【日商岩井】フィリピンへの自動車産業進出、日系第一号

ベネズエラ、中国、ベトナムでも自動車製造事業に参入

昭和44(1969)年に、日商岩井は三菱重工(当時)と合弁でフィリピンにバス・トラックの組立・販売会社FUSO MOTORS(PHILS.) INC.を設立。これが自動車分野では日本からフィリピンへの合弁進出第一号となった。


その後、昭和48(1972)年にはフィリピン政府による自動車国産化計画が発表され、三菱自動車工業(三菱自工)を含む5社に認可が与えられ、国産化率の達成と主要部品の国産化および輸出が義務付けられた。日商岩井は三菱自工と現地財閥とともに合弁会社を設立。これが現在の三菱モーターズ・フィリピン(MMPC)につながり、2013年には創業50周年を迎えた。また昭和49(1974)年には、トランスミッション生産合弁会社であるASIAN TRANSMISSION CORP.(ATC)を設立し、同工場で生産された製品は輸出され、フィリピンの外貨獲得に大きく貢献した。


製造事業においては平成2(1990)年、ベネズエラにおいても製造・販売事業に参画しMMC AUTOMOTRIZを設立。マレーシアではマハティール首相(当時)の国民車構想への支援として平成8(1996)年に国民車(オートバイ)生産会社を設立、その他中国、ベトナムにおいても製造・販売会社を設立した。


米国においては、1980年代に日本の自動者関連企業の米国進出が相次ぎ、日商岩井は約180社の日系企業の進出支援を行い、また部品物流事業にも進出した。さらに昭和62(1987)年には米国・サンフランシスコ郊外においてWeatherford社を買収し、ディーラー事業にも参入した。

  • フィリピンの自動車製造工場の様子

  • ATC社の開所式に出席したマルコス大統領とイメルダ夫人(1975年)

  • ベネズエラの自動車製造工場