日本綿花

東アフリカのパイオニア

東アフリカへの投資、日本企業第一号

大正6(1917)年、社員を東アフリカのベルギー領コンゴ、イタリア領ソマリランド(現・ソマリア)、英国・エジプト統治領スーダン、エチオピアなどに派遣し、綿花の生産量、取引状況を調査。そして綿花、綿布の取引を開始し、東アフリカ貿易の先駆者となった。

昭和元年(1926)年には、タンガニーカ(現・タンザニア)、ウガンダの繰り綿工場を相次いで買収した。この買収は日本人の東アフリカにおける投資の第一号となった。またタンガニーカ奥地のミケシの繰り綿工場付属の1,000ヘクタールの広大な土地を利用して昭和3(1928)年から2年間、試験栽培を行った。東アフリカで綿花栽培を試みたのは我が国では日本綿花が最初であった。

昭和元年(1929)年、昭和天皇が大阪へご旅行された際、社長の喜多は、関西知名の実業家と共に会食に招かれ、日本綿花の東アフリカにおける綿花栽培についての質問を受け、ご説明している。

東アフリカでの綿花買い付け
ナマガンダ工場(ウガンダ)の初荷
ナマガンダ工場(ウガンダ)の繰り綿作業