インドネシア・タングーLNGプロジェクト

拡張プロジェクトの最終投資決定(FID)

2017年1月

インドネシア・タングーLNG基地全景。拡張プロジェクトの最終投資決定により、写真左側の空き地に3つ目の液化設備を増設する

(所属組織、役職名等は記載当時のものです)

双日は、LNG分野のパイオニアだ。双日が誇る歴史がここにもある。
先般、拡張が決定したインドネシアのタングーLNGプロジェクトは、この先20年、長期にわたる収益貢献が見込まれる「安定的な収益基盤の拡大」を実践するプロジェクトだ。

2016年7月1日

笑顔が集う中、「乾杯!!!」の掛け声が明るく響いた。

この日、エルエヌジージャパンを含むタングーLNG事業の企業連合が、オペレーターであるBP社(英国に本拠を置くエネルギーのスーパーメジャー)と共に、インドネシア西パプア州のタングーLNG拡張プロジェクトの最終投資決定を発表した。

エルエヌジージャパン・事業第三部長の潮 健一が、この拡張プロジェクトでさまざまな労苦を共にした社内の15名ほどを会社近くのレストランに招集し、慰労会を開いた。

力強いプロジェクト

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ジャカルタで開催されたBP社主催のFID Celebration Party
「あの時のビールは、最高に美味しかった」と、事業第三部の鈴木 洋は振り返る。

「タングーに関わることができて、本当にラッキー」と笑顔で答えたのは、同部チームリーダーの長谷川託也。

双日のDNAのひとつである旧日商岩井は、LNG分野のパイオニアだ。1970年代の黎明期から40年以上にわたり、幅広い知見とネットワークを強みに強固なポジションを確立している。

タングーLNGプロジェクトの供給源は、日本から真南に約4,200km、鳥の頭に似ていることからバーズヘッドと呼ばれる半島に面した西パプア州の湾内に、1994年、良質なガス田として発見された。1997年にインドネシアのスハルト大統領(当時)から「タングー(インドネシア語で「力強い」の意)」と命名され、同国の最優先LNGプロジェクトとして推進が決定し、1999年に日商岩井が参画した。

2001年に日商岩井と住友商事との折半出資でエルエヌジージャパンが設立され、2004年に同社がタングーLNGプロジェクトの権益を買い増し、翌2005年から生産設備を建設、2009年にLNGの生産を開始した。ガス田の発見から15年に及ぶ開発期間を経て、生産開始以降、安定的な操業により収益貢献を続ける優良プロジェクトとなっている。

「タングーで回収可能な天然ガスの可採埋蔵量は15TCF(Trillion Cubic Feet)以上。1TCFは年間100万tのLNGを20年にわたって供給できる量。現在、日本全体のLNG輸入量は年間約8500万t。文句なしの埋蔵量です」と長谷川は誇らしげに続ける。

今回の拡張プロジェクトでは、現在年間760万tのLNGを生産している液化設備二系列に、年間380万tの生産能力を有する第三液化系列を増設する。2020年中の生産開始をめざし、液化設備に加え、ガス田からガスを掘り出すための2基の海上プラットフォーム、出荷のために必要なLNG運搬船用の桟橋新設、合計13坑の生産井の掘削を行う。

点と点をつなぐ

プロジェクトの企業連合は7社。オペレーターのBP社を筆頭に、日本勢だけでもJX、三菱商事、INPEX、三井物産とそうそうたるメンバーが並ぶ。これに中国政府系企業とスペインの企業が加わり、全パートナーによる全会一致でなければ本拡張プロジェクトを進めることはできない。

エルエヌジージャパンの株主である双日と住友商事、LNGプラントの建設資金を融資する国際協力銀行などの銀行を含めると、関係企業は20社を超え、それら企業間の調整は苦労の連続だった。

「プロジェクト全体をわかっていないと経済性計算の妥当性がわからない。関係各社各様の事情や指摘事項も膨大にある。さらに、インドネシア政府からファイナンスのストラクチャーに関する承諾を得るのに時間がかかった。だから、ストラクチャー決定後、投資決定までの短期間で契約書を完成させる必要があった。これには関係者全員が苦労した」と、ファイナンス担当の事業第三部の潮田善弘は語る。

「適切な情報把握と株主へのフィードバックが私たちの重要な任務の一つ。特に、BP社が契約書で多用する独特な略語の壁には苦労した」と2016年の2月からプロジェクトの詰めに関わった上流開発・プラント担当の鈴木は振り返る。

一方、「拡張する年間生産量380万tのうち、100万tは関西電力へ、150万tはインドネシアの国営企業PLN社へ、20年にわたる長期販売契約が決まっていた。ただ、残りの3割強に相当する130万tの販売先が2016年に入ってもまったく決まらない。運が悪いことに、電力自由化による価格競争の影響を受けて、日本の電力・ガス各社のLNG購買希望価格はかなり低く、拡張プロジェクトの経済性と合致しなかった。販売先が決まらなければ、ファイナンスもつかない。この状況で拡張を進められるのか、タイムリミットだけが迫っていたが、2016年4月、PLN社が残り全量の追加購入を決定し、販売先がやっと固まった」とマーケティングを担当した同部課長の小杉晃一朗。

拡張プロジェクトでは、「埋蔵量の確認」、「上流ガス田の開発」、「海上プラットフォームなどの上流施設の開発」、「陸上の液化施設の開発」、「融資契約の交渉」、「LNG販売先の確保・交渉」、すべてが同時並行で進んだ。

「点と点で同時進行していたすべてが、最後に一本のきれいな線となって、7月1日の最終投資決定を迎えられた。両株主を含む関係者全員の尽力の賜物です」と潮は微笑えむ。

時間がない中での調整作業には、恐ろしいほどの負荷がかかったが、プロジェクト関係者みなで結束して耐えた。この原動力は、使命感といっていい。もちろん、めざすものは企業収益の最大化。その根底には、伸びゆく国インドネシアへの社会貢献、そして、資源の乏しい日本へのエネルギー安定供給を自分たちが支えていくのだという強い想いがある。今後20年にわたってLNGを日本へ届ける。そして、拡張プロジェクトの建設期間だけでもインドネシアで1万人の雇用を生む。エネルギー事業に壮大な夢と想いを持ち続けてきたメンバーが結集して実現したプロジェクトだ。

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海上から見たLNG基地

次なる夢

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夕日の中の海上プラットフォーム
「次は、新規プロジェクト」。メンバーは口々に次なる夢を語る。

エネルギー開発には数十年を要する。このメンバーが定年を迎えるまでに一つの新規案件が確立できればいいほうだというくらい、気の遠くなる時間と労力を要する事業だ。

1994年以降ガス田が発見されたタングーは、これから第三液化系列の建設が開始される。4年後の東京オリンピックの年に生産が開始され、オペレーションが始まる。拡張プロジェクトは、まだスタート地点のゲートをくぐったばかりだ。この先20年、長期収益貢献を続けるプロジェクトに期待が高まる。

LNGの存在を感じる時

これだけ苦労して進めているLNGプロジェクト。にもかかわらず、プロジェクトメンバーは誰も、取扱商品であるLNGを見たことも触ったこともない。天然ガスは無色透明で無臭の気体。輸送しやすくするため、−162℃に冷却して液化し、体積を気体の600分の1に減少させLNG船で輸送する。LNG船は1隻の全長が約300mになる巨大なタンカーだ。1隻を造船するのに200億円程度かかるといわれ、1隻で約6万5,000tのLNGを積載できる。

「荷揚げの時、−162℃の液体が船上の配管を通る際に徐々に霜が降ります。その時初めてLNGの存在を感じます」と鈴木。「自宅のキッチンでガス栓をカチッとひねって火がついた時、これは、私たちが運んだガスの一部かも」と潮は語った。

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LNG船

タングーLNGプロジェクト エルエヌジージャパンのメンバー

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