双日株式会社

FUJINORI SATO

左藤 富士紀

電子材料・機能素材部 第1課 課長
1999年入社 工学部卒業

失敗を恐れない。
だから新しい景色が見えてくる

01
数々の事業が失敗、
そしてリーマン・ショック

入社6年目からの数年。米国ヒューストン駐在員時代。あのときほど挫折や、失敗の体験を積み重ねた時期はありませんでした。私はマネージャーとして現地の収益責任を負う立場でしたが、事業は赤字の連続。5年間の駐在中に、化学品事業や半導体事業などを展開しましたが、どれもうまくいきませんでした。さらには、世界を巻き込む金融危機「リーマン・ショック」まで発生。金融市場が麻痺し、私たちも不況のどん底を経験しました。起死回生策として、不況期にも強いサプリメント事業を立ち上げるも、売上は低迷。損失稟議書を何枚も書き、上司と損失金額を眺めては暗い顔をしていました。しかし一方で、勇気ももらいました。彼らはつらい現実から目をそらさず、他人や市場のせいにもせず、すべて自らのこととして物事をとらえていました。そして、自分自身が先頭に立って問題解決に奔走していました。双日の社員は皆、困難な局面でも逃げずにやり抜きます。ヒューストン駐在員時代は、上司や先輩としてのあるべき姿を、身をもって学んだ時期でもありました。

02
未知のマーケットに挑み、
レアアース分野で
ナンバーワンを獲得

問題から決して逃げない。そんな社員たちと共に働くことで、私は仕事に対する姿勢を学べたと思います。双日という会社は、数字だけでは人を判断しません。私はアメリカで失敗をしましたが、事業開発への挑戦は続けていました。その姿勢が認められたのか、帰国後にはレアアース輸入のプロジェクトリーダーに任命されました。ときは2010年。尖閣諸島問題により中国がレアアースの対日輸出を禁止した時期です。私はリーダーを務めるにはまだ早い年次でしたが、当時の上司が挑戦を促してくれたのです。その期待に応えるべく、私たちは猛スピードで交渉に奔走。2011年にはレアアース資源の開発を行う豪州ライナス社へ投融資を行い、13年には製品化にこぎつけました。すると、オセロの石が一気にパタパタと裏返るように、シェアが拡大し、双日はレアアース分野で総合商社ナンバーワンの地位を獲得。あのときに挑まなければ見えなかった景色が、眼前に拡がったのです。双日の社員は皆、どこかで失敗をしています。しかし、挑戦を止めることはない。私はこれからも課のメンバーと共に、レアアースやリチウムイオン分野でのシェアナンバーワンを目指し続けます。やはり挑戦に、終わりはないのです。

※社員の所属部署は取材当時のものです。