏡をつくるとかは俺の仕事じゃないって割り切っちゃう。そうすると、有機的な繋がりが消えちゃうんですよ、学問や科学全体の。

吉田:虫の捕まえ方も、標本のつくり方も自己流なんですか?

養老:そうですね。ものの考え方も全部同じですよ。例えば算数でも問題を自分で解くのが楽しいもので、解き方を教わって解くっていうのはクイズと同じですよ。世界中には80億も脳みそがあるわけでしょう。それなのに、なんでAIなんだよっていつも思う。もっと80億の脳みそを上手に使えよって(笑)。

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――それでいうと、養老先生はディスプレイ越しの情報には触れないようにしているんですか?

養老:使えるものは使いますよ。わけのわからない虫でもね、ある程度名前が分かってネットで調べたら必ず写真が出てくる。ただ、自分の知りたいことや世界がその先にあるんです。そこにネットの情報を加えていくっていう形ですかね。若いうちに危ないのは、自分の世界が出来上がっていないのに、情報だけ入れて知った気になってしまうこと。

僕は仕事で教科書を改訂していたんだけど、そのときの先生に「改訂する前に丁寧に教科書を読め」って言われてね。言われた通りに読んで、どうしてこういうことを書いたのか細かくチェックしたことがあるんです。そうすると、日本の教科書だけど「ドイツのあの教科書から引いているな」とかが見えてくるんです。そういうことがわからない人がネットの情報を読むっていうのは、ある意味でリテラシーがないわけだから危ないですよ。そりゃあ、ChatGPTなんかに騙されるよね(笑)。

吉田:疑問に思ったところが新しい発見だと。それはすべての仕事にも共通しますね。

養老:そうでしょう。あとね、ここにある虫について文章を書いたとしたら、その根元には現物があるわけです。ただ、ネットの情報って根元に現物があるのかわからない。そういうものは読まないですね。

――そこに気づくのも、やっぱりリテラシーが必要ですよね。

養老:国語の勉強で読書感想文を書かせるのもよくない。「昨日、何をしたか」についての作文を書かせるほうがよっぽどいい。要するに、実際に起こったことを言葉に変えるという作業を、もっときちんとやらせたほうがいいと思います。それがわかってくると、ネットに釣られるとかの心配もなくなるから。

吉田:昆虫の味も、人の感想はあまり頼りにしないようにしています。やっぱり自分で食べて、味わっておかないと、人には何も伝えられないので。

養老:コンピューターの世界で危ないのは「記号接地問題」*といってね。ある事柄がどこで現実に接するかをしっかり人間がわかるようになると、AIに踊らされることはなくなりますよ。

*人工知能の知識表現のなかで使う記号を実世界の実体がもつ意味に結び付けられるかという問題。例えば、梅干しを食べたことのある人は、刺激的な酸味を思い出して口の中に唾液が出てきたりするが、AIにはそういった連想ができない。身体性をもたず、環境と切り離して記号を処理しようとするために起こる問題とされている。(ジャパンナレッジより引用)

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「効率なんて言葉は、聞いただけで嫌だね」

――いまの世の中では「タイムパフォーマンス」、いわゆる時間効率を求める傾向も非常に強いですが、それに対して養老先生と吉田さんが魅了されている昆虫の世界には、効率化という言葉はありませんよね。

養老:僕の作業なんかは、ものすごく効率悪いですよ。現代社会だと「そんな効率悪いことやってないでさ」ってなっちゃって、仕事としては成り立たない。効率なんて言葉は、聞いただけで嫌だね。

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吉田:そうですね。私は昆虫のためには非効率的な動きをすることもありますが、一方で会社の業務では効率のためにデジタル化を推進しているという面もあります。そのどちらの価値も実感できているからこそ、仕事も昆虫への興味も尽きることなく探求できるかもしれません。養老先生にとって昆虫の世界を掘り下げていくことは、その分野を開拓したいという気持ちの表れなんでしょうか?

養老:それは後知恵が入っていますね。やっている本人は何も考えていない。

吉田:まさに好奇心ですか?

養老:好奇心があるのかないのかはわからないけどね。まぁ、しょうがないんですよ。止むに止まれずというかね。ある原因があって、ある結果を生んでいると思いがちなんだけど、そんなものはありませんよ。

吉田:好奇心という言い方はできるかもしれないけど、あえて理屈をつけてやっているわけではないということですね。たしかに思い返すと、自分もその通りかもしれません。理由はすべて後付けで。

飽きやすいのは、自然のものを追っていないから

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養老:ちょっと小さいゾウムシの現物を見せてあげる。

吉田:(実際に見せてもらい)小さいですね!この虫は針に刺さずに、紙に貼り付けてあるんですね。

養老:そう。虫より針のほうが太いから。

吉田:ここまで小さいと、虫が全然見えないですね。

養老:そうでしょう。だから虫眼鏡を。

吉田:フィールドでこんな小さい虫を見つけるところがすごいです。ちなみに、フィールドで「これはいままで見たことがない」みたいな虫もわかるんですか?

養老:わかりますね、動きがあるから。つまんだらもっとわかりますよ。

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――いまの若者は飽きやすい傾向にありますが、養老先生は何十年もの間、昆虫に向かい続けていますよね。

養老:これだけいろいろいたら飽きませんよ。あとね、飽きるのは自然のものを追っていないからですよ。自然のものってのは奥が深いからキリがないんで。自然に関心のない人は、あまりハッピーじゃないね。

さあ、効率の悪いことをしよう

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庭を案内してくれる養老先生。積まれた木の間をよく見ると昆虫(キマワリ)が隠れていた。

――吉田さんは商社の仕事のどこに魅力を感じていますか?

吉田:データやインターネット上でやりとりするのではなくて、国内外の現地で人が張り付いて、そこの人々の営みに関わっていくという部分でしょうか。

養老:現地に記号接地点があるわけね。

吉田:そうですね。いまの社会で情報がたくさん溢れていたとしても、やっぱり接地点である現実には色褪せない魅力があります。そこでしか生まれないもの、ビジネスがあると思います。

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――養老先生にも聞きたいのですが、昆虫からの学びをどのように人生や仕事に取り入れて、生かしていけるのか。そのためのヒントを教えていただきたいです。

養老:せっかくそういう風に言ってくれたんだけど、あんまり意識したことがないんでね(笑)。昆虫は自分の居心地のいい場所を見つけて、そこに入っていくんです。もう少し大きな動物だと、猫だってそう。猫を見ていると、その家で一番居心地のいい場所へ行って寝ているんですよ。あれって大事なこと。いま、この場でどこが一番居心地がいいかを知っているし、探すんです。

吉田:養老先生はどこで過ごすのが心地いいんですか?

養老:できれば人がいないところがいいね(笑)。だけど、そういうわけにはいかないので、できるだけそこを上手に避けるというか。あと、いまの若い人は人のことを気にしすぎなんですよ。虫でも採ればいい。虫は何も気にしないし、そばに行ったら逃げるだけだから。

――吉田さんは養老先生とお話しをして、仕事とライフワーク、どちらにも結びつく学びが多かったんじゃないでしょうか?

吉田:やっぱり情報化社会のなかでの仕事においては、いかに生の情報に触れて、それを取り入れているかは大事だなと感じました。昆虫の活動でも、実際に見て触れて食べる、というのは欠かせないことなので。

養老:効率の悪いことをしようってことですね。

吉田:これからも仕事と昆虫、どちらも接地点をしっかりと持ちながら、続けていきたいと思います。本日はありがとうございました。

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PROFILE

養老孟司

1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。1995年、東京大学医学部教授を退官し、同大学名誉教授に。著書に、『唯脳論』『身体の文学史』『人間科学』『バカの壁』『死の壁』ほか多数。『バカの壁』は460万部を超えるベストセラーとなり、2003年の新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。趣味は昆虫採集。現在は東南アジアを中心に昆虫の世界を探訪する日々を過ごしている。

養老孟司YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@yoro_takeshi

吉田誠

1990年、滋賀県生まれ。2014年に大学院を卒業後、双日に入社。会計部門、ロシア語の語学留学などを経て、現在はデジタル推進第二部に所属。会計システムやペーパーレス推進の業務に従事している。大学時代に農学部で食用昆虫をテーマに研究したことをきっかけに、研究者ネットワークの立ち上げメンバーとなり、食用昆虫科学研究会の設立に携わる。2018年よりNPO法人食用昆虫科学研究会の理事を兼業し、食用昆虫の普及活動をライフワークに。2023年4月には初めての著書『昆虫食のデマとリアル 燃え上がるコオロギ』を出版。きのこ狩り、ダイビング、釣り(ふぐ調理師免許も挑戦中)、多肉植物観察、ガジェット収集、国内外旅行、バレーボールなど、さまざまなアクティビティに取り組んでいる。

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