HomeArticle見えないことで見えてくるもの ──ブラインドサッカー<sup>®️</sup>に学ぶ、多様性時代の組織パフォーマンス術

2023.03.23 UP

見えないことで見えてくるもの
──ブラインドサッカー®️に学ぶ、多様性時代の組織パフォーマンス術

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2004年のアテネ・パラリンピックから正式種目に採用された、アイマスクを着用してプレーする視覚障がい者5人制競技・ブラインドサッカー(ブラサカ)を知っていますか? 日本では2022年より「LIGA.i ブラインドサッカートップリーグ」が開催。代表チームも世界大会で好成績を収め、競技熱は日増しに高まっています。それに伴って、視覚状態の程度や年齢・性別をも問わずただ言語・聴覚を頼りにスピーディなチームプレーを繰り広げるブラサカ特有のコミュニケーション能力は、ダイバーシティ&インクルージョンの観点からも注目を集めるように。今回、強豪・埼玉T.Wingsに所属する2人のスタープレーヤー、菊島宙(そら)選手&加藤健人選手と、ブラサカを支援している双日のサステナビリティ推進室専門部長、小林正幸とのトークセッションを実施。スポーツとビジネス、一見かけ離れた両者をつなぐ「目には見えないプレーグラウンド」とは。

Photograph_Wataru Yanase (UpperCrust)
Text_Hayato Narahara
Edit_Keisuke Tajiri

コミュニケーション・スポーツの"神聖"な魅力

――2022年12月〜2023年2月にかけて開催された日本選手権では、埼玉T.Wingsは惜しくも準決勝敗退でしたが、2022年はLIGA.iを優勝して見事初代王者になられました。男女別で行われている国際大会でも日本代表は好成績を収めていて(2023年1月時点で男子は世界4位、女子はドイツと並び1位。国内大会はすべて男女混成で開催)、ブラインドサッカー界全体が盛り上がってきていますよね。

加藤:そうですね。ただ、コロナ禍になってパラリンピックは無観客開催になりましたし、なかなかイベントをできない時期もあって、大変な時期でもありました。ですが、2020年パラリンピックが東京開催に決まってから、ブラインドサッカーを知ってもらう機会が増えてきているのは実感していますね。

菊島:自分がブラインドサッカーを始めた2012年くらいの時は、競技人口も少なかったんです。それが年々競技人口もチーム数もどんどん増えてきたので、これからももっと多くの人に知ってもらえるとうれしいですね。

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菊島選手、加藤選手

加藤:僕が始めた2004年くらいのころは片手ぐらいのチーム数しかなかったんですが、今は全国で31チームにまで増えているので、ここで満足せずにさらに盛り上げていきたいです。

――競技人口増加の先には、もっと多くのお客さんと熱狂する未来があるんじゃないかと。

加藤:そうですね。双日さんもそうですけど、スポンサー企業やブラインドサッカーを応援してくれる方々がどんどん増えているってことは、見てもらっている人には魅力がしっかり伝わっているのかなと思うので。

小林:ブラインドサッカーの魅力は実際に見てみないとわからないところもあるんです。私が初めて試合を見た時、そらちゃん(菊島選手)がドリブルで相手選手を股抜きしたんですよ! 目隠ししているのに、なんでそんなことができるんだろう?と頭がハテナでいっぱいになりましたね。初めて見る人はみんな「目が見えてるんじゃないの?」ってびっくりしますよ。あの股抜きはどうやってるの?って。

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小林正幸

菊島:身長の高いプレーヤーだったらこんな風に足を開くと感覚でわかっているので、その隙を狙っていく感じです。何回か一緒にプレーをしたことがある人だったら、相手の癖も頭に入れてプレーしていますね。

小林:なるほど。僕は元々静岡県出身でサッカー少年だったのもあって、ブラサカの試合を見るまでは正直、どんな試合になるんだろうと疑問もあったんです。でも試合を見て覆された。激しい接触プレーもあれば、組織的な戦術もある。ストライカーであるそらちゃんは男子選手のディフェンスをかいくぐって、スライディングしながらダイレクトボレーシュートで得点したりする。

ブラサカは目隠しをすることで、視覚障がいのあるなし問わず、性差さえも関係なく誰でもプレーできる"サッカー"なんですよね。どこか人としての本質や尊厳にさえ訴えかけてくるというか、インクルージョン社会そのものを表しているような神聖な魅力のあるスポーツだと実感しました。

加藤:ブラサカでは危険な接触プレーを避けるため、ディフェンスする時には「ボイ(Voy)!(スペイン語で、行くの意)」と叫んで、ボール保持者に知らせるルールがあります。わざわざ取りに行きますよと言ってから取りに行く。こっそり近づいてボールを奪ったりはしないんです(笑)。スポーツマンシップとコミュニケーションが大切にされているのは特徴的ですね。

――双日では、社内研修にもブラサカを取り入れているとか。

小林:ブラサカは目隠しをしていないキーパーと、相手ゴール裏にいるガイド、コート外にいる監督がプレーヤーに指示を出します。いざ体験してみると、「右!もっと右!」といった指示ではどうプレーしたらいいか全然わからないんですよ。相手の立場に立って、「右斜め3歩のところにボールがあるよ!」まで言わないと伝わらない。

仕事でも、伝えたつもりが伝わってなくてお互いフラストレーションをためてしまう、といったことがあったりしますよね。ブラサカ体験を通じて、相手の立場や状況を想像してコミュニケーションすることの難しさや重要性を体感して、みんなで共有することができるんです。

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転がるとシャカシャカと音が鳴る専用ボールでプレーされる

多様性という言葉は要らない?

加藤:実は日本ブラインドサッカー協会が注力していることのひとつに、企業研修や学校教育があります。学校向けのプログラムをスポ育と呼んでいるんですが、選手とファシリテーターがペアになって現場をまわるんです。僕も毎日のようにいろんな企業や学校に行っていた時期もあるんですが、その活動を通して自分自身も、ブラサカならではの視点が教育やチームビルディングに活用できるんだということに気づいて、選手としての意識や考え方が変わっていきましたね。

小林:組織の中にはいろんな個性を持った人がいて、得意なことも苦手なこともそれぞれ違いますよね。お子さんがいて受験真っ最中だったりとか、親御さんの介護をされていたりとか、抱えている事情もそれぞれ違ったりする。

双日が日本ブラインドサッカー協会とパートナーシップを締結したのは2018年だったんですが、当時はちょうどダイバーシティ経営を標榜し始めた時期でした。さまざまな個性や事情、バックボーンをもった人たちが、どうすればお互いを思いやりながら組織力を高めていけるか、というテーマはまさにブラサカに通ずるもの。コミュニケーションスキルだけでなく、ダイバーシティの本質をも学べると思っています。

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――埼玉T.Wingsをキャプテンとして牽引されている加藤選手は、アクサ生命の広報部社員という企業人でもありますよね。ブラサカとビジネス、それぞれを経験して気づいたことはありますか?

加藤:たとえばブラインドサッカーでは、視覚障がいのプレーヤーと晴眼または弱視のゴールキーパー、そしてガイド・監督が対等になって自然と混ざり合って成立しているんですね。一方で会社では、そうしたブラサカにある"当たり前"を誰もが持てているのか、疑問に思う場面もあります。法律で定められている障がい者雇用率を達成しているかどうか、というだけでひとえには計り知れないのかなと。

というのも、コミュニケーションの基本である、「お互いに言い合える関係性であるか」が大事だと思うんですね。たとえば配慮の気持ちでいろいろサポートしても、本当に相手がそのサポートを必要かどうかってわからない。

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加藤:自分を含め障がいを持っている人も、自分には何ができて何ができないのか、そして何をやりたいのかを積極的に伝えることは大切だと思います。それがないと、そもそも上司は仕事が振れないし、同僚も連携に困ってしまう。

小林:自分を知ってもらう努力も大切ですよね。寛容性とか思いやりって、相手の個性や事情を知ることで生まれてくるものだと思うから。お互いを知って言い合えるぐらいになって、ようやく多様性が活きてくる。

加藤:そうですよね。それが当たり前になれば、多様性という言葉自体も必要なくなるはずなんです。みんなそもそも違う人なんだから。多様性を強調しすぎてしまうと、障がいの有無や性別、国籍などの存在感が改めて強調されてしまったりするので。

壁を乗り越えるために大切なこと

――相手から否定されたり拒絶されてしまうかも、という怖さで自分から一歩踏み出せない人もいるかと思います。菊島選手も、加藤選手の一言で変われたそうですね。

菊島:埼玉T.Wingsに入ったばかりのころは、まだ思うまま自由に動けてなくて。でもある試合で、チームを引っ張ってくれているカトケン(加藤選手)が怪我で交代してしまって、「そら、あとは頼んだよ」って言われたんです。といっても、すぐにテーピングしていたし、ピンチになったら出てきてくれるんだろうと思っていて。でも何点取られても出てこない(笑)。

え〜〜!やばいやばい!と焦りながらも、頼まれたからにはなんとかしなきゃって。そこで怖さを取っ払えたと思います。

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加藤:当時はまだ女子選手も数人しかいなくて、実は僕自身もまだ女子選手とプレーすることに慣れてなかったんですね。思い切り当たりにくいな、とか。でも練習中のそらを見ていると、本当にすごいプレーをしていて。実際先程の試合以降は次々得点を獲り、大会でも得点王になるようなものすごい活躍をし始めたんです。そのあたりから、協会も注力してくれたり、そらに憧れてブラサカを始める女子選手とかも増えてきて。気づいたら男女混成への違和感はすっかりなくなっていましたね。

――菊島選手が「ブラサカ界のメッシ」と呼ばれるほどのプレーヤーになるのも、きっかけが必要だったんですね。

加藤:正直そらのおかげで、日本のブラサカのレベルが上がっている部分もあると思います。相手も、どうすれば菊島宙を止められるか、と対策を立てるようになってきて。そしたら今度はそらが、そのディフェンスを攻略するためにもっと上手くなる。数字とか目に見える形ではないかもしれないけど、日本代表の躍進にもつながっていると思いますね。

小林:カトケンの一言でそらちゃんが変わって、そらちゃんのプレーで今度はカトケンの「女子選手だからやりにくい」というアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が解消されたということだよね。"思い込み"がダイバーシティを阻害する要因だったりするので、それを乗り越えるにはやっぱり信頼関係を構築することが大事だなと感じました。

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小林:ブラインドサッカーといえば声のコミュニケーションも特徴的ですけど、メールやLINE、SNSなどテキストでのやり取りが増えている中で、声の情報量がいかに豊富かというのもすごく実感するんですよ。声の感じで相手の心境を読み取ったりするでしょ?

菊島:そうですね、「ボイ!」の感じだけでも、まだまだ余裕そうだなとか、もうこの選手は疲れてそうだから仕掛けてみようかなとか。自分自身でも使い分けたりします。

加藤:声って、大きさや言うタイミングによって、言葉の内容以上のものを伝えられますよね。たとえばゴールキーパーが「カトケン行け!」というのは「まだそこまで危険性はないけど、一応チェックに行って」という感じかもしれないけど、「カトケン行け!!!」だったら、「危険だから今すぐ防いで!」ということかもしれない。同じ言葉でも、言い方とタイミングでまったく別の意味になったりしますよね。言い方ひとつで、相手が変わったり、自分が変わったり。

小林:だからこそ、気軽に声をかけたり、かけてもらえたりする関係性づくりは大切なんです。それが上司と部下であれば組織力に、取引先や組織外の人とであれば思いがけないビジネスチャンスになったりする。一歩踏み出す勇気だったり、ふと行き詰まった時の突破口というのも、そういう関係性の中から生まれてくるんだと思います。

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小林:そういう意味でも、この間カトケンが出演してたブラサカ協会のYouTubeチャンネルはすごく良かった! ブラサカのレジェンドのひとりであるカトケンが、恋バナとか、オシャレの話とかたくさんしててね。視覚障がい者へのアンコンシャスバイアス解消にもすごく良いと思うな。そらちゃんは何か、ブラサカ以外でやってみたいこととかあるの?

菊島:アニメが好きなので、声優やってみたいなと思ったりしたことはあったかも。でもまずは、8月にイギリスのバーミンガムで世界選手権が開催されるので、そこに向けて頑張っていきたいですね。

加藤:僕もチームメイトとして、そらがこの先どんなプレーをしていくのか本当に楽しみですよ。いまや世界的にも影響力があるプレーヤーなので、女子選手が増えたらパラリンピックに女子ブラインドサッカーができるかもしれないし(※パラリンピック正式種目名はブラインドフットボール。現在は男子の種目のみ)、お客さんももっと増えていくかもしれない。

小林:カトケンはいま、サッカーの指導者ライセンス資格を取得したりもしているんだよね?

加藤:そうですね、視覚障がい者のライセンス取得はあまり前例がないみたいなんです。でもブラインドサッカーを通じてわかったことなんですが、目隠しをしてボールタッチすることって、サッカーの技術力やバランス力もすごく向上するんですよ。

小林:なるほど! 実は双日も新しい取り組みとして、2022年11月に、ブラインドサッカー男子日本代表強化指定選手の後藤将起選手を双日シェアードサービスに社員として迎えたところなんです。日本選手権では得点王にもなった選手で、目標のために頑張る姿勢に、双日社員もよい刺激を受けています。これからもブラサカとのパートナーシップを大切にしていきたいですね。

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PROFILE

菊島宙

2002年生まれ、東京都出身。ブラインドサッカー女子日本代表強化指定選手。先天性神経障がいと先天性黄斑低形成の合併症により両眼が弱視(眼鏡やコンタクトレンズで視力矯正ができない)。小学校2年生からサッカーを始め、4年生の時にブラインドサッカーと出会い、中学1年生で埼玉T.Wingsに所属。2017年〜2019年のブラインドサッカー日本選手権で3大会連続の最多得点選手に。2017年に発足したブラインドサッカー女子日本代表チームのメンバーに選出され、以降数々の大会で最多得点をマークしている。直近2022年のアジア・オセアニア選手権でも優勝、得点を量産し最優秀選手賞を獲得。また、2022年7月に開設されたLIGA.iでは、埼玉T.Wingsで見事初代王者に輝き、得点王と最優秀選手賞を獲得した。

加藤健人

1985年生まれ、福島県出身。元ブラインドサッカー日本代表。小学3年生の時にサッカーを始める。高校生の頃からレーベル病という遺伝性の病により、徐々に視力が低下。ブラインドサッカーを始めて3年ほど経った2007年に日本代表に初選出され、以降は2021年まで14年連続で日本代表強化指定選手に選出され続けた。現在はアクサ生命の広報部に所属し勤務しながら、埼玉T.Wingsのキャプテンとしてプレー中。LIGA.iで初代王者に輝き、優勝を決する最終節でPlayer of the Matchに選出される。また、全国の盲学校を訪問する「カトケンプロジェクト」を立ち上げ、自身がモットーとして掲げる"始めなければ始まらない"という言葉を子どもたちへ伝える活動に力を注いでいる。

小林正幸

サステナビリティ推進室専門部長。化学品営業、ニューヨーク駐在、広報部制作課長を経て2019年より現職。最近では双日の歴史マンガ「未来を創造した先駆者たち」制作なども担当。「自分の中のダイバーシティが新たな出会いとイノベーションを促進し、新たな発想(Hassojitz)を生む」と考え、ブラサカ、歴史、マンガ、海ごみ、地方創生などさまざまな分野へ積極的に見聞し、自らの職域へつなげている。

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