2023.03.31 UP
コロナ禍によって閉ざされた世界への扉が開きつつあるいま、人々は旅の機会を心の底から求めている。世界中に存在する私たちがまだ見ぬヒト・モノ・コト。多様な文化、自然が生んだ神秘的な美しさ、ある土地だけに受け継がれている催しなど、旅は私たちに多くの驚きと発見を与え、好奇心をかき立ててくれる。世界を旅する写真家たちが捉える世界の日常と非日常。第1回目は『奇界遺産』シリーズで知られる佐藤健寿さんによるタイの振れ幅と混沌の記録です。
Text / Photography_Kenji Sato
Edit_Shota Kato
2020年初頭に始まったコロナ禍が世界的にはようやく一区切りを迎え、徐々にではあるが、また旅することができるようになってきた。アジア数カ国では依然、厳しい状況が続いているが、世界有数の観光国であるタイは、アジアの中でも早々に入国制限の解除に踏み切った。かくいう私も2022年7月、雑誌の撮影で約2年ぶりにタイを訪れて各地を回った。久しぶりにバンコクの街に降り立ったとき、もっと感動するものかと思っていたが、街はすでにあまりにも正常運転で、拍子抜けした。コロナ禍の時期は海外の光景が遠い記憶のようだったが、いざ訪れてみればむしろこの二年間が幻だったように、すぐに旅の空気感に馴染んだ。もっともそう感じられたのは、これが自分にとって馴染み深い、タイだったからかもしれない。
思い返せば学生の頃、はじめて一人旅らしいことをしたのもタイだった。当時はバックパッカーのようないでたちで、人並みにカオサン通りや観光地のような場所を巡っては、はじめて見る東南アジアの喧騒に感動した。それからほぼ毎年、タイを訪れては各地を巡り、あちこちにあるユニークな文化や奇妙なものを撮影してきた。有名無名の寺院から、タイ各地にある奇妙な地獄寺、離島で行われる夜通しのパーティーから、山岳部の小村で行われる不思議な奇祭。国境に暮らすプリミティブな暮らしをする少数民族、そしてそれら全てを集約したような破壊的なバンコクの喧騒。あまりにも多面的であり、おそらく何度訪れようとも撮りきれるものではない。
以前、タイ人の友達から、タイは過去、東南アジア諸国の中で唯一、列強にも日本にも占領されなかった国なのだと言われたことがある。それはタイ人の要領の良さと寛容さの結果で、つまりいつもうまくバランスをとってきたからだと。それが本当かどうかはわからないが、確かにタイはアジアの中で、あるいは西欧に対しても、いつもどこかひょうひょうとしている。刺激を求めてアジアを旅する欧米人が圧倒されるほどの刺激を提供するのはアジアではタイくらいだろう。刺激の供給が需要を上回っているのだ。しかしタイがすごいのは、そうして生じる混沌が、まるで混乱を意味しないことだ。混乱というのは混沌が飽和して崩壊した時に生じる。しかしタイの人々はまるで自然を無為に受け入れるように、混沌とする街の光景を受け入れているように見える。だから人々は、混乱してはない。その不思議なバランス感覚がどこからくるのかわからないが、これは世界のどこかにありそうで、見ることがない景色だ。
この二十数年、バンコクでは大きなショッピングセンターが立ち並び、街の様相もはじめて訪れたときと比べればだいぶ様変わりした。しかし一度路地に目をやれば、そこにはまだ昔見たままの人々の営みがあって、その本質はまるで変わっていないように思える。生物の細胞が常に生成変化して生まれ変わるように、タイはずっと変化の途上であり続けている。人々はその激しい変化を、泰然と受け入れる。ゆえにタイはいつ訪れても新鮮で、魅惑的なのだろう。
双日は世界中で事業を展開し、各地に拠点を構えています。タイでは、高度化成肥料製造・販売、現代自動車販売、各種工業用フェノール樹脂の製造・販売、業務用食品製造・卸売事業などを展開。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)
佐藤健寿
写真家。写真集『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)ほか『世界』(朝日新聞出版)他著書多数。TBS系「クレイジージャーニー」ほかメディアに出演。『佐藤健寿展 奇界 / 世界』が巡回中。
佐藤健寿さん Instagram
https://www.instagram.com/x51/
佐藤健寿展 奇界 / 世界 公式サイト
https://kenjisato.exhibit.jp/