2015年、「マックレガー」日本上陸50周年(双日インフィニティ)

2014年12月

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1950年代の広告

「マックレガー」ブランドの歴史
第1次世界大戦終戦後の1920年代、米国ファッションは英国の後追いをしており、一流品はすべて欧州からきたものでした。マックレガーの創始者であるスコットランド生まれで米国育ちのデビッド・D・ドニガーは、ゴルフソックスや帽子などの輸入業の際に英国伝統のマックレガー家のチェック柄、王冠、紋章を商品PRに活用。そして1921年、それらをブランドのアイコンとした「マックレガー」が誕生しました。

映画が娯楽の中心となり、シネマファッションが人気となった1950年代、映画『理由なき反抗』でマックレガーの真っ赤なジャンパー「アンチフリーズジャケット」が着用されたと言われております。「フリーザーの中でも耐えられる」という意味から名づけられたこの防寒用スポーツジャケットは、若者の間で大流行しました。

時代のニーズをつかんだ革新的な商品を次々と生み出したマックレガーは、米国ナンバーワンのスポーツウェアブランドとなります。米国国内にとどまらず、日本を含む海外20数ヵ国にも展開し、世界におけるアメリカンカジュアルブランドとして成長していきました。

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10月7日から9日に行われたマックレガー2015年春夏コレクション展示会のもよう

日本での展開
1960年代、日本の企業が米国へ生地を売りに行くというのが一般的だった1ドル360円の時代に、成長しつつある日本でもマックレガーのような高額商品を売ったらどうかとの提案を受け、ライセンス契約を締結。マックレガーが日本に上陸しました。 カジュアルウェアの概念がなかった当時の日本で、マックレガーは爆発的にヒット。1965年には双日インフィニティの前身であるニチメン衣料を設立し、ブランドを定着させていきました。

双日インフィニティの齋藤 俊 副本部長は、約50年もブランドが存続してきた理由を「団塊の世代と共に成長し、百貨店をメインターゲットとして市場に順応してきたからと考えています。百貨店は団塊世代がよく訪れる場所であり、わざわざ洋服を百貨店まで買いに来る人は、人と違った何か(付加価値)を求めています。それに対して、マックレガーは単なるラガーシャツではなく、色をミックスしたり、シルクやカシミアなど高級素材で面白さを出すなど、スポーツウェアなのにお洒落で品の良さを提供できるからこそ、生き残ってきたのです」と語ります。

マックレガーは来年で日本上陸50周年となります。お客様に店頭へ足を運んでもらうため、さまざまなキャンペーンも計画中です。これからもマックレガーは、アメリカンカジュアルの代表的ブランドとして、歴史と伝統を大切に継承しながらも、トレンドを取り入れることで、洗練されたカジュアルウェアを提供してまいります。

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1970年代からマックレガーに携わってきたデザイナーの望月氏(右)と齋藤副本部長

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