[座談会] 作家・玉岡かおる氏を囲んで女性活躍社会の推進を考える

鈴木よね、広岡信五郎・浅子夫妻「双日の創業期には、女性が活躍していた そして今――」

双日の源流には女性実業家が深く関わっている。
鈴木商店を金子直吉とともに日本一の商社に導いた鈴木よね、
日本綿花の設立に関わった広岡信五郎と妻・浅子。
本座談会では、鈴木よねや広岡浅子、浅子の影響を強く受けた娘婿の妹、
ヴォーリズ満喜子など女性の活躍を描いた作品を数多く執筆している
玉岡かおる氏にご登場いただき、
双日の女性社員たちとともに女性活躍社会の推進について考える。

女性のボスと有能な男性パートナーという形

玉岡氏 私の小説『お家さん』と『負けんとき』は、双日の創業期に深く関与した鈴木よね、広岡信五郎・浅子夫妻を描いています。双日さんの女性活躍の今はいかがですか。

小林 双日では2020年までに新卒総合職の女性採用比率30%、女性管理職の倍増を目標としており、そのためにさまざまな環境を整えています。世界が多様化している中、双日も多様な価値観を持つ人材が必要となり、女性の活躍は会社としても大事なテーマになっています。

玉岡氏 鈴木商店の鈴木よねを執筆した時に、鈴木よねは社員にとって「おかあちゃん」であり、そのおかあちゃんを金子直吉という「財界のナポレオン」と呼ばれた大番頭が支えたことを知りました。日本の神話までさかのぼってもアマテラスは女の神、それを支えるツクヨミとスサノオがいた。推古天皇と聖徳太子、そして私の近著で描いた天平時代の女帝・孝謙称徳には、遣唐使で有名な吉備真備。日本では昔から、ボスが女性で有能な男性がパートナーとして支えるという形が根づいていました。女性が一人で頑張るのではありません。男性と女性がそれぞれの持ち味で一緒に頑張っていこうという共生のモデルがあったのです。
それが武士の時代を経て、女性がトップという形はほぼ途絶えたけれど、明治維新という大波の中で、鈴木よねや広岡浅子などの女性実業家が登場しました。それは自然な流れだったのかもしれません。
現代社会においては、女性の場合、子育てによるキャリアの断絶、もしくは中断という難しい問題もありますね。

中原 30代後半で1年弱産休を取り、復職した際には時短(育児短時間勤務)の制度を利用していました。保育園が17時までと決まっていたので明らかに働き方は変わりました。皆より先に帰ることも多いですし、時間的な制約によりコミュニケーションが不足することもありました。組織の中で働く以上、急な仕事が入ることもあるので難しさもあります。

玉岡氏 周囲の皆さんに理解してもらうことが大前提ですね。

中原 子どもが病気で入院し、会社を3週間休んだこともあります。その時には上司や周りの皆さんに「会社のことは気にせず、お子さんの看病に集中してください」と声をかけられ、これでいいのだと割り切ることができました。

小林 まるで広岡浅子が商売と子育てに悩んだ時に夫の信五郎が優しく声をかけたシーンのようですね。

玉岡氏 広岡浅子は九州の炭鉱に出かけたりしましたが、商社の皆さんは出張が多いのではないでしょうか。

中原 私自身は、周りの方に配慮していただいているのが現状です。ただ、子育ても環境も人によって違いますし、子育て中でも出張に行くことができる社員も多くいます。一律で決めるのではなく個々の事情を認める姿勢も大事です。

遠藤 子育て中でも出張に行かせたいと考える上司はいます。今は子どもの手が離せないなら、その間に立って待ってあげましょうと調整役をやっていく必要がありますね。出張はできないけれども、その分、日々の業務において今日できることは全てやろうと頑張っている課員は評価したい。その姿を見て、男性も含めた課員全体が刺激を受け触発されていると感じています。

小林 鈴木よねではないですが、「おかあちゃん」的な感覚で接することが重要で、特に男性管理職が備えなければならない点ですね。

個々の多様なスタイルをいかに皆で認め合うか

玉岡氏 私の作品『負けんとき』では、浅子の女性としての生き様、また、信五郎と浅子の新しい形の夫婦のあり姿に影響を受けた一柳満喜子という女性がいます。浅子夫妻の長女と結婚した恵三の妹です。この女性は、日本を飛び出して海外に留学、そして帰国後、外国人のヴォーリズと結婚します。海外の男女平等社会にも衝撃を受けたようです。

辛嶋 私はブラジルでポルトガル語の語学研修を半年間受け、そのまま双日が出資している穀物集荷事業会社に実務研修で1年間出向していました。そこは男女の分け隔てのない、日本以上に平等な社会で、売買を行うトレーダーも女性社員、私の上司も女性と刺激的な毎日でした。先ほどの鈴木よねさんのお母さんではないですが、仕事には厳しいけれども、その中に温かみを感じました。

遠藤 私も米国の大学院に留学した時に、学部のトップは女性教授でしたが、性別による差異など全く感じさせない社会がそこにはありました。米国には女性が活躍できる社会のベース、インフラがしっかり整っており、ベビーシッター、家のクリーニングサービスなど便利さの面で充実していて、社会の受け皿が女性の活躍を支えているのだと当時実感しました。

玉岡氏 辛嶋さんは結婚後も仕事を続けていくお考えですか。

辛嶋 私自身は可能な限り仕事を続けたいと思っています。もともと片手間で働く意識では入社していませんので。女性も権利だけを主張しすぎずに、もらうばかりではなく何か返していかなければならないし、上の方にも柔軟な発想をもってもらえれば、双方にとって働きやすい環境になると思います。

中原 そうですね。仕事の面でも子育ての面でも悩みは尽きませんが、自分らしいやり方を見つけいくこと、個々の多様なスタイルを皆で認め合うことが大事ですね。

遠藤 会社が女性の能力を活用して成長を加速させようとしているのに、そこに甘えてしまってはベクトルが逆に向いてしまう。女性課長として、全力投球して結果を出し、若い世代の女性活躍の道を切り拓いていかなければと思っています。

女性が働きやすい環境をつくってこそ

玉岡氏 皆さん意識が高いですね。そんな皆さんですから、実際の仕事の面では、男性・女性とか関係なく働いているのではないでしょうか。広岡浅子も維新の中で、男とか女とか関係なく、自分が生きるためにどうしたらいいかと懸命に考えていたところに、浅子の企業家としての芽があったのだと思います。

遠藤 浅子は女性として生まれたけれども、ビジネスシーンにおいて、空気の読み方、環境の読み方に性別を超えたセンスをもっていた女性だったのではないでしょうか。私自身、ミッションや共通の目的に向かっている過程において、特に性別を意識したことはありませんね。

玉岡氏 今日はこんなキラキラと輝いている人たちとお会いでき、すごい刺激になりました。一般企業として利潤を追い求め続けなければならない企業戦士たちを抱える会社で、女性が能力を活かして幸せに生きられる道を整えていることに敬意を表したいですね。法的なバックグラウンドなどがあるにせよ、どんな小さな会社でも役所でも、自分の身を削り、痛みを負いながら女性が働きやすい環境をつくってこそ、アマテラスオオミカミの原始の女性が輝いていた時代になるのだろうと思います。 それをやっているのが双日。双日の社名にある通り、太陽が2個あるので強いと思いました。男の太陽、女の太陽です。

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