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2021.12.02 UP

【NewsPicks掲載記事】
[医療ビジネス最前線]患者を救うのは、医者だけじゃない

医療の進歩の一方で高齢化社会により医療費が財政を圧迫し、人材不足も相まって、医療制度そのものが崩壊の危機に晒されている日本。医師からビジネスの世界に飛び込んだ㈱iCARE山田洋太CEOと双日のヘルスケア事業をけん引する2人のトークセッションを通じ、医療における商社のビジネスの可能性をお伝えします。
(以下は2021年11月にNewsPicksで公開した記事です。)


医療の進歩によって長生きが可能になった一方、高齢化社会の中における医療費が財政を蝕む日本。人材不足も相まって、日本の医療制度そのものが、崩壊の危機に晒されている。

課題山積の医療を持続可能にすべく、医療業界に参入する民間企業もある。そのうちの一つが、総合商社である双日だ。

ビジネスの力で、医療業界を変えることはできるのか。商社だからこその強みとは。

双日でヘルスケア事業をリードする、常務執行役員 インフラ・ヘルスケア本部長の橋本政和氏と、同本部ヘルスケア事業部長の津田清昭氏、さらに医師から転身しビジネスの世界に飛び込んだiCARE代表取締役CEOの山田洋太氏を招いて、医療におけるビジネスの可能性を読み解く。

医療は病院では完結しない

── 山田さんは内科医から起業家に転身し、今は企業に勤める従業員の健康管理を効率化するクラウドサービスを提供するiCAREを経営しています。どのような課題意識から起業に至ったのでしょうか?

山田 医療現場で働くなかでの最大の気づきは、「医療は病院だけでは絶対に完結できない」ということでした。

そもそも健康を損なう要因は、毎日の食生活や仕事でのストレスなど、日常生活の中にある。それなのに、医療従事者含め、多くの人が「病気は病院で治すもの」という固定観念にとらわれていると感じます。

久米島で内科医として勤務していた時代に、こんな経験をしたんです。高血圧の患者さんに、血圧が下がる薬を処方していました。ですが、なぜかその人は全く薬を飲んでくれず、案の定すぐに体調が悪化してしまうんです。

心配になって自宅を訪れると、そこは掘建て小屋のような場所で、その患者さんは段ボールの上に寝ている状態で。つまり、彼は明日生きるか死ぬかという生活環境で暮らしていて、高血圧なんて二の次だったんですね。

私はその患者さんの「病状」という一面しか見ずに、高血圧の薬を飲ませようとしていたんです。それは薬を飲んでもらえなくて当たり前ですし、目の前の症状を治療することだけにとらわれていた自分を恥じました。

そこで、自分も含めた医療従事者のあり方に疑問を感じて。本質的に患者さんの健康を改善する答えは、医療現場の外にもあるんじゃないかと、考えるようになったんです。そこでビジネススクールで医療政策などを学んだ後、iCAREを起業しました。

津田 素晴らしいですね。総合商社である双日も、ビジネスの側面から医療現場の課題解決に貢献できるのではと考え、2018年にヘルスケア事業部を立ち上げました。

元々双日は、医療領域には進出していませんでしたが、高齢化が進むこの先、必ず重要性が増す領域として調査を続けていました。そんな時に、トルコ共和国に総合病院を建設、運営する案件で声がかかり、このヘルスケア事業部がスタートしたのです。

特に発展途上の国々では、病院のインフラ整備は非常に重要。ですが今後の医療の潮流として、山田さんがおっしゃったように、「病院中心」から「患者中心」に変わっていくはず。

そこで医療のインフラ作りだけにとどまっては、本質的に患者のためになる事業はできないと考え、予防医療プライマリ・ケア(身近にあり、何でも相談にのってくれる総合的な医療)に着目。

今年の8月に改めて、「ヘルスケア事業部の4つの戦略の柱」を定めました。

病院に抜け落ちている"経営視点"

── 具体的に、どんな事業を展開しているのでしょうか?

津田 まず発端になったのは、先ほど申し上げたトルコでの大規模病院建設。官民が連携して公共サービスの提供を行うPPP(Public Private Partnership)というスキームを活用して、建設を進めました。

昨年5月にトルコ・イスタンブールに開院した、バシャクシェヒール チャムアンドサクラ シティー病院。病床数は2682床に上り、コロナ禍での病床確保にも大きく貢献している。

── 双日は、どのような役割を担ったのですか?

橋本 本プロジェクトでは、医師や看護師の確保や集患、医療行為自体は病院側とトルコ保健省側が担当、病院の建設や運営は民間側が行うという設計になっています。

その上で、双日が建設フェーズで担ったのは、資金調達やプロジェクトマネジメント、日本が誇る最新鋭の資機材調達など。

運営フェーズでは、画像診断から情報システム管理などの医療周辺サービスや、施設運営サービスを担い、今でも運営を続けています。

── なるほど。ですが、医療領域での経験が一切なかった状態で、どのように病院運営を担っていったのでしょうか?

橋本 確かに医療領域の経験はありませんでしたが、他の事業で培ってきたノウハウは十分に活かすことができました。

病院建設の工程は、我々が長年やってきたインフラ事業と似ている部分も多い。トルコの現場でのプロジェクトマネジメントに改善の視点を導入し、建設スケジュールはしっかりと守りながら、質も追求することができました。

実はこのプロジェクト、異例の要請もあったんです。新型コロナウイルスの影響で病床が足りず、病院の開業予定を早めたいと、突然の依頼を受けて。

もちろん難しい判断でしたが、万が一のために準備しておいた前倒し想定のスケジュールに切り替え、現地パートナーともすぐに連携。予定から半年ほど前倒して、患者を受け入れることができました。

一方で、唯一我々が持っていないのは、医療特有の衛生管理などのノウハウでした。そこを補うべく、双日メンバー数名が、北海道の病院で1年間しっかりと研修をさせてもらった上で、このトルコの病院に赴任したのです。

── 病院の経営企画室で財政再建を担当した経験も持つ山田さんは、この事例をどう捉えますか?

山田 医療と民間企業の連携は、病院を持続可能にするために不可欠だと私も考えています。

そもそも日本の病院には、マネジメントや経営視点という観点がない。なぜならば、日本の病院経営は、医師が担うケースがほとんどだからです。

医学部で病院経営を学ぶわけでもないですから、言ってしまえば経営の素人が病院運営を担っている。結果的に、多くの公立病院が赤字、というのが現状なんですよ。

だからこそ、ビジネスのプロである民間企業が経営や運営を担い、医師は医療行為に徹する。この役割分担は、非常に理にかなっていると感じます。

アジアの知見を日本へ輸入

── トルコの病院建設から始まった双日のヘルスケア事業、現在はどのように拡大しているのでしょうか?

津田 マレーシア、シンガポール、オーストラリアで、約300のクリニックを運営する「Qualitas Medical Limited(クオリタス)」の経営に参画しています。

クリニックとは、病院に比べて小規模で比較的症状が軽い患者さんの診療をする医療機関のこと。クオリタスは、気軽に相談に行ける「かかりつけ医」のようなクリニックを、まるでコンビニのように"面"で展開しているんですね。

大きな病院に行くほどではない時に、気軽に訪れて健康相談ができる。患者さんの日常生活に溶け込んだクリニックの需要は今後高まるだろうと見越して、今回の提携を決めました。

── なぜ日本ではなく、アジアから提携を始めたのでしょうか?

津田 医療と聞けば日本が最先端、と思われるかもしれませんが、実はアジアで学べることが、たくさんあるんですよ。

そもそも「クリニックのチェーン」という形態が、ポイントなんです。

本来クリニックには、医療行為と直接関係のない業務がたくさんありますが、チェーンの形態では、医療以外の仕事を共通化できるため、運営を効率化できるんですね。この業務効率のノウハウは、今後日本でも間違いなく必要になります。

日本は医療制度の問題もあり、今はクリニックのチェーン化は難しい。ここは我々が先んじて海外事例を学び、日本にノウハウを持ち帰りたいと考えています。

山田 病院の業務効率化は、まさに喫緊の課題ですよね。

日本の医療の課題の一つは、何と言っても医療費の増大です。数少ない若者が、どんどん増えていく高齢者の医療費を支えていくモデルには、どう考えても無理がありますよね。

そこで考えるべきなのは、医療の質アクセスコスト、この3つのバランスをどうとるかです。

ここで重要なのは、やはり効率化。今は風邪をひいただけでも総合病院に気軽にかかれてしまいますが、それはやはりミスマッチです。

少なからず制限が必要になってくるなかで、お話に出てきたようなクリニックの役割は、重要性を増していくと思います。

橋本 クリニックチェーンへの出資には、もう一つ狙いがあるんです。医療が「病院中心」から「患者中心」に変わっていくなかで、オンラインとオフラインの医療を、どう融合させていくかという視点です。

いわゆる医療のOMO(Offline Merges with Online)ですね。

コロナの影響もあり、オンライン診療や医療データ活用は話題になっています。

確かに患者から見た利便性は高いのですが、「3回に1度は対面で診療した方が、患者さんのわずかな変化に気づける」など、やはり医療はオンラインだけで成立するものではありません。

そんな時に役立つのが、やはり気軽に相談できるクリニックの存在。今後オンラインの医療をきちんと成り立たせるためにも、クリニックというオフラインの「場」をきちんと整備する必要性が出てくると考えているのです。

山田 面白いですね。データ活用という観点でも、このクリニックチェーンという形態は有用だと思います。

チェーンとは言い換えれば、諸条件が同じクリニックが、様々な場所に点在しているということ。つまり、データを使ってABテスト(注)的な比較をしやすいんですよね。

医療にはかなり地域性があって、純粋な比較が難しい領域なんです。

でもコンビニのようにチェーン展開して、面をとっていくことでデータが集まり、それぞれの地域によって医療需要がどう違うかが比較できる。これはかなり大きいメリットですね。

橋本 そうなんです。実は商社って、全世界に拠点があるので、データの比較分析も得意なんですよ。比較すれば自動的に良いケースと悪いケースのギャップが現れますから、そこをどう埋めるかを考えればいい。

データ活用においても活かせる商社のノウハウが、大いにあると思います。

(注)AとBの2パターンを用意して、「どちらがより良い成果を出せるか」を検証するWEBマーケティングの手法の一つ。

目の前の患者を見失わない

── 双日はQualitas Medical Limited以外にも、幅広い企業へ投資されています。どのような戦略があるのでしょうか?

津田 基本は、予防医療やプライマリ・ケアといった観点で、医療を持続可能にするために必要となるピースに出資しています。

先ほどのOMOの話とも重なりますが、オンライン診療の需要増加を見越して、シンガポールの在宅・遠隔診療事業を展開する企業に出資しています。

また国内の事例では、主に高齢者を対象とした、在宅見守りサービス事業の株式会社あんしんサポートにも出資しています。

このサービスは、まだまだ元気なアクティブシニアの方が、主体的に、ですが安心して活動できるよう見守るサービスで、コールセンターに常駐する医療看護師と電話で繋がれるというもの。

実際に視察に行った際には、現地の方言にも対応しながら、温かく見守っていることに感動しました。

ここでももちろん、10〜20年後には集めたデータを活用して、より効率よく支援できる環境づくりを意識しています。ただ、かっこよく未来の話ばかりしているだけで、今まさに困っている人を見失っては本末転倒

未来予測だけではなく、目の前のおじいちゃんおばあちゃんにもしっかり向き合える、そんな商売をしていきたいと考えています。

橋本 ビジネスの拡張の仕方として、双日には「軸ずらし」「幅出し」というアプローチがあるんです。

軸ずらし」は、これまで積み上げた知見やノウハウを、他の領域に応用にするもの。インフラ事業での経験を生かして、未経験の医療領域で病院建設を行ったことなどが、その例です。

一方「幅出し」ですが、すでに入り込んだ領域で事業を広げていくこと。

実際に、トルコ共和国での病院建設に端を発して、オーストラリアでもPPPの病院建設案件が始まっていますし、クリニックチェーンというプラットフォームに、多様に変化するニーズを満たす新たな付加価値を乗せて、更なる機能強化に繋げていくことが可能です。

このように、商社として幅広い領域で培ってきた知見を最大限活用して、貢献できる領域を広げていきたいと考えています。

── 民間企業が医療分野に関わることで、医療の課題解決は前進するでしょうか?

山田 もちろん簡単な話ではありませんが、間違いなくこの連携は必要ですし、民間企業が海外で実績をあげることは良いアプローチだと思います。

実績がないからという理由で、日本では民間参入が難しい現実がある中では、海外でユースケースを作り、逆輸入せざるを得ないのが現状です。

一方で素晴らしいなと思ったのは、双日が予防やプライマリ・ケアに注力していること。

正直に言って、利益率を上げたいだけならば、大きな病院に大規模な支援をする方が圧倒的にコスパがいいんです。プライマリ・ケアは、一人ひとりの顧客単価はどうしても低くなりますから。

それでも患者中心の医療を目指すには、たとえ小規模だとしても、患者一人ひとりに寄り添った医療を支援しなければならない。その点で、双日の姿勢にはすごく共感しています。

橋本 私たちも会社なので、儲かりませんでした、ではダメではあるんですが(笑)。

ただヘルスケア事業部の4つの柱を見てもお分かりいただけると思いますが、我々は一つの場所で利益を出すのではなく、掛け合わせを重要視しています。

なぜならば商社は、「必要なところに必要なものやサービスを届けること」が基本。

そのためには、業界の一部分しか知りません、では話にならない。業界内を隅々まで理解し、その場その場に合った価値を、きめ細かく提供していく必要があります。

マーケットのニーズを吸い上げて、足りないものは人材でも機能でも補完して、それらを有機的に繋ぐ。そこから事業をつくり出して、育み、また繋ぐ。この掛け合わせでビジネスを生むことが、商社ビジネスの醍醐味です。

この文脈においてヘルスケアはすごく可能性があって、都市開発・データ・IT・通信・エネルギーなど、何と掛け合わせてもニーズが存在します。

それらを一つひとつ実践しながら経験値を増やしていって、最終的には日本のヘルスケアの発展と豊かな未来の創造に貢献していきたいですね。

制作:NewsPicks Brand Design
執筆:シンドウサクラ
撮影:後藤渉
デザイン:藤田倫央
編集:金井明日香


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(所属組織、役職名等は本記事掲載当時のものです)
2021年12月掲載

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