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2026.03.27 UP

意味は後から立ち上がる。
キリン博士・郡司芽久の時間軸

article_52_img01.webpそれは何の役に立つのか。
そんなことに時間を使っていいのか。
何かを始めようとするたび、有用性を問われ、あるいは自問を求められる時代を私たちは生きています。
しかし、「キリン博士」と呼ばれる解剖学者、郡司芽久さんの歩みは、少し違ったものの見方を授けてくれるかもしれません。

Text_Interview_Keigo Kawasaki
Photograph_Kimi Takeuchi

あるはずのない「8番目の首の骨」

“誰もが知っているあたりまえの知識は、かつて誰かが自身の一生を捧げて明らかにした発見である。(著書『キリンのひづめ、ヒトの指』より)”

哺乳類の首の骨の数は7つ。ヒトも、クジラも、そして首の長いキリンも例外ではない——。長らくそう考えられてきました。

郡司さんが26歳の時に発表した研究論文は、この常識を覆すものでした。解剖学上の分類で“第一胸椎”と呼ばれる骨があります。他の哺乳類では、肋骨や靱帯とつながっているためほとんど可動性はありません。

しかし、郡司さんは解剖によって、キリンの第一胸椎が首の骨と連動していることを明らかにしました。それはあるはずのない“8番目の首の骨”の発見でした。

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キリンの首について説明する郡司さん。左手で抱えているのが“8番目の首の骨”

キリンはこの骨格構造によって高い木の葉を食べるだけでなく、低い位置の水にも無理なく口を伸ばすことができます。首の長さだけでは説明できなかった、キリンのしなやかな動きの理由を解剖学的に示すものでした。

この研究は2017年、優秀な大学院博士課程の学生を顕彰・支援する「日本学術振興会育志賞」を受賞しました。郡司さんは以来、「キリン博士」と呼ばれています。

一生楽しめる仕事をしたい

“自分の力ではどうしても変えられないことは、きっと世の中にたくさんある。大事なのは、壁にぶつかったそのときに、手持ちのカードを駆使してどうやって道を切り開いていくかだ。(著書『キリン解剖記』より)”

1989年に東京都で生まれた郡司さんは、幼い頃から生き物が好きでした。中でもキリンが一番のお気に入りで、動物園に行くたび、キリン舎にかじりついていたと言います。

「大きくなってからもテレビの動物番組を見たり、動物園に通ったりしていました。高校生のころは、海外の国立公園でレンジャーと呼ばれる自然保護官か動物園の獣医になろうと思っていました」

研究の道を志したのは、東京大学に入学した直後のことです。友人に誘われてのぞいた生命科学のシンポジウムで、自身の研究について楽しそうに語る登壇者を見かけました。

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「自分もあの人のように、一生楽しめることを仕事にしたい」と、動物の研究者になることを心に決めました。では、何を研究対象とするか――。自分に問いかけた時に思い出したのが、幼いころに大好きだった、凜としたキリンのたたずまいだったと言います。

キリンの解剖と3年越しの成果

“病理解剖学が「死の理由」を探る学問ならば、比較解剖学は体に刻まれた「生きる仕組み」を探る学問だ。(著書『キリンのひづめ、ヒトの指』より)”

動物の研究は分子生物学や行動学、生態学など、さまざまな専攻に分かれています。その中で、郡司さんが解剖の道を選んだのは偶然でした。大学1年の後期に入ったゼミで、キリンを解剖する機会に巡りあったことがきっかけです。

「最初に解剖したキリンの名前は夏子でした。神戸市立王子動物園で飼育されていた26歳のメスです」

以来、郡司さんはキリンの身体構造に強く惹かれていきました。解剖台の前に立ち、メスを握るたびに「この筋肉はなぜここにつき、この骨はどうしてこんな形をしているのだろう」と、新たな問いが増えていきました。

「最初はアフリカに行って、キリンの生態を研究するフィールドワークをしたいと思っていました。でも結局、解剖学を選んだのは、『若い研究者のために』という本の影響があったのだと思います。

本の中に“誰かがやりそうだと思う研究は手放しなさい。自分以外はやらないと思うことをあなたの仕事にしなさい”という趣旨の一節がありました。キリンのフィールドワークは誰かがやるだろう。でもキリンの解剖をするのは私しかいない、と思ったんです」

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キリンとのツーショット(左)とキリンのぬいぐるみで遊ぶ1歳半ごろの郡司さん(右)

キリンの首の骨に着目したのは、博士論文のテーマを探していた頃です。関連する論文を読み進めるなかで、「キリンの胸椎は動くのではないか」という着想を得たと言います。

ただ、研究は簡単には進みませんでした。動物園からキリンの検体を運ぶにはトラックでの輸送が必要になります。体の大きなキリンはそのままの状態では運べず、胸椎を動かす可能性のある筋肉にも傷がついてしまいます。これでは、胸椎が本当に動くのかを確かめることができません。

そこで郡司さんは、一体のまま運べる幼体をCTスキャンにかけたり、成体の運搬方法を工夫したりしながら検証を重ねていきました。そうした試行錯誤の末に、胸椎が実際に動いていることを実証していきます。“8番目の首の骨”の存在を明らかにした論文が世に出たのは、着想から3年後の2016年のことでした。

何の役に立つのかという問い

“いちばんでなくても、効率的でなくても、その動物自身が生きている世界でなんとかやっていけるのならば、それでいいのだ。(著書『キリンのひづめ、ヒトの指』より)”

郡司さんには、幾度となく向けられる問いがあります。それは「この研究は何の役に立つのですか」という問いかけです。

自然科学の目的は“真理の探究”であり、役に立つかどうかは関係ない――。それが教科書的な答えです。

しかし郡司さんは、そう答える代わりに“博物館の「三つの無」”という考え方を引き合いに出します。

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「三つの無」とは、“無目的、無制限、無計画”のことです。今の価値基準で判断するのではなく、あえて“無目的、無制限、無計画”に残せるものは残していく。今すぐ役に立つかどうかではなく、“未来の誰か”に選択肢を手渡す、というのが博物館を末永く維持していく上で大切な理念だと言います。

かつて日本に生息していたニホンオオカミは、十分な記録や標本が残されないまま姿を消しました。その結果、私たちは今、その生態や役割について考え直すための選択肢をほとんど持っていません。残さなかったことで、問いを立て直す余地そのものが失われてしまった例です。

解剖の傍らで骨格標本づくりを手伝っていた学生時代、郡司さんはこの「三つの無」を負担に感じたこともあったといいます。自分の研究とは直接関係のない作業に時間を取られ、「なぜ今、これをやらなければならないのか」と思うこともありました。

しかし、研究を続けるうちに、先人たちが残した標本や論文が、自分の研究の土台になっていることに思い至ったと言います。

「だから、“この研究はいったい何の役に立つのか”という問いに、今ここで答えが出なくてもいいと思っています。それは未来の誰かが見つけてくれることです」

“やらなくていいこと”の積み重ねがあなたをつくる

“「これ以上成長できない」という状態になってしまっても、リセットしてまた一から作り直せばいい。多少の無駄があっても、いきていけるならば関係ない。そんな泥臭い進化のかたちが、私はとても好きだ。(著書『キリンのひづめ、ヒトの指』より)”

“一生楽しめること”を仕事にした郡司さんの歩みは、一見すると挫折とは無縁に思えます。インタビューでそのことを問うと、次のように答えてくれました。

「私はこれまで30頭以上のキリンを解剖してきました。それぞれの名前や愛称、どこで生まれ、どこで育ったのかをすべて覚えています。

また、くじけそうになることもありますが、決して“折れてはならない”と思っています。自分の口から“挫折”という言葉を発してはならない――そう心に決めています。それは生き物の生命を扱う者としての責務だと思っています」

ただ、郡司さんにも研究がうまくいかず、投げ出したくなる時もありました。引きこもるような日々もあったと言います。どうやって乗り越えてきたのでしょうか。

「打たれ強さって、鍛えられるものだと思うんです。それはタフになるということではなくて、どう打たれたら自分は弱いのかを知ることだと思います。そして、危ないと思ったら迷わずに休むこと。

動物もストレスにさらされて、メンタルが弱ることもあります。でも、休むのがうまいんですよ。休めるときに体を回復させていますね」

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東洋大学にある郡司さんの研究室の看板(左)と研究室の学生と話す郡司さん(右)

疲れたら休めばいいし、何が違うことをして気を紛らわせばいい。

「私は“やらなくていいこと”をどれだけやってきたかが、その人の個性やオリジナリティ、アイデンティティのようなものを育んでいくのだと思っています。だから、SNSを見過ぎて後悔してしまう、そんな日があってもいいと思いますよ」

未来の誰かがみつけてくれる

“「進化」という言葉は、一般的には「発展していく、アップグレードされる」という意味で使われるが、専門用語としては「時間をかけて変わっていく」だけの話。時系列に沿ってゆっくり、少しずつ形や行動を変えていく。そこにはプラスもマイナスもない。”

2018年。郡司さんはSNSで1通のダイレクトメールを受け取りました。相手はロボティクスの研究者で、内容は共同研究の誘いでした。

生物学の知見は、しばしば工学の分野で応用されてきました。空気抵抗を減らす新幹線の流線型は、水に飛び込むカワセミのフォルムから着想を得たものです。内容物が付着しにくいヨーグルトのフタには、ハスの葉が水をはじくロータス効果が応用されています。

郡司さんもまた、解剖学の知見を生かし、動物の骨格構造をロボットの開発に応用する研究に携わっています。

「何の役に立つのか」と言われてきた郡司さんの研究が“未来の誰か”に見つけてもらう日も、そう遠くないのかもしれません。

今は答えが出なくてもいい。
意味は後から立ち上がる――。

郡司さんが生きる時間軸は、私たちにそんなメッセージを伝えているようです。

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PROFILE

(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

郡司芽久

解剖学者/東洋大学助教

1989年東京都生まれ。キリンの骨格構造を専門とし、第一胸椎が首の骨と連動して動くことを示した研究で「8番目の首の骨」を発見。2017年、日本学術振興会育志賞受賞。著書に『キリン解剖記』『キリンのひづめ、ヒトの指』。

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