HomeArticle建築家・起業家の谷尻誠が「ないもの」をつくり続けられる理由 発想の入口

2023.05.08 UP

建築家・起業家の谷尻誠が「ないもの」をつくり続けられる理由
発想の入口

27_img00.jpg

生業として一本の軸を持ちながらも、ひとつの肩書きに縛られない生き方と豊かな発想でクリエイションを実践する人物へのインタビューコラム「発想の入口」。今回は、建築家であり起業家でもある谷尻誠さんに、建築を起点に広がり続けるワークスタイルについて伺います。社会にないものはつくればいい。建築設計を軸にした多岐に渡るプロジェクトには、自分起点の「困りごと」が一貫していました。

Photograph_Masayuki Nakaya
Text_Rio Yamamoto
Edit_Shota Kato

なぜ、建築家が起業家に?

建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」(以下、SUPPOSE)の代表を務める谷尻誠さんは、SUPPOSE東京事務所の食堂を社会に開放した「社食堂」、建材や家具の検索サービス「TECTURE」、自然環境を生かしたネイチャーデベロップ事業を行う「DAICHI」など数々の法人の経営にも関わっています。建築+起業というスタイルを考え始めた背景には、こんな出会いがありました。

「このオフィスをつくった当時、Origamiという決済アプリをつくった会社の代表だった康井義貴くんから『谷尻さんってベンチャーですよね』って言われたんです。それまではベンチャーやスタートアップの視点はまったくなかった。だけど、今より少しでも日々をアップデートできるんじゃないかという発想自体はベンチャーと一緒なんだと気づいて。そこから建築家・起業家という肩書きに変えたんです」

27_img01.jpg

新しいビジネスをつくるといっても、SUPPOSE社内にそのための事業部を増やすのではなく、それぞれを独自に法人化していく。その理由にも谷尻さんらしさが滲んでいます。

「僕は立ち上げ補助をして、あとはサポートしながら必要なところだけをテコ入れするような関わり方にしています。あくまでも僕のメインの仕事は建築設計なので、それ以外の仕事は早起きして朝、もしくは仕事が終わってから夜に取り組んでいて。常に軸足はSUPPOSEに置いておきたいと思っています」

前述のプロジェクトに加え、谷尻さんが経営に携わる法人は、2023年1月に立ち上げた住宅ブランド「yado」、風景を活かした不動産活用を提案する「絶景不動産」、オンラインサロンの運営やプロデュース事業を展開する「社外取締役」など多岐にわたります。建築を軸にしながらも、それぞれのアウトプットはさまざま。すべてに共通するコンセプトはあるのでしょうか。

「一貫しているのは『ないからつくる』ということですね。自分の困りごとを解決してくれるものを探す。だけど見つからなかったり、あったとしてもシンパシーが合わないものだったりする。そうしたら、波長が合うものを自分でつくるしかない。そう思って立ち上げています。だって、自分が困っているということは、世の中でも確実に同じ困りごとを抱えた人がいるんだと思うんです」

27_img02.jpg
(上)"泊まるように暮らす"がコンセプトの住宅ブランドyado。(左下|Photography: Kenta Hasegawa)DAICHIでは新事業として会員制貸別荘サービスも開始。写真は千葉県にある「DAICHI ISUMI」。(右下|Photography: Tetsuya Ito)「社員+社会の食堂」をコンセプトとした社食堂。

自分はスペックが低い。だから外付けハードを強くする。

驚くべきポイントのひとつは、困りごとを発掘するだけでなく、さらに事業化までしてしまう行動力とスピード感。一体、どんなタイミングで困りごとが事業のアイデアに変わっていくのでしょうか?

「事業を考えるための時間は取っていなくて。たとえば僕は事務所に席を設けていないので、社内をうろうろしているんです。歩きながらスタッフのモニターを覗いてみたら、みんな検索ばかりしていた。たしかに、建材や家具を調べるのにメーカーを調べて、問い合わせて、資料取り寄せて......とやっていたら、仕事も夜遅くまでかかってしまいますよね。でも『それじゃあ、全然図面を描く時間がないじゃん!』と気づいたんです。時間の省略は仕事の質を上げることにも繋がる。それから企画書をつくって、知人に提案して、出資してもらって、建材や家具に特化した検索サービスTECTUREが立ち上がりました。資金調達まで4ヶ月くらいかな」

27_img03.jpg
TECTUREでは空間デザイン事例の検索、建材・家具の商品検索、メーカーへの問い合わせをワンストップに行える。空間デザインにおいて圧倒的な時間を占めている検索業務を一気に省略し、業務効率化を可能に。

企画を思いつくところから、企画書にまとめて資金を集めるまでに4ヶ月余り。建築を主軸に起業準備を進めるにしても、そのスピーディさは目を見張るものがあります。

「とにかく早く行動することは大事でしょうね。『できたらいいな』って言っている間はやらないと思うんです。せっかちな性格もあるけど、早くやれば、早く失敗を経験できたり、問題点を見つけられたりするじゃないですか。ネガティブなものを早く解決できる。何もやっていないのに『うまくいくかな』って考えるのは、進んでいないことと一緒ですから」

谷尻さんが複数のプロジェクトを同時進行させているように、双日は双日グループ社員から「実現したい発想(アイデア)」を募り、未来を見据えたユニークな発想をビジネス化させる「Hassojitz(はっそうじつ)コンテスト」を開催しています。事業化に取り組む発案者は従来の仕事との二足のわらじ。両輪で異なるプロジェクトを進めていくためのコツを教えてくれました。

「ごちゃ混ぜにすることですね。物事を意味があるかないかということで判断しがちですけど、ぼくは整理や区別したりしません。混ざることで、あるときに化学反応が起こる瞬間があるんですよ。まったく別のプロジェクトで、『あ、これってこういうことじゃん』って閃くことも多いですし。例え話ですけど、もしかしたら、星座は星の一つひとつに意味があったら星座にしなかったかもしれない。星と星を結んだから意味が生まれたんじゃないかなって。意味があったりなかったり、ごちゃ混ぜの中で点と点がつながっていくんだと思います」

27_img04.jpg

谷尻さんの起業にまつわる経緯を聞いていると、誰かとチームを組むメソッドに特徴があることもわかりました。

「僕一人で完結することはほとんどないですね。僕は基本的に自分のスペックが低いので、とにかくいろんなパートナーを外付けハードのように増やすようにしていて。過去に会ったことのある人たちに事業アイデアを相談しながら進めています。僕は『借脳(しゃくのう)』と呼んでいて、誰かの脳みそを借りるんです。自分だけで答えを出そうと思っていないというか。誰かの言葉で化学反応が起きてスイッチが入ることもありますよね。

TECTUREでいえば、テクノロジーのことをAR三兄弟の川田十夢さんに相談して。たまたまその隣に編集者の佐渡島庸平くんがいて、じゃあ3人で会社をつくるかという話になりました。さらに社長を誰にするかと考えたら、建築業界とオンラインプラットフォーム業界での経験もあるということで、前職を辞めようと思っていた山根脩平を説得して。TECTUREは新しいサービスのローンチも控えていて、これから5年でIPOを目指しています」


憧れのあの人からの返事

27_img05.jpg
一般開放された社食堂。その奥にはSUPPOSE DESIGN OFFICEのオフィスが繋がっている。

これだけパワフルに多種多様な事業を展開していると、SUPPOSEの設計スタッフにも他では得られない経験があるはず。実際に建築設計以外の仕事に関わることで本業への相乗効果があるようです。

「スタッフにも他の事業を手伝ってもらうこともあります。設計だけをやっていると世の中が見えなかったりするので、収益の上げ方を一緒に考えたりして。そもそも、SUPPOSEにご依頼いただくのは事業を行っている企業の方が多いんです。僕らが経営の深い部分まで対話できるようになったら、運営もわかった上で設計できる事務所になれるじゃないですか。それに、設計をやっているとプレゼン資料をキレイにつくれる(笑)。資料の中では建物をつくる土地の文脈を読み解いて、なぜこの形、色、材料なのかという理由を順序立てて伝えます。その一連の組み立てや美意識は、他のことにも活かしていけるんです」

日本の建築設計事務所といえば、建築家の名前を冠した屋号が通例でした。やがてSUPPOSEのような型にハマらない屋号の事務所が増えましたが、起業家を名乗る建築家は谷尻さんの他に類を見ないかもしれません。その既存の枠を越えるスタイルは言葉を軸にさまざまなアイデアを形にしている、ある人物からの影響もありました。

27_img06.jpg

「僕、糸井重里さんのことを尊敬しているんです。実は初めて本を出版したとき、糸井さんに対談を申し込んだんですよ。企画書も凝ったデザインにして、開けたくなるような切手の貼り方や封筒に工夫して、断れないような体裁で送ったんです。ところが返事がなかった(苦笑)。編集者からは『対談企画が成立しなかったからページをなくそう』と言われました。でも僕は『糸井さんから返事が来なかったから、いつか返事をもらった後の増刷のときにこのページが埋まる』ということで、本に空白のページを残すアイデアを出したんです。

建物のように経年変化で育つ本って世の中にない。だからこそ空白をあけて出版しました。それが本人の耳に入ったのか、まさか出版の1ヶ月後に糸井さんと会えることに。『あれ最高だよ!』と言っていただけて、本も増刷して対談も掲載できましたし、そこから糸井さんが代表を務める『ほぼ日』オフィスの設計の仕事にも繋がりました。もう、呪いですよね(笑)。転んでも、僕は前に転びますから」

転んでも前に進む。そのために、常に立ち止まって考え直すという谷尻さん。

「武田鉄矢さんが演じていた金八先生みたいだけど(笑)、『正』という字は『一度止まる』と書いて『正しい』じゃないですか。だから、周りが『やめよう』と言っても、本当にそうなのかな?と考えるようにしています」

今は人脈もお金も時間も、言い訳に使えない時代

20代後半でSUPPOSEを立ち上げた谷尻さん。それ以前も忙しい生活を送っていました。やりたいことを貪欲に実現する。そのためのアプローチは今に通ずるものがあります。

「若い頃は本気で遊んでいましたね。お金があまりにないので、設計事務所で働きながら、夜はびっくりドンキーでバイトしていたんですよ。当時熱中していた自転車のレースに出るために。設計事務所で働いて、夜中までバイトして、朝5時に起きたら山に行って自転車の練習をして。家に帰ってシャワーを浴びて設計事務所に出社という生活を繰り返していました。時間がなければつくればいいし、お金がないなら稼げばいい。これをやると決めたら、どうすれば実現できるかを考えるしかない。常にそういう発想なんですよね」

27_img07.jpg

今の時代だからこそ、若い世代にはチャンスが多い。そう熱く語る谷尻さんから自身の子どもへの驚くべき教育方針も明らかに。

「今はインターネットのおかげで、会いたい人に会える可能性は昔よりもあるし、資金だってクラウドファウンディングを使って集めることもできる。できない理由がない気がするんです。僕らの若い頃って人脈がない、お金がない、時間がないって散々言い訳ができたけど、今は言い訳ができない時代になっていますよね。やれる方法がたくさんある時代だからこそ羨ましいです。僕も息子に『早く起業するんだよ』って言っています。まだ8歳ですけど(笑)。

自分で生きていける人間になってほしいという想いは強いです。小学校を卒業して起業でもいいと思う。もう学歴だけで測る時代ではないじゃないですか。学歴で圧倒的優位性をとる人もいると思うけど、それに頼らず生きていける人になってほしいと思っています」

そんな思考をアップデートしていく谷尻さんが、今の時代を生きる20代だったら。「どんなことに挑戦したいですか?」という質問の答えにも、谷尻さんならではの発想が随所に見られます。

「ゼロからイチをつくりだすことをやりたいですね。建築家って、建物の設計はするけど誰かにつくってもらわないといけないし、建材も生産者がわからないものを使うこともある。それは農家の顔が見えない野菜を食べているのと同じことなんですよね。だから、自分で材料からつくって、自分の意思が明確に見える生き方を実践してみたいです」

27_img08.jpg

まだ世の中にない、新しい何かを生み出していく。まさにいま、地方を舞台に新たなプロジェクトをスタートさせたばかりです。

「実は自給自足の生活ができる場所がほしくて、北海道の美瑛に土地を共同購入したんです。本当はもっと小さい土地を買って、小屋を建てて釣りとスノボの拠点にしようと思っていました。でも、北海道にはそもそも小さな土地が少ないという(笑)。次の雪解けくらいから畑づくりもして、サウナもつくる予定です。ゆくゆくは6次産業*の生活をする老人ホームのような村をつくりたいと考えています」

ビジネスではなく遊びのために訪れた美瑛。現地に滞在するなかで気になった土地を手に入れました。SUPPOSEが建物を手掛け、パートナーたちとその場所に新しい何かをつくり育てていく。そうやって旅するように仕事の領域を広げていく谷尻さん。いまを積み重ね、自身の思考と価値観の更新を繰り返していく先に、どんな文化や景色がつくられていくのか。谷尻さんの発想を起点に生まれる未来が楽しみでなりません。

*農林漁業者(1次産業)が、農産物などの生産物の元々持っている価値をさらに高め、それによって農林漁業者の収入を向上していくこと

INFORMATION

Hassojitz

双日における「さらなる成長」を考え、未来構想力や戦略的思考を定着させるべく、2019年より始まった新規事業創出プロジェクト「発想×双日プロジェクト(通称:Hassojitz プロジェクト)」は2022年で4年目を迎える。本プロジェクトで外部有識者と経営陣による審査を通過した“発想”は”実現”にむけ進行中。

https://www.sojitz.com/jp/hasso/

PROFILE

(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

谷尻誠

1974年広島生まれ。2000年建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年「絶景不動産」「tecture」「社外取締役」「toha」「DAICHI」「yado」をはじめとする多分野で開業、事業と設計をブリッジさせて活動している。主な著書に『職業=谷尻誠』(エクスナレッジ)、『美しいノイズ』(主婦の友社)、『谷尻誠の建築的思考法』(日経アーキテクチュア)、『CHANGE-未来を変える、これからの働き方-』(エクスナレッジ)、『1000%の建築~僕は勘違いしながら生きてきた』(エクスナレッジ)、『談談妄想』(ハースト婦人画報社)。

SUPPOSE DESIGN OFFICE
https://suppose.jp/

谷尻誠さん Instagram
https://www.instagram.com/tanijirimakoto/

TECTURE
https://www.tecture.jp/

絶景不動産
https://zekkei.properties/

社外取締役
https://shagaitori.com/

DAICHI
https://daichijapan.jp/

yado
https://www.yadohouse.jp/

Share This

  • Twitter
  • Facebook

おすすめ記事