2026.07.22 UP
やりたいことを見つけ、目標を立て、その実現に向かって努力する。それだけが人生の正解ではないのかもしれません。
世界の少数民族を追い続ける写真家のヨシダナギさんには、もともと“やりたいこと”がありませんでした。
学校や社会になじめず、未来を思い描くこともできなかった。それでも、世界へと歩き出すことができました。
ヨシダさんの人生を動かしてきたのは、夢や目標ではなく、自分の“感覚”そのものでした。
Text_Interview_Takayuki Hakamada
Photograph_Kei Ito
Edit_Takahiro Kato
“人生を変えたのは、まだ会ったことのない人たちだった。”
ヨシダさんの“人生最大の出会い”は、5歳の時でした。
テレビに映っていたのは、東アフリカで暮らすマサイ族の戦士たち。赤い衣装をまとい、大地の上で力強く生きるその姿に、幼いヨシダさんはたちまち夢中になります。
「美しい黒い肌と白い歯に目が奪われました。『大きくなったらこれになろう』と決めた瞬間でした」
その強烈な憧れは薄れることなく、何年たっても胸の奥に残り続けていたと言います。
「マサイ族になる」という夢を胸に秘めていたヨシダさんでしたが、ある時、現実を突きつけられます。

民族衣装に身を包むマサイ族の青年
「10歳の時、母親から『人種が違うからマサイ族にはなれない』と言われました。人生で一番大きな挫折でした。それ以上の挫折は、その後も経験していません」
ヨシダさんの夢はそこで終わりました。しかし、マサイ族への憧れだけは消えませんでした。
“その人らしさは、違いの中にあった。”
ヨシダさんには、もう一つの大切な原体験がありました。
小学生の頃に出会った学童保育の先生は、いつも“人との違い”を特別なものではなく、“その人らしさ”として子どもたちに伝えていました。
「みんな一緒で、みんな違う。違いは個性に過ぎないことを、小さい頃に知ることができたんです。その先生には今でも感謝しています」

幼いヨシダさんにとって、人との違いは比べるものでも、怖がるものでもありませんでした。
しかし、小学4年生で転校すると、その考えとは違う世界に直面します。それまで自然に受け止めていた“違い”が、転校先の周囲では“特別なもの”として見られていました。
「人は、自分の知らないものを怖いと思って、線を引いてしまうんだなと気づきました。でも私は、“知ろうとしないこと”の方が怖いんじゃないかと思ったんです」
振り返れば、世界の少数民族に強く惹かれていった理由も、そこにつながっていたのかもしれません。
“人生こんなもんだろうと諦めていました。”
10代半ばから20歳頃にかけて、ヨシダさんは学校にも社会にもなじめず、人とのつながりをほとんど失っていました。
やりたいこともわからず、家にこもって単調な生活を送りながら、「冴えない人生だな」と思いながら過ごしていたと言います。
「やりたいことは見当たらないけど、『やりたくないことをやらずに済む人生でありたい』と思っていました。苦手な集団生活を避けようと、学校へ行くこともやめました。
私の人生こんなもんだろうと、半ば諦めに似た気持ちでした」
そんな日々の中でも、幼い頃にテレビで見たアフリカの光景だけは、心のどこかに残り続けていました。

タンザニアに住む「マサイ族」の女性たちと(2014年)
そして20代半ば、ヨシダさんは一つの決断をします。
「5歳の時からのアフリカへの思いが、だんだん煩わしくなってきたんです。一方通行の片思いなんだったら、見切りをつけて身軽になりたい。“玉砕”して楽になりたいという思いでアフリカへ向かいました」
夢をかなえるためではありません。長年抱え続けた憧れに、自分なりの区切りをつけるための旅でした。

エチオピアで現地の子どもたちに囲まれるヨシダさん
しかし、現地で待っていたのは想像とはまったく違う出会いでした。
言葉は通じず、文化も違う。それでも、そこにいる人たちはヨシダさんを自然に受け入れ、一緒に笑い、食事をし、同じ時間を過ごしてくれました。
「日本では、みんなと同じことができない自分を“欠陥品”とさえ思っていました。そんな私を肯定してくれたんです。
家族だと言ってくれて、考え方や生き方にも共感してくれました。私、ここにいていいんだと、ここに居場所があったんだと思えたんです」
5歳の頃から抱き続けてきたアフリカへの憧れ。“行ってみたい場所”は、“自分を受け入れてくれた場所”へと変わりました。
自分が見たこの人たちの魅力を、もっと多くの人に伝えたい――。その思いが、「写真家・ヨシダナギ」の原点となっていきます。
“カメラの向こうにいるのは、「ヒーロー」なんです。”
アフリカで出会った人たちの魅力を伝えたい。
その思いから手にしたカメラは、やがてヨシダさんの仕事になりました。けれども、本人は意外なことを口にします。

民族衣装を鮮やかにまとったスリ族の青年たち
「私は写真より人に興味があるんです。写真を撮ることが目的じゃないんです」
少数民族を撮影する時、遠くからレンズを向けることはありません。同じ民族衣装を身にまとい、彼らと同じ場所に立ち、同じ景色を見る。
「最初はみんな警戒するんです。でも、同じ衣装を着て同じペイントをすると、一気に距離が縮まって笑ってくれるんです」
その感覚は、5歳の頃から変わっていません。テレビでマサイ族を見た幼いヨシダさんは、「仲良くなるには同じ格好をすればいい」と直感的に思いました。大人になった今、それは撮影スタイルの原点になっています。
言葉ではなく行動で距離を縮める。まず自分が相手の世界へ入っていく。そうして互いに心を開いた先で、初めてシャッターを切ります。

スリ族の人々からメークを施してもらうヨシダさん
「カメラの向こうにいる彼らは、私のヒーローなんです。どうしたらその“かっこよさ”を他の人にも伝えられるんだろう。そう考えた結果が、今の写真です」
幼い頃から、違いの中にその人らしさを見てきたこと。人生のどん底でアフリカの人たちに救われたこと――。その一つひとつが、今の写真へとつながっています。
ヨシダさんにとって写真は、ひとつの手段にすぎません。人と向き合い、その魅力を誰かと共有するためのものなのです。
“感覚を手放さない先に、開ける道もある。”
世界中を旅し、数え切れないほどの少数民族と出会ってきた今、ヨシダさんの活動は写真家としてだけでなく、テレビ出演や講演など幅が広がり続けています。
それでも彼女は、「成功したい」と考えたことはないといいます。
「“絶対にのし上がってやろう”という気持ちはないんです。誰かを蹴落としてまで成功したいとも思いません。自分の人生なので、自分を守ることの方が、私にとってはずっと大事なんです。
ただ、大切にしてきたことがあります。自分の感覚を信じて、心が動いたものを大切にすることです」

少数民族の子どもたちと写真に収まるヨシダさん
振り返ると、人生を動かしてきたのはいつも“目標”ではなく、“なんとなく惹かれる”という感覚でした。だからこそ、将来が見えず不安を抱える若い人たちにも、こう伝えたいと言います。
「やりたいことが特にないのであれば、無理に目標をつくらなくてもいいと思うんです。その時々の流れに身を委ねるのもいいし、興味を持てる世界が見つかったなら、とりあえず飛び込んでみたらいいと思います。
『興味があることは、すぐ諦めずにできるだけ長く続けて、お金をかけてみなさい。それがきっと、あなたの強みになるから』と言われたことがあるんです。
その言葉を信じて、アフリカや世界の少数民族のもとに通い続けてきました。その積み重ねが今の私をつくってくれたのだと思います」

そして、最後にこんな言葉を残してくれました。
「他人の評価はほぼ雑音だよ、って言いたいですね。
褒められる日もあれば、否定される日もある。人の評価は簡単に変わるからこそ、振り回されないほうがいいと思うんです」
心が動くものを信じ続けた先で、人生は少しずつ形になっていく。
ヨシダさんの生き方は、そのことを静かに教えてくれています。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

ヨシダナギ
フォトグラファー
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