HomeSpecial見えないものを、確かめに行く。 文化人類学者・大川内直子が探る「本当に必要なもの」

Vol.04

掘 / ふかぼる

2026.10.09 UP

見えないものを、確かめに行く。
文化人類学者・大川内直子が探る「本当に必要なもの」

article_62_img01.webp人は何を求め、何を「普通」だと思って生きているのか。
文化人類学者の大川内直子さんは、そんな問いを手がかりに人間や社会の仕組みを読み解いていきます。

人を観察することで見えてくる、人間の価値観やその奥にあるもの。そこから、いいアイデアはどう生まれるのか。そして、自らの人生に「正解」を求め続けた大川内さんは、何を見つけたのか。

文化人類学者として、一人の人間として考え続ける、大川内さんの思考をたどります。

Text_Interview_Rika Naganohara
Photograph_Kimi Takeuchi
Edit_Takahiro Kato

すべてを知れば、正しく生きられると思っていた

“人間そのものには、ほとんど興味がなかった。”

「肉体が煩わしかったんです。できれば、記憶だけの存在になりたかった」

文化人類学者の大川内直子さんは、かつて本気でそう考えていました。

人はなぜ、生まれるたびにゼロから学び直さなければならないのか。親が獲得した知識や経験を、その子どもがもう一度、一から身につけていくのはあまりに非効率ではないか。

「生まれた時点で脳に電極を挿して、親の親、そのまた親の知識を全部インストールしたところから始めないと、効率が悪すぎるとも思っていました」

すべての知識を手に入れ、正しい選択を重ねていけば人生はうまくいく――。そんな “頭脳偏重”で生きてきたといいます。

その片鱗は幼いころからありました。3歳ごろ、ヨーロッパの酸性雨被害を伝えるビデオを見て衝撃を受けます。

「その映像は今も鮮明に覚えています。人間の経済活動によって地球環境が汚染されていくことに強い危機感を抱きました」

小学生になると自分でpH試薬を買い、町のあちこちに瓶を置いて雨水を採取。雨が降るたびに酸性度を測る調査を中学生になるまで続けます。

article_62_img02.webp
田舎で「神童」扱いだったという幼少期

それほど人間が引き起こす問題には敏感だった一方で、人間そのものにはほとんど関心がありませんでした。

「人間嫌いというより、そもそも興味がなかったんです」

できるだけ人間の手に汚染されていない場所で、動物と暮らしたい。そう考え、憧れたのがアフリカでした。

ところがその大川内さんが、やがて人間をつぶさに観察するようになります。

その入り口となったのが、文化人類学です。

「進むべき運命の分野」を探していた

“学問そのものより、この人と研究したいと思った。”

アフリカで動物を研究したい。そんな思いを抱きながら東大の理科二類に進みましたが、解剖の授業で、生きている動物にどうしてもメスを入れられませんでした。

「それならば、メスを使わずにアフリカへ行ける研究分野にしようと」

そうして行き着いたのが文化人類学です。

当時の大川内さんは、最も才能を発揮できる“進むべき運命の分野”がどこかにあると考えていました。ただ、自分にとってそれが何なのかは分からない。文化人類学も、確信があって選んだわけではありませんでした。

しかも実際に学び始めると、その研究手法に疑問を抱くようになります。理系出身の大川内さんには、再現性もなく、追試もできないことがどうにも腑に落ちません。

「本当にこれが学問と言えるんだろうか、とずっと懐疑的に見ていました」

article_62_img03.webp
大川内さんが調査で使用したノート。文化人類学ではホリスティック(総体的)な視点を重視する。
インタビューでも決まった質問にとらわれず、相手の話を広げながら多角的に考察していく

そんな中で出会ったのが指導教官です。ゼミでは喧嘩をするように議論を重ね、若いころに書かれた論文にも引き込まれる。もっと議論したい、この人と研究してみたい。そう思わせる相手でした。

「人類学そのものより、この人と研究することが面白そうだと思ったんです」

一方で、文化人類学を選んだ背景には別の思いもありました。

「ビジネスから一番遠い研究をしたいと思っていました。就職したら、役に立つ仕事ばかりさせられるだろう。大学にいる間くらい、一番お金にならなそうなことをやろうと思っていたんです」

ところが、一番お金にならないと思って選んだ学問が、やがて仕事へとつながっていきます。

研究者になるより、研究者が生きる場所をつくりたかった

“足りないのは、「お金」と「組織」の知識だった。”

大学院時代、世界的なIT企業から文化人類学の手法を使った調査の仕事が舞い込みます。テーマは、日本の若者の暮らしにスマートフォンがどう入り込んでいるのか。実際に人の生活に入り、その様子を観察するというものでした。

article_62_img04.webp

「データで全部わかりそうな会社ですら、人類学者に人の家へ行かせる。不思議でしたが、面白いと思いました」

データを豊富に持つ企業でさえ、現場へ行かなければ分からないことがある。それなら、ほかの企業にはもっと分からないことがあるのではないか。文化人類学をビジネスに生かせる可能性を、初めて意識するようになります。

一方、研究者としては、日本学術振興会が優れた若手研究者を選抜する「DC1」に採用されていました。博士課程で3年間、研究に専念するための支援を受けられる制度です。

しかし、大川内さんはその採用を辞退します。

「人類学の博士課程は早くて5年、長ければ10年以上かかる。DC1の支援は3年間です。その先も研究を続ける体力と好奇心が自分にあるのか、怖くなりました」

身近には、非常勤講師やアルバイトを掛け持ちしながら研究を続ける先輩たちがいました。研究に打ち込みながら、生活のために別の仕事も抱える。その姿を見て、大川内さんは別の可能性を考えます。

「研究とは別の仕事で生活を支えるのではなく、自分たちが培ったスキルを生かしながら収入も得られる。そんな場所をつくったほうが意味があるんじゃないかと思ったんです」

DC1の辞退には指導教官も激怒し、メールや電話で厳しく反対したといいます。それでも大川内さんの決断は変わりませんでした。

では、その場所をつくるために自分には何が足りないのか。

article_62_img05.webp
大学院の修了式にて。文化人類学研究室のある駒場キャンパスで、木村忠政先生から学位記を受け取った

学部時代、友人たちと会社を立ち上げた際、人や組織を動かす難しさを初めて知りました。それまでは、人は理性的に依頼すれば、その意図を理解して動くものだと思っていた。ところが「やる」と言ったのにやらない人がいる。

組織がどう動き、意思決定がどうなされるのかも分からない。お金の知識もない。必要なのは、“お金”と“組織”を知ること。

そう考えて選んだのが、銀行でした。

いいアイデアは、ひねらない

“見逃さないのは、思い描いた「普通」と現実とのずれ。”

銀行で待っていたのは、大学院とはまるで違う世界でした。規律の取れた組織の中を、人々が分刻みで動いていく。その光景が面白く、大川内さんは仕事の傍ら、周囲の人々を観察していました。

「『皆さんって変ですよね』なんて言っていたら、『俺たちのこと、観察対象の動物だと思ってないか?』と返されたこともありました」

企業の資金調達を支える高度なファイナンスを学ぶ一方で、合理性だけでは動かない人間関係や組織の意思決定も目の当たりにします。人とお金が動き、企業が成り立っていく。その仕組みを組織の内側から学んだ3年間でした。

銀行を退職後、2018年に「アイデアファンド」を設立。かつて思い描いた、研究者が培ったスキルを生かしながら収入も得られる場所を目指しての起業でした。

現在は、文化人類学の手法を生かした調査を通じ、企業の商品開発や組織づくりなどを支援しています。その仕事で大川内さんが重視するのは、アイデアを“ひねらない”こと。

「本当に必要なものを、まっすぐ出す。それが一番いいアイデアなんです」

“もうひとひねり”と何かを足したり、別のものと組み合わせたりすれば、新しいアイデアはいくらでもつくれる。でも、新しいアイデアといいアイデアは違う。その“本当に必要なもの”を見つけるのが、観察です。

例えば缶チューハイの商品開発なら、好みを調査するだけでなく、実際に暮らしの中に入り、その人がいつ、どんなふうに手に取るのか、その人にとって缶チューハイとは何なのかまで探っていきます。

article_62_img06.webp
食品メーカーとの調理に関する調査。
育児を一人で担う家庭を訪れ、観察だけでなく調理や子育てにも参加しながら、家事や日々の暮らしの実態を探っていく

「先入観をなくして調査することはできません。だったら、自分がどんな先入観を持っているのかを知っておいたほうがいい」

調査の前には、年齢や職業、住んでいる場所などから、相手の価値観や暮らしを“妄想に近い”というほど具体的に思い描きます。実際に会えば、想像通りのこともあれば、そこから外れることもある。大川内さんが見逃さないのは、その“ずれ”です。

なぜ、自分が思い描いた“普通”から外れたのか。その理由を掘り下げることで、それまで見えていなかったものが浮かび上がってきます。

かつて肉体を煩わしく思い、頭の中にすべての知識があればいいと考えていた大川内さんは今、自らその場へ足を運び、人に会い、話を聞き、目の前で起きていることを観察する。頭の中だけでは見つけられないものを、その体を使って確かめています。

正解だけを選んでも、誰も責任を取ってくれない

“計画しすぎても、人生はその通りにはいかない。”

article_62_img07.webp
オフィス近くの瑞聖寺はお気に入りの場所。水面を見るのが好きで、散歩によく訪れるという

できることなら、間違えたくない。遠回りもしたくない。人生に「正解」があるのなら、できるだけそれを選んで進みたい。

大川内さんも、かつてはそう考えていました。知識をすべて手に入れれば正解が分かるように、人生も正しい選択を積み重ねていけば最後は幸せになれる。

ところが自分の人生を振り返ると、進む道を「これが正しい」と確信できたことはほとんどありませんでした。

「今にたどり着いたのも、漂流していただけのような感じがします」

アフリカで動物を研究するはずが、行き着いたのは文化人類学。一番お金にならないと思っていた学問が仕事になり、研究者の道から銀行へ。どれも、初めから今につながると分かって選んだ道ではありませんでした。

article_62_img08.webp

「正解だけを選んだとしても、最後に幸せになれなかったとき、誰も責任を取ってくれません。『私、正解しか選んでない』と叫んでも、何も起きないですから」

正解であることにこだわっても、人生がうまくいくわけではない。だったら、何を基準に選べばいいのか。

「失敗するかもしれなくても、後悔しないことをやるしかない。結局、責任を取るのは自分ですから。お尻を拭く準備だけはしておきたいです」

先のことは、いくら考えても分からない。
たとえ思いもよらない場所にたどり着いたとしても、そこから何かが始まることだってあるのかもしれません。

PROFILE

大川内直子

文化人類学者

1989年、佐賀県生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科修士課程修了。みずほ銀行でコーポレート・ファイナンスに従事した後、2018年に株式会社アイデアファンドを設立し、代表取締役に就任。専門は文化人類学・科学技術社会論。文化人類学の手法を用いたリサーチを、国内外の企業に提供している。国際大学GLOCOM主任研究員、昭和池田記念財団顧問なども務める。著書に『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』(実業之日本社)、『世界のビジネスエリートが身につける教養 文化人類学』(SBクリエイティブ)など。

Share This

  • Twitter
  • Facebook

おすすめ記事