HomeArticle「ととのう」は生き方改革。 サウナブームの源流、タナカカツキが編み出した究極の発想メソッド 発想の入口

2023.05.18 UP

「ととのう」は生き方改革。
サウナブームの源流、タナカカツキが編み出した究極の発想メソッド
発想の入口

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生業として一本の軸を持ちながらも、ひとつの肩書きに縛られない生き方と豊かな発想でクリエイションを実践する人物へのインタビューコラム「発想の入口」。今回はサウナブームの火付け役として知られる、マンガ家のタナカカツキさんが登場します。自身のサウナ体験をユーモラスに描いた『サ道』はサウナーのバイブルとされ、「ととのう」はバズワードに。そんなサウナの人として知られるカツキさんは、カプセルトイ「コップのフチ子」の考案者、映像作家、構成作家など、多彩なクリエイターでもあります。肩書きの数に応じてユニークなアイデアをカタチにしてきたカツキさん。そのメカニズムには、サウナと幾つかの習慣が関わっていました。

Text&Edit _Shota Kato
Illustration_Katsuki Tanaka

修練してきたのは、アイデアとストーリーを形にすること

さまざまな肩書きを持つタナカカツキさん。そのキャリアの出発点はマンガ家です。そもそものスタートは10代の頃に遡ります。

「小学館に作品を送って新人漫画賞をいただいて、『週刊ビッグコミックスピリッツ』からデビューしました。ところがデビューした頃、私の興味はグラフィック表現に向いていたんですね。というのも、バブル期だった当時はいまよりも広告が元気だったんですよ。華やかなテレビCMを映画レベルの予算とクオリティでつくっていて、相当おもしろかった。それと比べると、マンガは自分の中では古いメディアだったので、マンガ家のデビューと同時にデザインを志して、京都精華大学のデザイン学部に進学しました」

大学卒業後には演劇役者としても活動し、劇団を主宰していた時期もありました。さらには、国民的バラエティ番組だった『笑っていいとも!』をはじめとするテレビ番組の構成ブレーンだった時代も。マンガ家でありながら、なぜ異分野で活動することができたのでしょうか。

「マンガの表現はまずストーリーを考えて、それを絵にします。自分はその絵の中の監督ですから、主人公になりきるわけです。いま思えば、映画監督の疑似体験のようなことをマンガの中でやっていて、幼少期からアイデアとストーリーを形にすることをずっと修練してきたんですね。なので、それに似たことはおおよそできるんです。

自分のことを俯瞰すると、たくさんのことをやりたくなった私は、いろいろなスキルを使って表現していくことを特殊だと思わなかったんですね。マンガだけをやってこなかった私の場合、『コップのフチ子』の印象が強い人にとってはカプセルトイの企画をしている人だと思われています。自分としてはすべてアイデアを形にする仕事ですけど、受け手によってイメージがまったく違うのがおもしろいですよね」

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カツキさんが原案を企画したカプセルトイ「コップのフチ子」。

かなり特殊な日本のサウナ観

多彩なカツキさんですが、近年はある分野の有識者として有名になりました。それは、サウナ。自身がサウナにハマっていく『サ道』の連載が人気を博し、書籍化やドラマ化などを経て定着していった「サウナの伝道師」としての知名度は、日本サウナ・スパ協会からサウナ大使と公認されるほどのものです。

「1993年から2008年くらいまでCGによる映像作品をつくっていました。すごく楽しくて、寝る間を惜しんでパソコンと向き合っていたら、身体の不調が続いたんですよ。その時にジムの延長線上でサウナに行ったのが最初です。当時のサウナは注目を集めていないどころかマイナスのイメージしか持たれていなかったと思います。サウナといえば、おじさん、汗だく、終電を逃してたどり着く場所というイメージ。当時は女性ユーザーが圧倒的に少なかったので、私も「サウナ」という言葉をタイトルに付けなかったんです。せめて『サ道』という形でお茶を濁して」

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『マンガ サ道』(全6巻 / 講談社)

『サ道』、その後の『マンガ サ道』をきっかけに、カツキさんが表現した「ととのう」は流行語になりました。いまでは女性サウナーも多く見かけますが、カツキさんはサウナが受け入れられた理由を次のように分析します。

「サウナがここまで注目されるようになったのは、働き方やライフスタイルが随分と変わったからでしょうね。リモートワークが根付いたいまは汗をかかない日もある。私は30数年も在宅デスクワーカーなので、みなさんが今やっているような生活を20代から実践してきたわけです。そのまま仕事していると体も心も蝕まれるし、それは人としてヤバいですよ。

サウナは座っているだけで汗をかけますから、血流も良くなり、自律神経も回復できて、手っ取り早い。私たちの生活は多くの情報に囲まれていて、手軽にアクセスできるどころか、勝手に入ってきます。そんな情報過多な日常はストレスにもなるでしょう。だからこそ、情報を一旦遮断するということに価値を見出す時代になったと思うんですよ。私にとってのそれがサウナだったという」

ひとつのマンガからアニメやキャラクターグッズなどが生まれるのはコンテンツビジネスの妙ですが、カツキさんの場合はユニークな一面があります。2022年12月にオープンした渋谷のサウナ施設「SAUNAS」の総合監修を務めることになったのです。SAUNASは豊富なサウナ室と水風呂のほか、ワークスペースや会議室などもある極上の「ととのい」空間。サウナによって脳がリセットされると意欲も立ち上がる。その場で思い浮かんだアイデアを忘れないうちに形にしてしまいたいというわけです。

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カツキさんが総合監修したSAUNAS。オープンエリアはワークスペースとしても利用できる。予約制の会議室は2部屋を用意。電源・Wi-Fiを完備している。

「実は日本って海外と比べてもサウナが多い国なんですよ。ゴルフ場、ジム、温泉地、銭湯、ホテルにもサウナがある。ただサウナ観が海外と大きく違うんです。海外ではサウナといえば健康美容法なので、海外のサウナは女性も多い。でも、日本のサウナは施設に付帯したレジャー感のあるものがほとんど。食事あり、リクライニングシートでくつろぎながらマンガを読み放題、テレビを見放題。それらは諸外国のサウナにはないんです。

それはなぜかというと、サウナとは本来、脳を休ませるための場所なんですね。レジャーとサウナをセットにするという日本のサウナ観は、角度を変えると独創的です。SAUNASにはテレビもマンガも湯船もないですし、もっと言えば、脳を休ませるために照明を薄暗くしていて、広告も注意書きの張り紙もないんです。日常から離脱するための施設だということはまだまだ伝わっていないので、Googleレビューで低評価とむちゃくちゃ文句を書かれることもありますけどね(笑)」

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心身を「休息」させるために施設内は目を労った照度設計に。バルト三国発祥のウィスキング*1やドイツ式のアウフグース*2など、世界のサウナ文化も体験できる。

*1 植物について専門的な知識を持つウィスキングマイスターによって、室内の温湿度を制御しつつ、ウィスク(心身への効能が期待される植物の束)を用い、身体に押し当てたり軽く叩いたりマッサージを行うサービス。
*2 熱したサウナストーンにアロマ水などをかけ、発生した蒸気をタオルなどで仰ぐドイツ式のサービス。

ごきげんにアイデアを出しましょう

肩書きが多いカツキさんはその数だけ発想が必要なクリエイターとも言えます。ジャンルもアウトプットの形もまったく違う。アイデアを閃くために大切にしていることを聞くと、「特別なことはしていませんよ」と至ってシンプルな答えが返ってきました。

「私が人よりも実践しているのは、とにかく多くのアイデアを出すことですね。自分の経験から、アイデアに質ってあまり重要ではないと思っているんですよ。アイデアがハマるのは、たまたま状況と環境が合致しただけであって。量があるからこそ、ビジネスの要望にハマるものがある。『とりあえず3案つくろう』ではなく、100個ぐらい考えて3つに絞っていく。おもしろくなくても、何個もメモしていくんですよ。

量を出すために心がけているのが、いつもアイデアを出したい気持ちでいること。生活スタイルや習慣として、それが癖になっている状態をつくりたい。心も体も不調なときって、アイデアを出そうと思っても何も思い浮かばないでしょう。だからこそ、いつも自分の調子を整えておく必要があって、そのためにもサウナに行っていて。まずは元気になる。そしたら、アイデアは勝手に出てきますから」

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双日は社員の中から実現したい発想を募集し、未来を見据えたユニークなアイデアを実現させる新規事業創出プロジェクト「発想×双日プロジェクト:Hassojitz(はっそうじつ)プロジェクト」に取り組んでいます。参加者は双日の多岐にわたる事業やネットワークを通して生まれた個人のアイデアを、ユニークなビジネスへ昇華させます。そこに共通しているのは、世の中を良くしたい、社会課題を解決したいという想いです。日常の出来事をコンテンツ化するカツキさんの原動力やモチベーションとは何でしょうか。

「私の動機を強いて挙げると、『楽しさ』なんです。なぜ人は動機やモチベーションを問いたくなるのかと考えると、『やらなきゃいけない』という使命感や義務感を前提に、仕事がそのための手続きになってしまっているのかもしれない。私は最初のマインドセットの時点で違和感を覚えるというか。

例えば、先日のWBCも結局伝わってくるものって、楽しさだったりするじゃないですか。そこに何億円、何兆円というお金が動くわけですよね。遊びがスポーツという文化になって、そこにお金が伴ってくる。遊びの部分を忘れないでいれば、熱量が伝播していくと思うんです。特別な何かはないと思うので、まずはごきげんにやりましょうよ、ということを伝えたいですね」

楽しさを軸にカツキさんが見据えているのは、いまを生きる人々の気持ちが向かう方向です。働き方改革やコロナ禍を通じて便利で効率的な面もあるリモートワークが定着しましたが、カツキさんは便利や効率とは違う方向で自分にできることを模索しています。

「世の中は勝手に便利になっていきます。じゃあ、私ができることって何かなと考えると、そういう便利で効率的な生活の中でいかに自然に触れる時間をつくることができるのか、ということなんです。サウナには自然体験のエッセンスが凝縮されています。なので、大都市にこそサウナが必要と考えて、渋谷にサウナ施設をつくることに参画しました。これからは『多少不便でも何か五感を満たしたい』という欲に価値が動いていくと思いますね」

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センスと才能を理由に夢や憧れを諦めない

マンガ家といえば夜型のイメージ。昔のカツキさんもそうでしたが、いまではなんと朝4時起床の超朝型生活を送っています。実際にcaravanの取材に関するメールの返信もほとんどが早朝で、夜に連絡が返ってきたことは一度もありません。

朝4時に起きては昼までにタスクを淡々とこなす。午後からはサウナに行き、気ままに過ごし、21時には就寝。自分に甘く、どこまでも快適を求めた末に辿り着いた独自のルーティンです。10代でマンガ家としてデビューして以来、やりたい仕事だけをこなしてきたカツキさんは、これまで培ってきたノウハウを最新作『今日はそんな日』の中や、母校の京都精華大学の客員教授として学生に向けて発信しています。

「私のマンガはいますぐみんなが興味を持つ内容ではないかもしれません。『今日はそんな日』は憧れや目標を現実化させるために自分の経験を織り交ぜて描いているんですが、『好きなことで生きていこう』と言っても、なかなか何から手を付けていいのか難しいでしょう。自分が憧れる職業、表現、ライフスタイルをどうやって現実に近づけていくか。学生のみなさんにも講義を通じてそのための技術を伝えています」

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『今日はそんな日』(BCCKS)

なりたい自分に出会うためのメソッド。カツキさんによると、まずは自分でも調子良すぎて笑ってしまうくらいに図々しい未来をできるだけ具体的にイメージすることから始めるといいます。

「特に20歳とかになると、『自分には無理だな』『才能やセンスがある人がやることだよな』『自分はこれを本当にしたいのだろうか』と思い込んでしまうことが多くなる。まずはその解きほぐしから始めます。無意識のストッパーを取り外すために、自分にとって都合のいい未来を書き出して、それをイメージすることを練習していくんです。逆に言えば、憧れをイメージできない力がついてしまっているわけです」

夢や目標を無理だと判断してしまうことは多くの人に当てはまる経験でしょう。カツキさんはそれを「センスとか才能という言葉を持ち出して、自分にはできないとジャッジしてしまう癖づけ」と言い換えます。

「自分がやってきたことは必ず何かの足がかりになるので、そこから日々こなせるメニューをつくっていくんです。まずはそれが何かを洗い出して、そこに到達するためには、自分は何をクリアすべきなのか。自分が主人公の人生すごろくをつくるみたいに、ゲーム感覚でいいと思うんです。有名なのは大谷翔平選手の目標達成シートですね。やるべきことを明文化して、日々のタスクメニューに落とし込むというやり方はスポーツ選手だけのことではなく、ビジネスの世界にも応用できるでしょうし、私たちが生きていくうえでも必要なスキルなんだと思います」

世の中には生き方や自己実現のメソッドはたくさんありますが、カツキさんが見つけた「習慣化の仕組み」は地道で多くの人が取り入れやすいもの。心と身体を喜ばせて、1日の中で決まったメニューをこなしていく。それが「ととのう」ための近道なのです。

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INFORMATION

Hassojitz

双日における「さらなる成長」を考え、未来構想力や戦略的思考を定着させるべく、2019年より始まった新規事業創出プロジェクト「発想×双日プロジェクト(通称:Hassojitz プロジェクト)」は2023年で4年目を迎える。本プロジェクトで外部有識者と経営陣による審査を通過した“発想”は”実現”にむけ進行中。

https://www.sojitz.com/jp/hasso/

PROFILE

タナカカツキ

1966年大阪生まれ。1985年マンガ家デビュー。サウナ愛好者のバイブルと呼ばれるほど⼈気の書籍『サ道』の原作者。2019年にはテレビ東京の「ドラマ25」で『マンガ サ道』がドラマ化され「ととのう」が流行語に。著書には『サ道』のほか、『オッス!トン子ちゃん』、天久聖一との共著『バカドリル』など。カプセルトイ「コップのフチ子」の考案者でもある。2022年12月にオープンした渋谷のサウナ施設「SAUNAS」の総合プロデューサーを務めている。公益社団法人日本サウナ・スパ協会公認のサウナ大使。

タナカカツキさん Webサイト
https://www.kaerucafe.com/

タナカカツキさん Twitter
https://twitter.com/ka2ki

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